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昔むかし、あるところに それは美しい姫がおりました 姫の姿を一目見ようと、次々に押し寄せる人々 日毎に美しさを増す姫に恋焦がれる男達 困った王は、姫を塔の中に隠してしまいました 二重の水堀に囲まれた堅固な城、姫を守る兵士は猛者揃い どんな勇敢な若者も、姫の前に辿り着くことすらできません ところが、ある満月の夜 突如地中から出現した茨が城を覆いつくし 城にいた全ての人間が深い眠りについてしまいました ただ一人、眠りを免れた姫の前に現れたのは、金髪の魔法使い 彼は怯える姫の前に傅くと、こう述べたのです 『麗しき姫君よ その美しさを永遠のものにして差し上げましょう』 魔法使いが杖を一振りすると、部屋の大鏡が眩い光を放ちました そして光が途切れた時、姫の姿はそこにありませんでした 『これで、あなたの美貌は永久に守られよう』 満足げに呟いた魔法使いの前には、壁にかけられた一枚の大鏡 そこに映し出されていたのは、泣き崩れる姫の姿でした やがて、噂を聞きつけた腕自慢の若者たちがやってきました しかし茨が彼らを阻み、城に近づくこともできません そうして、長い月日が経った今も 姫は在りし日の姿のまま 鏡の中で涙しているのです…… ノーザス地方に伝わる御伽噺 『鏡姫の伝説』より
「あの……あなた方を腕の立つ冒険者と見込んで、お願いがあるのですが……」 おずおずと声をかけてきた青年に、食事を終えたばかりのリダは険のある表情で答えた。 「なに。言っとくけど、今わたしはとっても虫の居所が悪いんだ。変な依頼だったら承知しないからね」 彼女が不機嫌なのは、つい先日受けた遺跡探索の依頼が失敗に終わったからだ。遺跡探索自体は何事もなく終わったのだが、その遺跡からはお目当てのお宝どころか、宝石の一粒、金貨の一枚すら出てこなかったのである。 「それって、仕事ってことですか?」 リダとは反対に、嬉々として声を上げるギル。旅費の管理を任されている彼としては、その遺跡探索の依頼が失敗に終わったことで約束の報酬がふいになってしまい、今はとにかく即金の仕事を請けなければ、と意気込んでいた。 「はい、実は……古城の探索に同――」 「却下!」 探索、と聞いた瞬間に顔をしかめ、一言で切って捨てるリダ。鼻白む青年に、慌ててギルが手を振った。 「わわっ、嘘うそ、冗談ですって! とにかく話を聞かせてもらわないことには……」 そう言って空いた席を勧めながら、その一方でリダの耳元にそっと囁く。 「リダ、話も聞かないで断らないでよ。路銀が心もとないってさっきも言っただろ、ここらでちゃんと稼いでおかないと……」 「わたしは魔術士であって盗賊じゃないんだよ、探索だの捜索だのは性に合わないの」 対するリダは声をひそめようともせず、それどころか青年の顔をぎろりと睨みつけてそうのたまう始末。よほど先日の失敗が堪えているのだろう。 「リダ! あ、あのすいません、ちょっと色々あって……」 慌てて取り繕うギルに、しかし青年は気を悪くした風もなく、むしろ感激した様子でこう言ってきた。 「あなたがあの、高名な魔術士リダ様でいらっしゃるのですか。何という巡り合わせ! これは神の思し召しとしか思えません。リダ様であれば、きっとあの封印を解くことが出来るでしょう。是非、お力をお貸し下さい!」 高名な魔術士と言われて、流石のリダも悪い気はしなかったようだ。少しだけ表情を和らげて、空になった酒盃を弄びながら青年を見る。 「んー、まあ話だけでも聞こうじゃないの。受けるかどうかはその後だよ」 「は、はいっ。