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「……つまり、密航ですね」
 冷ややかなマリナの声がブリッジに響き渡る。
「密航っていうのかなあ? 別に隠れてないし」
 のほほんと呟くイサオに、ケンとアーサーが目を丸くして詰め寄った。
「お前、ここのアルバイトじゃないのかよ!?」
「一緒の船だって言ったじゃんか!」
 二人からの追及に、イサオはいやぁ、と頭を掻く。
「東ウイングから出る地球行きの定期便に乗ろうと思ってたんだ。だけど、つい勢いで……」
「つい、じゃありません!」
 マリナの一喝に、しゅんと小さくなるイサオ。
「ともかく、あなたは無断乗船した――」
「いえ」
 マリナの言葉遮ったのはユンだ。手早くコンソールを叩いて乗員名簿をスクリーンに呼び出し、ほらねと肩をすくめる。
「出航時に全員のIDは通してますから、無断乗船には当たりません。出国手続きも済んでますし、ちゃんとこの船の乗組員として登録されちゃってますよ」
 しまった、と頭を抱えるマリナ。出航時には船籍や乗組員、目的地などを管理局に届ける決まりがある。普通ならきちんとチェックして行う作業だが、時間ギリギリで出航したため、ろくに目も通さずに新規メンバーのIDを登録し、出航手続きを行ってしまったのだ。
 つまり、登録上イサオ=ヨシダは正式な『テランセラ』の乗組員となる。
「どうしましょう……」
 珍しく狼狽するマリナに代わって、ラスティがイサオに向き直った。
「イサオ君といったね。キミは地球に行こうとしてたって言ってたけど、どんな予定だったのか教えてくれるかな?」
 子供を諭すような柔らかい口調のラスティに、イサオはこくりと頷いて、ポケットからガイドブックを取り出してみせた。
「ちょっと一人旅をしようと思って、とりあえず出身地の地球に行ってようと思ったんです。僕、生まれてすぐに地球を離れちゃったんで、思い出がないんですよ」
「一人旅ってことは、お前もしかして家出少年か?」
 鋭いアーサーの突っ込みに、再び眉を吊り上げたのはマリナだ。
「家出ですって!?」
 ものすごい剣幕に、イサオはあたふたして手を振った。
「ち、違いますよ。姉がハネムーンに出かけて、しばらく一人の時間が出来たんで、いい機会だから僕も出かけようかと……」
「お姉さんが? 失礼だけど、ご両親は?」
「随分前に離婚して、どっちとも離れて暮らしてるんです」
 あっけらかんと言ってのけるイサオだったが、予想外の回答にマリナは思わず言葉に詰まり、代わってユンが口を挟んだ。
「地球へ行った後の予定は?」
「全然決めてませんでした。別に地球じゃなくても、一人旅が出来ればどこでも良かったんで」
「いい加減だなあ」
 呆れ顔のケンに、だってさと口を尖らせるイサオ。
「うちの姉さん、ちょっと過保護でさ。今まで一人旅どころか友達と旅行するって言っても、まだ子供なんだからって許してくれなくって」
「じゃあ、今回はやっとお姉さんの許可を得られたってことね?」
 曖昧な笑みを浮かべるイサオに、ユンは大仰に肩をすくめてみせた。
「許可もらってないんだ。ってことは、やっぱり家出じゃない」
 あはは、と乾いた笑いを浮かべつつ、否定も肯定もしないイサオに、ケンがしみじみと頷く。
「でも、お前十六だろ? それで友達と旅行も駄目っていうのはキツイなあ」
「じゃあ、友達の家にお泊まりとか、日帰りでちょっと遊園地とか、そういうのも駄目だったのか?」
 思わず身を乗り出して聞いてくるヒロに、イサオはうーんと腕を組む。あまりにも難しい顔をして考え込んでいるものだから、よほど込み入った事情のある家庭なのかとマリナが心配になったところで、ようやく結論が出たらしい少年は、
「遊園地くらいなら行ったことあるけど、友達の家に泊まったことはないなあ」
 けろりと言ってのけたものだから、大人達はそれぞれに溜息をつき、一方の若者達は一斉に憤りを顕わにした。
「なんだよそれ! つまんねーの!」
「人生の半分くらい損してるぞ、お前」
「まあ、家出かどうかはともかくとして」
