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 pipipipipi

 07:00にセットされたままの目覚まし時計は、やがてスヌーズ機能に切り替わる。これから20分間、5分おきになっては止まるを繰り返して、いつも通りの朝が始まる――はずだ。
 目覚まし時計は知らない。毎朝粘りに粘って、三回目くらいでやっと降参する『ご主人様』の姿がベッドにないことも、妙にこざっぱりと片付いた部屋のことも、空っぽに近いクローゼットのことも、そして机上に佇む書き置きの存在も――。

 故に、誰もいない部屋で、目覚まし時計は鳴り続ける。

姉さんへ

 姉さんがこの手紙を読むのは、ハネムーンから帰ってきてからのことだと思います。
 突然ですが、僕は旅に出ました。
 高校が長期夏期休暇に突入したので、ちょうどいいので長い旅をしてみたいんです。
 別に、グレたとかヒネたとか、そういう保護者や社会に対しての反抗的行動ではありませんので、どうか心配しないで下さい。
 姉さんが結婚しちゃって寂しいから、とかでもないので誤解のないように。
 僕も十六歳になったことだし、ちょっと冒険がしたくなっただけです。

 僕が旅に出ている間、どうぞ義兄さんと夫婦水入らずでアツアツの新婚生活を満喫して下さい。
 夏休みの終わる八月末までには多分帰ると思います。
 それじゃ、行って来ます!

 SD899.06.10 イサオ=ヨシダ


追伸:
 携帯端末の通信番号を変更したから、そちらからの連絡は取れないからね。便りがないのは元気な証拠ってことで。
 くれぐれも、義兄さんと仲良くね? せっかく掴まえた人なんだから。
 僕が帰った時に「もう別れました」なんて言ったら、それこそグレちゃうよ。

義兄さんへ伝言:
 義兄さんとの結婚に反対して家出した訳じゃありませんから、そこのところお間違えなく。不満があるなら、はなから結婚に賛成したりしません。
 ちなみに、姉さんの機嫌が悪い時には、とにかく謝った方がいいですよ。