実は……」 おずおずと依頼内容を語り出す青年を横目に見ながら、ギルはこっそりと溜め息をついた。 (リダってば、案外おだてに弱いんだから……) 彼の言う「高名」が「悪名」の間違い、もしくは「いつもの如く人違い」でないことを祈りつつ、青年の言葉に耳を傾ける。話を聞く限り、さほど難しい仕事ではなさそうだ。しかも報酬の半分を前金で支払ってくれると言ってくれたのが嬉しかった。 これでしばらくは路銀の心配をしないで済む、と胸を撫で下ろす少年の耳に、熱を帯びた青年の声が響く。 「――鏡姫を、お救いしたいのです!」 「かがみひめ?」 首を傾げるギルの傍らで、リダが小さく息をついた。 「なるほど」 青年はネフェルと名乗った。各地の伝承を集めて回っている彼は、旅のルース神官だという。 そんな彼が語った内容は、この地方で語り継がれている御伽噺の一節だった。美貌を謳われた姫、それを鏡の中に閉じ込めた金髪の魔術士――。この辺りでは悪戯が過ぎる子供や容姿を鼻にかける若者に、「そんなことを言ってると悪い魔法使いがやってきて鏡の中に閉じ込められちまうよ!」と脅すのだという。 「でも、それは御伽噺でしょう? だって、いくら腕のいい魔術士でも、生きている人間を鏡に閉じ込めるなんてことが出来るわけが――」 「いや、出来るよ」 淡々としたリダの言葉に、ギルは目をまん丸に見開いた。 「ええっ!? そんなことが本当に出来るの? だってリダ、前に『封印魔術は無生物にしかかけられない』って……」 「建前上はね。でも、やろうと思えばまあ、出来なくもない。とはいえ、よっぽどの腕がないと無理だろうけどね」 リダの口からそんな言葉が出たので、ギルはおや、と小首を傾げた。いつもの彼女なら『そんな魔法、わたしにかかればちょちょいのちょい』とか何とか言うところなのに、そんな謙虚な言葉を吐くということは、その封印術はかなりの技術が要求されるものらしい。 「へぇ……」 意外そうな顔をするギルに一睨みくれてから、リダはこう続けた。 「その伝説によれば、姫は数百年がたった現在でも鏡の中で生きているとある。高位の封印術と時止めの魔術が使える金髪の魔術士なんて……あいつしかいない」 最後の単語に、弾かれたように顔を上げるギル。 「《金の魔術士》……リファ!?」 「そう、私もそう推測します。そして、鏡姫の伝説がただの御伽噺でない証拠に、その城はここから東に行った森の中に今も建っているのですよ」 人々から城の存在を聞き及び、早速と足を運んでみたネフェルだったが、その城は茨で覆われており、剣や火を以てしても突破することが叶わなかったのだという。 「しかし、まさかここで《鍍金の魔術士》リダ様に巡り合えるとは思ってもみませんでした」 嬉しそうなネフェルの言葉に、リダの眉がぴくり、と跳ね上がった。 「……いま、なんて言った?」 「で、ですから、《鍍金の魔術士》リダ様、と――」 「なんだその呼び名はっ!!」 「ち、ちょっとリダ、抑えておさえてっ……!」 机を蹴り倒さんばかりのリダを必死に押さえ込みながら、ギルは怯えた様子で後退るネフェルへと視線を巡らせる。 「ネフェルさん、何ですか、その《鍍金》がなんたらって」 「えっ、その、ご自身が各地でそう名乗られていると聞き及んでいたのです、が……違うんですね、はい……」 鋭い眼光に射抜かれて縮こまるネフェル。そしてようやくギルの腕を振り払ったリダは、食器の載った机の上にガンッ、と拳を振り下ろした。 「誰が鍍金だってぇ!? ひとを贋物みたいに言いやがって!」 「ま、まあまあ……」 似たようなものじゃないか、という言葉をぐっと飲み込むギル。今のリダに下手なことを言ったら、店の外まで殴り飛ばされそうだ。 