 脱線しかけた話を元に戻したのはラスティだった。そして――。
「キミ、バイトする気ないかな?」
 その言葉に、ブリッジにいる全員がラスティを凝視した。
「バイトですか?」
「ああ、ちょうど一人キャンセルが出てるんだし……」
「ちょっとラスティさん!?」
 抗議の声を上げるマリナの手からコムボードをひょいと取り上げ、ほらと指差して見せたのは次の依頼内容だ。
「次の依頼は豪邸の引越しだから、人手は多い方がいいでしょう。どのみち今からプラスに引き返している時間もないし、現地で新しくアルバイトを雇い入れる時間もないだろうし、社長もOKしてくれるんじゃないかな」
「まあ、確かにそうだけど……」
 ラスティの指摘はもっともだ。ただでさえ到着予定時刻がぎりぎりなところに、今からアルバイトの募集をかけて人が集まる保証もない。そもそも、次の仕事は創立以来の大口依頼で、三名の増員でも足りるかどうか怪しいのだ。
「でも……あの社長がいいと言ってくれるかどうか……」
 誰も姿を見たことのない謎の『G.M.C.』社長は、仕事選びこそかなりいい加減だが、雇用に関してはかなりの慎重派だ。何しろ、今回のアルバイト三名の採用が決定するまで、優に三十人が不採用となっており、あまりの優柔不断さに短気なユンはおろか、慎重派のマリナすらもやきもきしたほどだ。
 考え込むマリナを横目に、ラスティは笑顔で勧誘を続ける。
「うちは引越し屋なんだけど、どうかな? この航海限りでも構わないから」
「もし嫌なら、次の星で降りてもらうことになりますね。その際には諸経費もろもろ支払ってもらわないと」
 澄まし顔で畳み掛けながらも、楽しそうに片目を瞑ってみせるユン。そしてさらりと、とどめの一言を放つ。
「それとも、家出少年を保護してまーすって連邦警察に届け出ちゃおうかな?」
 この効果は絶大だった。笑顔を引きつらせたイサオは、まるで降参だとばかりに両手を上げて、それは勘弁と呟く。
 そしてイサオはブリッジに集まった乗組員達をぐるりと見渡すと、最後にマリナへと視線を定め、深々と頭を下げたのだった。
「僕、アルバイト経験ないんでご迷惑かけると思いますけど、それでも良ければ、よろしくお願いします!」
 駄目かなあ? と小首を傾げるその様子は実に無邪気で、一人悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しくなったマリナは、小さく溜息を吐いて、分かりましたと頷いた。
「まず社長に伺ってみましょう。それでOKが出たら、あなたをアルバイトとして採用します」
「やったあ! ありがとう、マリナさん」
 飛び上がらんばかりの喜びように、ちょっと待ってと慌てるマリナ。ユンに通信回線を開くよう指示を出しつつ、ボードを差し出してきたラスティに小声でささやく。
「ラスティさんったら、急にあんなこと言って」
「差し出がましい真似をしてすいません」
 頭を掻きかき、ラスティはでも、と少年達を振り返った。
「悪いな、俺が勘違いしちまったから」
「ううん、僕が勝手について来ちゃったんだから謝らないでよ」
「でも、地球行きのチケットが無駄になっちまっただろ?」
「大丈夫、キャンセル待ちするつもりだったから、まだ取ってなかったんだ」
「それじゃホントに全然計画せずに動いてたわけだ」
「うん、僕、結構いい加減なもんで」
「ほんとにな」
 さっきまでの緊張はどこへやら、和気藹々と喋る様子は実に微笑ましい。仕事柄、現場で必要なのはチームワークだ。その点、出会って数時間でこれだけ意気投合している彼らは、実によい人材と言えよう。
「回線、繋がりました」
 ユンの言葉を追いかけるように、スピーカーからノイズ混じりの音声が流れてきた。
『あー、もしもし? ヘイズですけど~』
 実に緊張感のない声。今回もまた映像は切られている。しかもこのノイズからして、かなり遠いところにいるようだ。
「社長。手違いで一名、無関係の少年を乗船させてしまったんですが……」
『おや~? マリナさんにしては珍しい失敗ですねえ』
 心に刺さる一言をぐっとこらえて、マリナは頭を下げた。