 それじゃ、よろしくお願いします。


Episode01:Awake ~目覚めの時~


 降り注ぐ陽光が総ガラス張りの天井から差し込み、大勢の利用客でごったがえす宇宙港ロビーに光と影の幾何学模様を描き出している。
 壁一面を占領するスクリーンにずらりと並ぶフライトスケジュール。刻々と移り変わっていく画面を食い入るように見つめる家族連れ、ツアーなのか円陣を組んで説明を聞いているグループ、預けた荷物が出てこないと係員に食ってかかるビジネスマンと、多種多様な人の群れ。まだ08:00を少し回ったくらいだというのに、惑星プラス宇宙港はこの混みようである。
 そんな中、ロビーの端に申し訳程度に並べてあるベンチにどっかりと腰を降ろし、まだ朝も早いというのに疲れた顔で人込みを眺めている二人組がいた。
「……くそ、今日はなんでこんなに人がいやがるんだ……」
 窮屈な襟元をどうにかしようと直しながらぼやいているのは、二十代半ばの青年。燃えるような赤毛が目を引くが、うっかり目を合わせようものなら鋭い眼光に震え上がること間違いなしだ。
「そりゃもう、世間が夏休みに突入したからじゃないですか?」
 その隣で肩をすくめた青年はといえば、誰もが思わず目を留めるほどの美貌を惜しげもなく晒している。涼しげな顔立ちに、きっちり着込んだ派手なジャケットが些か不釣合いだが、どんな格好でもサマになるのは美青年の特権だろう。
「んなこたあ分かってるっつーの。それにしても混みすぎだろ、これ」
 六月になり、惑星プラスの公立校は揃って夏期休暇に入った。私学は多少のずれがあるものの、殆どの教育機関が今週中には夏期休暇に突入するはずだ。約二ヶ月の長期休みをめいっぱい遊び倒そうと画策する者は後を絶たず、各種交通機関は増発してもパンク状態という、夏ならではの光景が繰り広げられるわけだ。
「いいよなあ、ガキはよ……。こちとら夏休み返上で仕事だってのに」
 盛大な溜息をつきつつ、ぐいぐいと襟元を引っ張っていた青年は、とうとう諦めて脱ぎ捨てたジャケットを、まるで親の仇とばかりにぐちゃぐちゃに丸めてバッグに詰め込んだ。
「アーサーさん、皺になりますよ」
「ハリー、お前は俺の母親か?」
「あとで船長から小言を言われるのはアーサーさんですから、別に構わないんですが?」
 しらっと言ってのけるハリー。ベンチに腰を下ろし、端末を入念にチェックしているその姿はまるで映画スターが撮影待ちをしているようだが、生憎と彼が待っているのは出番ではない。
「集合時間はとっくに過ぎてるってのに、いつになったら来やがるんだ、新人さんとやらはよ」
「まあまあ、もう少し待ってみましょうよ」
 そう宥めながら、腕時計をちらりと覗く。集合時刻は08:00。もう五分は経過しているから、アーサーの苛立ちはもっともだ。
 と、遥か頭上のスクリーンが天気予報からCMに切り替わった。途端に流れる大音声と派手なエフェクト。『惑星間のお引越なら、わが社にお任せ♪』などというありふれたキャッチコピーを謳うのは、辺境方面で売り出し中の新人アイドル、らしい。このCM以外で見たことがないので、売れっ子というわけではなさそうだ。
『安心・迅速・超安値! 宇宙の果てまで伺います! 『G.M.C.』にお電話ください! 待ってまぁす♪』
 能天気なCMに、思わず溜息が漏れる。こんな陳腐なCMが、アルバイトとはいえ自分が勤める会社のコマーシャルなのだから情けなくなるというものだ。
「……なあハリー。やっぱお前が出た方が良かったんじゃないか? その方が依頼来るぜ、絶対」
「もうちょっとカッコいいキャッチコピーになったら考えますよ」
「そりゃ社長に嘆願するしかないな。もっとも、あの人が聞く耳持つかどうかは疑問だが」
 恒星間引越社『G.M.C.』は創立して一年余りの零細引越し業者だ。ハリーがアルバイトとして入社した半年前から今までに受けた依頼は十件ほど。惑星間、時には星系間に及ぶ引越しを扱う以上、一回の引越に一月以上かかるケースもあるとはいえ、半年でたった十件ではまるで赤字だ。しかもCMが謳う通り、価格は超安値とあって、赤字は拡大する一方だった。
「ま、依頼が殺到したとして、船は一隻しかないですしね。手が回りませんって」
「まあそうなんだがな。このままじゃ、次のボーナス自体が期待できないぜ」
「でも、今度の依頼はそこそこ稼げるみたいですしね」
「まーな。でも、今回は疲れるぞ」
 今回二人が行う「仕事」は、ラクター恒星系の第二惑星タジームまで出向き、豪邸まるごとの引越しをするという、規模こそ大きいが内容的にはよくある引越作業だった。
 それだけだったら、二人が疲れることはない。二人を仕事前から疲れさせているのは、引越のついでにアルバイトの新人研修を行おうという、社長の無謀な考えである。
「新しく雇った連中、どんなヤツなんだか……」
 新規採用されたアルバイト三名のデータは受け取っているが、何のミスか顔写真がないのだ。辛うじて記載された外見情報から推測するしかない。これで待ち合わせをしろというのもかなり無茶だが、こちらが目立つ格好をしていれば向こうから見つけてくれるだろうと、仕事中でもないのにわざわざ制服姿でやってきたのだ。
「まあ、二人は俺の友達ですから……ほら、言ってるそばから一人来ましたよ」
 ハリーがそう言って手を振った先には、こちら目指して猛スピードで走ってくる人影があった。