「一体どこのどいつだ、そんなこと言い出しやがったのはっ!! 大体、あいつが先に《金の魔術士》なんて通り名をつけちまうから、わたしみたいな金髪の魔術士はみーんな困ってるんだからねっ! そもそも、あいつがあちこちで面倒ごとを起こしまくるから、わたしが余計な苦労を背負う羽目になるんだ。わたしはこんなにも善良な魔術士だっていうのに、厄介者扱いされたり犯罪者扱いされたり……」 「……どこら辺が善良?」 思わず呟いてしまったギルを睨みつけ、リダはこうなったら、と拳を握り締めた。 「あいつの尻拭いなんて真っ平ごめんだけど、聞いた以上は放っておくわけにも行かないしね。その伝説、わたしが終わらせてやろうじゃない。さあ、とっとと行くよ! その鏡姫の城とやらにね」 そのままずんずんと店から出て行くリダ。その後姿を呆然と見送る二人に、店主がさっと手を伸ばす。 「お勘定」 「は、はいっ」 慌てて食事代を払い、あたふたと店を後にする二人。そうして外に出た瞬間、 「それでもってわたしの名前を世間に知らしめてやるんだからー!!」 という雄たけびが聞こえてきて、彼らはそれぞれ顔を引きつらせながらも、森とは正反対の方向に突き進む金髪の魔術士を引き止めるべく走り出したのだった。
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茨に覆われた古城、その尖塔の一室にそれはあった。 「なるほどね、たしかにお話の通りだわ」 扉の隙間から顔を離して、リダは背後に控えていた二人を振り返る。 「やっとご対面かあ、長い道のりだったなあ」 ここまでの道中を思い出し、やれやれと溜め息をつくギル。入り口を固めていた巨大茨に始まり、城の中は魔法の罠で溢れかえっていた。それらを叩きのめし、あるいは回避しながら、埃と蜘蛛の巣にまみれた古城内を探索すること凡そ半日。尖塔に続く隠し扉を見つけ出した頃には、辺りはすっかり闇に覆われていた。 魔法によって封印されていた扉を強行突破し、リダが灯した魔法の光を頼りに長い螺旋階段を登る。そしていい加減三人が飽きてきた頃に、ようやく石段が途切れ、豪華な細工の施された扉が姿を現した。 扉の向こうからかすかに響く嗚咽が、何よりも伝説の正しさを証明している。淡い光が漏れる扉の向こうで、《鏡姫》は彼らを待っているのだ。 「とうとう、伝説が終わりを迎える日がやってきたのですね……!」 感慨深く呟くネフェルの前で、リダは杖を握り直しながら何気ない様子で少年を見る。 「ギル、用意はいいね」 「う、うん」 神妙に頷くギル。そんな二人のやり取りに首を傾げるネフェルを尻目に、リダはさて、と扉に手をかけた。 「それじゃ……行こうか!」 耳障りな音と共に開く分厚い扉。隙間から漏れる光は次第に強さを増し、ギルは思わず目を細めた。 「ま、眩しっ……何だこれっ!?」 月明かりにしては眩しすぎる。そもそも、確か今日は新月の日ではなかったか。 そんなことを考えているうちに、扉は完全に開かれ、そして三人の目の前に「それ」は現れた。 「こ、これは……凄い」 あまりの大きさに息を飲むネフェル。その隣でギルも、そしてリダすらが目を見張るほどの大鏡は、入り口正面の壁に据えられていた。 青白い光を放つ鏡は、三人の姿をぼんやりと映し出している。――そして。 映し出された三人に重なるようにして、「彼女」は鮮明な姿でそこに存在していた。 『あなた方は……』 小鳥の囀りを思わせる可憐な声が響いてくる。震えるような言葉に合わせて動く赤い唇、陶磁器のように白く滑らかな肌、そして豪奢な栗色の巻き毛。古風な紫色の衣装に身を包み、鏡の中に佇む乙女こそが、伝説に謳われた《鏡姫》――。 