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* おきにいり *




 「ふんふふ〜ん、ふふふ〜ん♪」

居間にこだまする陽気な鼻歌

ぐしぐし げしげし ぼきっ

不穏な伴奏に、なにやら嫌な予感

扉に背を向け、何やら上機嫌に手を動かす小さな背中
近づいても気づかないのは、熱中している証拠

(この集中力を、別のところに生かしてくれれば……)

ひょい、と覗き込めば、お絵かき帳いっぱいに書き殴られた文字

「なんだ字の勉強か? 感心かんし……ん!?」

『けーき』
『ちょこれーと』
『くっきー』
『あめ』

「なんだこりゃ、おやつばっかりじゃねえか!!」
「だってぇ、すきなもの、かく、じょうずなる、れおーないったもん」

『いちごたると』
『ほしいも』
『ぶどうぱん』

「ほぉ……」
「あとはねっ、しちゅー、ぱん、おひるね、ふとん、だんろ、おひさま、ねこ、とり、えっとえっと……」

「なあ」
俺は? と言いかけ
自己嫌悪に陥った27歳独身

「らう?」
「……いや、なんでもねえ……」













 真っ先に喋った単語は「らう」でも、真っ先に覚えた文字は違ったらしいです(笑) ま、そういうもんでしょう。書きやすさっていうのもあるだろうし。
 あれだけ毎日すきすき言われてると、言われる方も麻痺してくるのかもしれません。

 欲望のままに書き殴っていた彼女ですが(笑) 一番最後、これ以上思いつかなくなったところで、大きな文字で「らう」と書くんでしょう(^^ゞ それを大分後に発見して、つい得意げになった後でまた自己嫌悪に陥る彼の姿が目に浮かびます。
「なんか俺、慣らされてる?」みたいな(笑)

初出 2005.11.03



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