「くそ、なんであんなに混んでたんだ!」
 トラムから吐き出されるようにしてプラットフォームに降り立ったケンは、悪態をつきながら抱えていた荷物を背負い直した。
「やべ、もう08:00過ぎてるじゃねえか……。急がないとな」
 なんといっても、今日はアルバイト初日。初っ端から遅れる訳には行かないのだ。
 待ち合わせは東ウィングのロビーだが、都心から宇宙港までを一本で結ぶトラムは西ウィングに到着する。まあ、それは立地上の問題なので文句を言っても仕方のないことだ。
(なんでこんな日に寝坊しちまうんだよぉ……ホント、ガキみたいだぜ)
 ケンにとってはじめてのアルバイト。その緊張から、まるで遠足の前の日に眠れない子供のようになかなか眠れなかったのが全てのケチのつきはじめだった。
 何はともあれ、今は集合場所に向かうしかない。そう思い、勢いよく方向転換をした途端、目の前に立ちふさがっていたのは巨大なリュックサック。
「わっ!!」
「うわわっ」
 持ち前の反射神経でなんとか踏みとどまったケンだったが、相手はそうもいかなかったようだ。『地球探訪』と書かれたガイドブックを広げて何やら考え込んでいた少年は、背後からの衝撃にまるでコントのようにころん、と転がって、ごんっと後頭部を床にぶつけ、更には抱えていた荷物を取り落としてわたわたともがいている。
「わりい! 大丈夫か?」
 慌てて助け起こせば、少年は荷物を抱え直しながら、こちらこそと頭を下げた。
「ごめん、前見てなかったんだ。そっちこそ平気?」
 恐らく同世代であろう少年は、まるでこれから秘境に旅立とうというようないでたちだった。もう汗ばむ気候だというのに長袖パーカーのフードまで被り、背中には子供一人入りそうなリュックサック。更にどでかいボストンバッグまで抱えて、一体どこへ行こうというのか。
「ああ、俺は大丈夫。急ぐんで、わりぃな」
 それじゃ、と走り出すケン。背後で何か慌てたような声が聞こえたが、時間がないので無視をして走り続ける。ところが一分もしないうちに、ぎょっとして立ち止まる羽目になった。
「おぉーい……待ってぇぇ……」
 声に気づいて振り向けば、先ほどの少年が大荷物に振り回されながらも、一生懸命に追いかけてきている。
「おーいってばー!」
「なんか用かよ?」
 仕方なく立ち止まれば、やっとのことで追いついてきた少年は、息を切らしながら何かをひらひらと振って見せた。
「これ、落し物!」
 見れば、それはケンのIDカードだった。確かリュックサックの前ポケットに入れておいたはず、と慌てて手を突っ込めば、そこにはミントガムしか入っていない。
「げっ! 落としてたのか!?」
 IDカードは地球連邦発行の身分証明書でありキャッシュカードだ。出生記録から給与明細まで各種データが記録されており、一枚で公的証明から買い物までこなせる優れものである反面、一度紛失すれば再交付までまともな生活が送れないという不便さも兼ね備える。
「拾ってくれたのか、ありがとな!」
「どういたしまして! 君、東ウィングへ向かってるんでしょ? 僕もなんだ。しかも時間に遅れそうでさ。宇宙港に来たの初めてで行き方がよく分からないから、良ければ一緒に――」
 その言葉に、何を焦っていたのか、それとも天然なのか、ケンは大いなる勘違いをしでかした。
 即ち――。
「そうか! なら同じ船だな。じゃあ行こうぜ!」
 そう。彼はこの少年を、自分と同じ船に乗る仲間だと思い込んだのである。
「う、うん」
 そして少年は否定しなかった。そそくさと手にしていたガイドブックをしまい、にこやかに右手を出す。
「僕、イサオっていうんだ。宜しくね」
「俺はケン、よろしくな! さ、東ウィングまであとちょっとだ、気合入れていこうぜ!」
 かくしてケンとイサオは、東ウィングの中央ロビーへと一目散に走り出したのだった。


「来ない!!」
 一方、ロビーではイライラが最高潮に達したアーサーが、本日五本目の無煙煙草をくわえてベンチの周りを歩き回っていた。
 定時よりわずかに遅れてやってきた一人は、すでにハリーが船へと連れて行った。残る二人を待つためにアーサーはここに残ったのだが、集合時刻よりすでに十五分が経過している。これは由々しき事態だ。
「ったく、最近の若いヤツってな時間にルーズで困るぜ!」
 味の抜けきったタバコを握りつぶし、新しい一本をくわえる。彼が吸っている銘柄はリラックス効果がある種類のはずだが、どうやら一向に効いてこないようだ。
 と、手にしていた携帯端末が大音声で着信を知らせた。
「はいはい、こちらアーサー!」
『こちら『パスファインダー』。残り二人はまだ来ませんか?』
 聞こえてきたのはハリーの声だ。その後ろからはかすかな機械の稼動音。すでにシャトルは出発準備を開始しているようだ。
「まだだよ。そっちの状況は?」
『シャトルはいつでも動けますけど、本船の出航予定時刻は09:30ですから、待てるのはあと十分ってとこですね』
 宇宙港といっても、この地上から恒星間航行可能な宇宙船が出発しているわけではない。そういった長距離航行型の宇宙船は衛星軌道上の係留ドックに繋がれており、本船と地上を行き来するのは、短距離航行タイプながら大気圏突入可能な小型宇宙船が主となる。
「最悪の場合、俺一人で行く。そう本船に伝えといてくれ」
『了解。お早いお着きをお待ちしてます』
 プツ、と通信が切れる。アーサーは待ち受け画面を睨みつけて時間を確認すると、シャトルが待っている234ゲートまでの最短ルートと距離を素早く弾き出した。
(ここからシャトルまで走っても五分強……。あと三分もして来なかったら、俺は知らないからな!)
 そう固く決心して、どかっとベンチに腰を下ろす。
 と、遥か彼方からバタバタと騒がしい足音が響いてきた。走ってくる人影は二人。人込みの中を、まっすぐアーサー目掛けて走ってきている。
(やっと来やがったか……)
 煙草を揉みつぶし、胸ポケットにねじ込む。ベンチから腰を上げ、足音に向かって睨みを利かせたところでようやく、待ち人はアーサーの前にやってきた。
「あのっ、『G.M.C.』の――」
「遅い!」
「すいませんっ!!」
 肩で息をする少年二人の頭をがしっと掴んで、ぐるりと方向転換させる。
「ほら、さっさと行くぞ!。シャトルはもう出発準備に入ってるんだ」
 データとの照合もせず歩き出したアーサーに、慌ててついていくケン。そして、何故か動こうとしないイサオを振り返り、手招きをする。
「おい、早く来いよ。置いてかれちまうぜ」
「え、っと……」
 イサオは一瞬何か言おうとしたが、すぐにぱっと笑顔になって頷いた。
「うん!」
「ほら、一個持ってやるから」
 もたつくイサオの手からボストンバッグをもぎ取り、肩に担ぐケン。
「おい、マジで置いてくぞ!!」
 後ろがついてきていないことに気づいたアーサーが怒鳴る。
「やべっ、行こうぜ!」
「うん! 行こう!」
 二人は顔を見合わせて笑うと、凄い形相で睨んでいるアーサーのもとへと走っていった。