姫は瑠璃の如き瞳を瞬かせ、何百年ぶりに迎える客人へと手を伸ばしてきた。 『ああ、何ということ……!』 歓喜に打ち震えているのかと思いきや、彼女の声には悲痛な響きがこもっていた。そうしてよくよく見てみれば、麗しき顔は恐怖に彩られ、その瞳からは今にも涙がこぼれそうではないか。 (なんで、こんなに悲しそうなんだろう……? 助けに来たって言うのに、これじゃまるで――) ギルが眉を潜める一方で、ネフェルは感極まった様子で姫を見つめていた。 「鏡姫、やはりあなたは実在したのですね……!! ああ、なんと美しい……」 引き寄せられるように鏡へと歩き出すネフェルを、リダがぐい、と引き止める。 「リ、リダ様、何を……?」 「下がってな」 そう言ってネフェルを後方へと押しやり、杖をかざすリダ。そうして何事か呟いて目を細めたリダは、すぐに杖を降ろすと苦々しく吐き捨てた。 「やっぱり、そういうことか――ギル!」 鋭い声に、弾かれたようにギルが動く。 「ホントにいいんだねっ!?」 そう叫びながら、鏡に向かって走り出した少年。その手に握られているのは、古びた大槌――。 「ギル君っ!? 一体何をっ……!!」 顔面を蒼白にして叫ぶネフェルの横で、リダが呪文を紡ぎ始める。そうして、二人の意図を察したネフェルが息を飲むのとほぼ同時に、姫までもが驚愕の表情を浮かべた。 「リダ様、まさか――」 『ああ、もしや……!』 どこか喜びの混じった声に不協和音が生じたのは、次の瞬間だった。 『グォォォォォ……ッ!! ヤメロ、ヤメヌカ!!』 『やっと……やっとこの日を迎えることが出来るのですね!』 姫の口から紡がれる、異なる声。決意のこもった瞳で少年を待ち構える姫の背後に、紫色の影がゆらりと浮かび上がった。 「これはっ、まさか魔物……!?」 上ずった声を上げるネフェルを、影の中に浮かび上がったいびつな双眸がぎろり、と睨みつける。 『ヤメロ! コノオンナノ イノチガ ドウナッテモ ヨイト!?』 『構いません! さあ、どうか私を……!』 姫の言葉に小さく頷いて、リダは高らかに最後の言葉を紡ぎ上げた。 『……魔を打ち砕く力を、分け与えん!』 大槌が青白い光を帯び、握り締めた柄から伝わってくる波動がギルを勇気づける。その一方で、魂消るような悲鳴を上げる『影』。 『ヤメロォォォォッ!!』 「だぁぁぁぁぁ……ッ!!」 目前に迫る鏡の中、零れ落ちた涙を拭おうともせずに、両の手を大きく広げてその時を待つ姫。 やるせない思いを胸に、ギルは渾身の力を込め、手にした大槌を振り降ろした。 「壊れろ、《鏡姫》――!!」 ―――――!!! 声にならない絶叫が響き渡り、無数の煌きとなった鏡の欠片が宙を舞う。 「!!」 咄嗟に顔を庇ったギルだったが、予想していた衝撃も痛みも一向にやってこない。 (あれ?) 恐る恐る腕を下ろしてみると、ちょうど自分を中心に張られていた結界が、効力を失って消えるところだった。 (結界、張ってくれてたんだ……) 心の中で感謝の言葉を紡ぎつつ、手に余る獲物を放り出して辺りを見回す。目の前には枠だけとなった大鏡、そして古びた絨毯の上には粉々になった鏡の破片。 何気なく視線を落としたそこに、ぎろりと光る紫色の瞳を見つけて、ギルはぎょっとその場を飛びのいた。 「リ、リダッ!?」 『ナゼダ、ナゼワカッタ……ワレガ――』 「魔族だったか、って? このリダ様をなめるんじゃないよ、そんなの一目見れば分かるってもんさ」 冷ややかに鏡の破片を見下ろし、リダはふん、と鼻を鳴らす。その後ろでようやく我に返ったネフェルが、恐る恐る口を開いた。 「あ、あのリダ様、これは一体どういうことなのですか……? 鏡姫は、一体――」 「《鏡姫》なんて、端からでたらめだったんだ」 そうして、リダは足元に散らばった銀の輝きをぎろり、と睨みつけた。 「何見てるんだい、さっさと消えな。目障りだ!」 だんっ、と杖を叩きつけるリダ。その瞬間、散らばった鏡の破片が燐光を放ち、そして跡形もなく消える。 そうして闇に包まれた部屋に、玲瓏たる声が響いた。 ――アリガトウ―― 辺りを見回しても、声の主はどこにもなく。それでも彼らは、薄闇の中に姫の笑顔を見た気がした。 ……こうして、鏡姫の伝説はあっけなく幕を閉じたのである。
