[BACK] [HOME]
* Spring Garden *


春のお庭が どこか悲しそうに見えるのは
そよ風に揺れる青い花々が 父様を思い出すから

優しくて 穏やかで 物静かで
春の日差しのように そのまま透けてなくなってしまいそうな
儚い笑顔の 父様

藤に菫 勿忘草
矢車菊 ネモフィラ ヒヤシンス
中でも一番 切ない色をしているのは――

「フェリキア、か」

突然降ってきた声は どこか寂しそうで
ゆっくり振り返れば 黒い瞳が静かに笑った

「君の庭かい? 青い花ばかり集めて、きれいだね」

そうよ だってここは父様のお庭だから
父様の好きだった花を植えてみたの

藤に菫 勿忘草
矢車菊 ネモフィラ ヒヤシンス
中でも一番 父様が好きだったのは――

「私は嫌いよ、フェリキアなんて」

薄曇の空の下 頼りなげに揺れるさまが
父様を思い出してしまうから

「そうか。俺も、あんまりいい思い出はないんだが……」
懐かしそうに目を細め
「それでも、やっぱり綺麗だな」
そう言って笑った 不思議な旅人さん
暖かい日なのに 黒尽くめで
なのに なぜか 全然怖くない

「おじさまは、旅人よね?」
「ああ、旅をしてるんだ」
あてもない旅だよ、と笑って
短く切った黒髪をかき上げる
その仕草は どこかやんちゃな男の子みたいで

「父様はね。すごく素敵な人だったの」
優しくて 穏やかで 物静かで
いわゆる世間一般の「父親」像とは違ってるかもしれないけど
自慢の父様だった

「素敵すぎて、早くに神様のところに行っちゃった」
まるで春の日差しのように
穏やかに 何も言わずに

「そうか……。悲しいな」
「悲しいけど、泣いて父様が戻ってくるわけじゃないもの」
だから私は 自分に出来ることをするの
勉強して 遊んで 弟の世話をして 時々ケンカをして
父様がお空の上で心配しないように
毎日 笑顔で生きていくわ

「なるほど。強いお嬢さんだ」
そうよ 私は強いの
外見は父様にそっくりだけど 中身は母様譲りだって言われるわ
だから泣いてなんていられないの
お月様の下で枕を濡らすよりも
お日様の下で笑う方が性に合ってるから

「おねーちゃーん」
あらあら また弟が泣いてるわ
「ラウル、どうしたの? また転んだ?」
「ぎゅーにゅー、こぼしちゃったー」
んもう しょうがないわね

「それじゃあ、おじさま。ごきげんよう」
「さようなら。お嬢さん達に幸あらんことを!」

春風の中 足音もなく遠ざかっていく黒い背中
風に震えるフェリキアの花びらが
さよならを告げるように 揺れていた

「フェリキアおねえちゃーん、はやくう」
「待ちなさいってば!」



でんたまシリーズ





 何を唐突に、と思われるであろうお話(^^ゞ
 未来の卵・番外編「追憶の《青》」のアフターストーリーです。
 本当はこれ、ちゃんとした小説にするつもりだったんですけど、書けば書くほど思い描いていたものとずれてしまって、結局こんな形で落ち着きました。

2008.05.01



<< >>
[BACK] [HOME]