* * * * *

 恒星間宇宙船『テランセラ』は、製造から二十五年を数える旧式の輸送船である。
 製造当初は連邦宇宙軍に所属するれっきとした駆逐艦だったが、造船技術向上の煽りを食らい、船体の老朽化というもっともらしい理由をつけて民間に払い下げられたらしい。
 その『テランセラ』は五日間の休暇を終えて、つい先ほど惑星プラスを出航したばかりだった。
「まったく、間に合わないかと思ったわ」
 『テランセラ』船長マリナ=イシヅカは、メインスクリーンに投影されたドッグを見つめて深々と溜息をついた。あと十数秒離脱が遅れていたら、莫大な超過料金を取られていたところである。そうなったら社長になんと言われることか。お小言くらいで済めばいいが、ただでさえ少ない給料をカットされたら泣くに泣けない。
「航路をラクター恒星系第二惑星タジームに設定しました」
 操舵席の青年が、マリナを振り返って報告する。
「了解しました。予定到着時刻は?」
「四日後の10:30です。この辺りは亜空間航行が使えませんからね」
 その言葉に、手元のホロボードに映し出された予定表を見ながら、マリナは小さく息を吐く。
「依頼人宅への到着時間が12:00だから、本当にギリギリね。大丈夫かしら」
「大丈夫ですよ。マリナさんは心配性だなあ」
 呑気に笑う操舵士ラスティ=クロードに、マリナはむっとした顔でコムボードを差し出した。
「これを見てから言って欲しいわ」
「なになに……『時間に一秒でも遅れた場合、キャンセルも有り』……って、なんだこりゃ?」
 板状の端末画面に浮かび上がる依頼内容に眼を剥くラスティ。勿論、時間厳守は業者の鉄則だが、1秒も待てないというのは随分と手厳しい。
「依頼主がとてつもなく時間に厳しい方らしいの。うちに依頼が来る前に大手業者に依頼したらしいけど、到着時刻の希望が午前と午後しかないことに腹を立てて、見積もり段階で断ったんですって」
 依頼主の顔写真を見れば、なるほど随分と気難しそうなご老人だ。
「退役軍人さんか、規律に厳しいのは職業柄ってやつかな。それじゃアモエナ、後はよろしく」
『了解しました』
 スピーカーから控えめな返答が響くと同時に、『テランセラ』の制御システム『アモエナ』に舵が渡ったのを確認して、ラスティはよいしょと立ち上がった。自動航行に入ってしまえば、操舵士の出番は緊急時と到着時だけだ。あとはのんびり星間航行を楽しむのみである。
「さて、当直は誰からにします?」
「そうね、いつも通り――」
「艦長、よろしいですか」
 割って入った声に、マリナは溜息をついて声の主を振り返った。
「ユンさん、艦長はやめてって言ってるでしょう? ここは軍隊じゃないのよ」
 マリナの視線の先で、インカムを装着した褐色の肌の女性がてへ、と頭を叩いてみせる。
「すいません、どうにも癖が抜けなくって」
「で、どうしたんです?」
 ラスティの問いかけに、通信士ユン=ラーラはきりっと表情を引き締めて報告した。
「社長からメッセージが届いてます」
「流してください」
「了解」
 軽やかなタッチでキーボードを叩けば、天井近くに設置されたスピーカーから、男性の明るい声が流れ出す。
『やあ、皆さん元気ですか?』
 気の抜けた挨拶を始めたのは、『G.M.C.』社長のアルフォート=ヘイズその人である。声からすると二十代から三十代位の明るい感じの青年のようだが、その姿を見たものは誰一人としていない。
『新しく入ったアルバイトですけど、一人急病で来られなくなったって連絡が入っていたのを伝えるの忘れちゃってましたね』
「――え?」
 一斉に首を傾げる三人。
『来れなくなった人のデータ消しといてください。追加募集をかけようと思ったんですけど、とりあえず今の仕事が終わってから考えることにします。それじゃ頑張って下さいね』
 ぶつ、と音声が途切れ、沈黙がブリッジを支配する。
「……おかしいわね」
「アルバイト三人、全員揃ったってアーサーさんは言ってましたよね?」
 そう。小遅刻の一人と大遅刻の二人。数は合っているのだ。
「あ、ほら、急病が治ったとか?」
 ボケた発言をしたラスティは女性二人に睨まれ、首をすくめた。
「一人、予定外の人間が入り込んでいる――」
 間違えて乗船してしまったのかもしれないが、それなら乗った段階で気付くだろう。まさか産業スパイということはないだろうが、不信人物であることは間違いない。
「……とりあえず、集合かけますか?」
 ユンの言葉に、マリナは固い面持ちで頷いてみせた。