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後日、ネフェルを代表とした調査団が古城とその背景を詳細に調べ上げ、一つの事実が明るみとなった。 《鏡姫》こと、ノーザス地方を治める領主の娘ユーディス。彼女には魔術士としての才があり、城仕えをしていた老魔術士のもとで研鑽を積んでいた。 そんなある日、老魔術士の留守中に悲劇は起こった。 閲覧を禁じられていた魔術書を盗み見たユーディスは、そこに書かれていた召喚魔術を実践し、月に住まう魔族を呼び出してしまったのだ。 召喚には成功したものの、制御に失敗した彼女は、実体を持たない魔族《幻魔》に体を乗っ取られた。そして体を得た《幻魔》は当初、姫になりすまして生活していたものの、次第に凶暴化し、ついには老魔術士を皮切りに幾人もの人間を殺めるまでになった。 姫の変貌に心を痛めた領主は彼女を塔に幽閉し、旅の魔術士に調査を依頼した。そしてその魔術士こそが、金髪の魔法使いこと《金の魔術士》リファだったのである。 リファはすぐに原因を突き止め、姫が魔族に体を乗っ取られていること、そして、すでにお互いの魂が深く結びついており、魔族を強引に引き離そうとすれば姫の魂もが失われてしまうだろうと告げたのだ。 なんとしても姫の命は、と懇願する領主に、リファは苦肉の策を取った。即ち、姫を鏡に封印することで《幻魔》の暴走を押さえ、鏡の中で生き永らえさせようとしたのだ。やがて《幻魔》の力が失われ、月へと還る日まで――。 こうして姫は鏡に封印され、領主は《幻魔》の支配が薄れる新月の日のみ塔に登って、姫と語らうようになった。 しかし人の命とは儚いもの。領主はまもなくして病に倒れ、城は何度か主を替えた後に老朽化して打ち捨てられた。そしてその頃から謎の茨が城を覆い始め、不思議な伝説が人々の口に上るようになったのである。 伝説の鏡姫を救わんと、幾人もの人間が城を訪れたが、誰一人として帰って来なかった。そして、やがて伝説はただの御伽噺となり、誰からも省みられなくなった――。 「しかし、リダ様は何故、あの伝説が《幻魔》の広めた嘘だということに気づかれたのですか」 調査結果を報告に来たネフェルの言葉に、朝食兼昼食をだるそうにつついていたリダは、ほら、と人差し指を立ててみせた。 「城の中を探索した時、冒険者らしき骸骨はあちこちに転がってたのに、この城の住人らしき亡骸は一つとして見つからなかっただろ。だからなんか妙だと思ってね」 成る程、と頷くネフェル。伝説によれば、魔法の茨が城を包み、城の人間は全て眠りについたとある。そのまま眠り続けているとしても、そのまま亡くなったにしても、その姿がどこにもないのはおかしい。 「しかし、それだけでは決定打にかけるでしょう?」 「まあね」 付け合せの芋を突き刺しながら、リダは得意げに解説を始めた。 「実を言えば、最初におかしいと思ったのは、城を覆っていた茨を見た時さ。あれは魔法の茨だったわけだけど、その波動があいつと違ったんだ」 魔術士の持つ魔力には固有の波動がある。そして修行を積めば、その波動だけで個人を特定することも可能なのだとリダは言うが、よほどの術者でなければ出来ない芸当だ。 「わたしはあいつの掛けた魔術を何度も解いたことがあるんでね、波動だけじゃない、癖も好みも熟知してる。それでおかしいと思ったんだ」 これはもしかしたら、伝説そのものが間違っているのかも知れない。これまでに偽の伝説や噂話に散々振り回されてきたから、何となく想像がついた。 もしかしたら、妙な魔具が暴走しているとか、その程度のことなのかもしれない。そこで彼女は念のためギルにそこら辺に転がっていた大槌を渡して、こう言いつけておいたのだ。「合図したら叩き壊せ」と――。 「で、いよいよ塔に登ってみれば、扉越しに伝わってくる波動が二種類あることに気づいてさ。一つはあいつの、もう一つは全く知らない波動。で、ちらっと覗いてみたら、泣いているお姫様の後ろに妙な影が見えたんでね。ぴんと来たんだ」 しかし、そこで事情を聞こうとせず、いきなり鏡をぶち壊そうとする辺りが、いかにもリダらしい。 「封印自体はそれほど難しいものじゃなかった。時止めの術が使われてなかったからね、中級程度の術者でも少し頭を使えば解けるような代物だよ。だからこそアイツは《鏡姫》の噂をでっち上げ、どうにかしてそれを広めたんだろう。封印を解いてくれる魔術士をおびき寄せるためにね。ところがなかなか都合よく魔術士がやってくるはずもない。いつしか噂は御伽噺と化して、誰も城に近寄らなくなった。そんなところかな」 とんだ伝説もあったもんだ、と芋をぱくつくリダに、ネフェルはひどく恐縮した面持ちで頭を掻いた。 「いやはや、まさか鏡姫の伝説にこのような事実が隠されているとは思いもよらず……申し訳ありませんでした」 「あんたが謝ることじゃないよ。ま、たまにはこういうのもいいさ。でも約束は約束だ、報酬はもらうからね」 勿論です、と小袋を懐から取り出し、おずおずと机の上に乗せる。それに手を伸ばしかけて、リダは隣の席でうつむいたままのギルをちらり、と伺った。 そんな少年の様子に気づくことなく、ネフェルはそれにしても、と呟く。 「結局のところ、《金の魔術士》は姫を助けたことになるんで――」 「そんなわけない!!」 突然の大声に言葉を詰まらせるネフェル。 「ギ、ギル君……?」 「そんなわけない! だってあいつは結局、姫を助けられなかったんじゃないか! 悲しみと苦しみを引き伸ばして、姫に涙を流させ続けたんじゃないか!」 「ギル……」 「あいつは、リファは悪い魔法使いなんだ! だって、俺の……俺の父さんは……!」 それ以上は言葉が続かず、ぐっと項垂れるギル。そんな彼の様子におろおろとするネフェルの肩をぽん、と叩いて、リダは小さく首を横に振った。 「聞かないでやってくれる? この子も色々と訳ありでさ」 「は、はあ……。しかし、リダ様。《金の魔術士》とは、一体何者なのでしょう?」 ネフェルの問いかけに、リダはさあね、と肩を竦めてみせる。 「わたしもそれが知りたくて、あいつを追いかけてるのかもしれないな」 呟くように答えて、リダはすっくと立ち上がった。 「さあ、行くよギル!」 「へ? 行くってどこに?」 「決まってるだろ。《金の魔術士》を探しにさ! ほら、とっとと動く!」 「そ、そんなあ、まだ食事がっ……」 「問答無用ー!!」 「ぅわぁぁぁぁ……っ」 襟首を掴まれて引き摺られていく少年を憐れに思いつつ、ネフェルは遠ざかって行く後姿に笑顔で手を振った。 「お達者でー!!」 霧深き森にそびえ立つ白亜の城 鏡に閉じ込められた麗しき姫 《鏡姫》の伝説を語るものは、もういない―― 終☆
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