「まず、新しく入った皆さん。ようこそ『テランセラ』へ。私は船長のマリナ=イシヅカです」
 緊張した面持ちで、マリナは集まった新人乗組員を見渡した。やってくる最中は随分賑やかだったらしい少年達はブリッジに入るなり圧倒されてしまったのか、まるで案山子のように目の前に突っ立っている。
「ただいま、この船はラクター恒星系の第二惑星タジームへ向かって航行中です。到着予定時刻は四日後の10:30。到着後、早速今回のお仕事に入りますので、新人の皆さんはこの四日間で基本的な業務やルール等を学んで下さい。詳しいことは後ほど配る資料を見てもらうとして――」
 相変わらずカチコチに固まっている新入り達の姿に小さく笑みを零して、マリナは少しだけ口調を和らげた。
「そんなに緊張しないで。ここは軍隊じゃないんだから。じゃあまずは順番に自己紹介をお願いしましょうか。じゃあ端のあなたからね」
「はいっ!」
 指名された一番小柄な少年は、元気よく返事をして自己紹介を始めた。
「ル・フィーロ=ローダです! アルファスクールの二年で、見ての通り『リー・オン』との混血です。名前、言いにくいと思うんで、ヒロって呼んで下さい。よろしくお願いしますっ」
 元気のいい挨拶に、惜しみない拍手を送ったのは操舵席のラスティだ。
「技術部にリー・オン人の女性がいるんだ。あとで挨拶に行くといいよ」
 ラスティの言葉に、本当ですかと顔を輝かせるヒロ。
「嬉しいな、身近には全然いなかったから」
 コロニー種族『リー・オン』は宇宙コロニーでの生活に適応した新人類だ。そのため、地球連邦との百年戦争後もその殆どが宇宙空間で生活しており、ヒロのように惑星上で暮らしている者はかなり珍しい。
「俺はケン=フジシマ。ハリーとヒロの同級生です。よろしくお願いします」
 勢いよく頭を下げるケン。挨拶時に頭を下げるのはアジア民族に今尚残る習慣だが、彼は今では珍しい生粋の日本民族だ。
「こちらこそよろしくお願いします」
 こちらも条件反射で頭を下げるマリナと、笑顔でよろしくと答えるラスティ。そして、二人の視線がゆっくりと、最後に残った少年に向けられる。
「ほら、お前の番だぞ」
 ケンに小突かれて、少年はえっと、と口を開いた。
「イサオ=ヨシダです。地球出身ですけど、三年前から惑星プラスで暮らしています。今はデルタ大陸にあるロバートスクールに通ってて――」
 すらすらと自己紹介を続けるイサオ。しかし、コムボードに向けられているマリナの目が険しくなっていることに気づいて、困ったように頬を掻いた。
「その……ごめんなさい」

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