「申し訳ありません。それで、ちょうど欠員したアルバイトの分、彼が働いても良いと言っているのですが、雇い入れても構わないでしょうか?」
『おやまあ、奇特な少年ですねえ。そちらにいらっしゃるんですか?』
「はい」
 無言でイサオを手招きするマリナ。イサオは招かれるまま船長席に歩み寄ると、何も写っていないスクリーンに向けて話し出した。
「はじめまして。イサオ=ヨシダです」
『イサオ君ですか。はじめまして。私は社長のアルフォート=ヘイズと申します。まず、君のデータをこちらに送ってもらって、それで検討させてもらいましょう。構いませんか?』
「はい」
「送信します」
 ユンが手早くキーボードを叩き、出航前にIDから登録した個人情報を転送する。
『今、受信してますから待ってて下さいね~……あ、出ましたでました』
 カチャカチャとキーボードを叩く音が聞こえてくる。機械操作が苦手だというヘイズは、たっぷり5分は沈黙して、ようやく口を開いた。
『えー、イサオ=ヨシダ君。地球生まれの十六歳。ロバーツスクールの生徒さんですね。今は夏休みですか。羨ましいですね~。代わってもらいたいくらいですよ~』
「社長!」
 あまりに呑気な社長の言葉に、思わず青筋を立てて怒鳴るマリナだったが、社長はさらりと怒声を聞き流して続けた。
『ふむふむ、なるほど。分かりました。ひとまず、今回のお仕事だけでもアルバイトとして働いてみませんかね? お給料は、あまり高いとはいえませんが……』
 社長の言葉にマリナは耳を疑い、ユンは目を瞬かせ、そしてイサオは顔を輝かせた。
「はい! よろしくお願いします!」
『それじゃあ、あとでマリナさんにお給料の振込先を教えてあげてくださいね。それじゃマリナさん、後はよろしくお願いします~』
 ブツ、と通話が切れる音がして、スピーカーから流れるノイズも消える。
「社長!」
「もう切れてますよ」
 ユンの言葉にマリナは大げさに肩を落としてみせた。
「まったくもう、いつも面倒なことはこっち任せなんだから」
 そして、子犬のような目で見つめてくるイサオに向き直ると、びしっと指を突きつけた。
「こうなった以上は、びしびし働いてもらいますからねっ!」
「はーい。頑張ります!」
 びし、と敬礼してみせるイサオの、その敬礼がいやに決まっていて、ますます腹立たしい。腹立たしいが、ここで腹を立てては船長としての示しがつかない。
 マリナは引きつる口元を必死で抑え、やっとのことで不本意な一言を吐き出した。
「よろしくお願いします。イサオ君」


 一悶着あったが、どうにか落ち着いた『テランセラ』ブリッジは、緊急招集された乗組員でごった返していた。
定員五名のブリッジに倍の人間が詰め掛けたものだから、文字通りすし詰め状態になっているが、会議室は目下倉庫と化しているので致し方ない。
「……というわけで、この三人が今日からアルバイトとして加わります」
 一通りの事情を説明し終えたマリナが疲れた顔で紹介すれば、三人は揃って「よろしくおねがいいします」と頭を下げた。万雷の、とはいかないまでも、大きな拍手がそれに応える。
「それでは、こちらも改めて自己紹介と行きましょう。先程も言いましたが、私はマリナ=イシヅカ。『テランセラ』の船長で、一応『G.M.C.』の副社長ということになっています」
 ひゅーひゅー、と囃すような口笛が響いたが、素直には喜べない。二十三歳で会社副社長兼輸送船船長と、肩書きだけ見ればキャリア街道まっしぐらだが、実際には社長が探してきた仕事を否応なしに引き受けさせられ、現場指揮を一任されてしまっている責任者兼雑用係といった方が正しい。経理までやらされているのだから、本当に雑用係である。
「じゃあ次は俺かな。操舵士のラスティ=クロードです。よろしく」
 爽やかな笑顔で挨拶するラスティは、現職に就く前は恒星間定期船の副操縦士をしており、やっと操縦士に格上げ、というところでヘッドハンティングされて『G.M.C.』にやってきたという『命知らずな』経歴の持ち主だ。見た目は絵に描いたような好青年、性格は判で押したようなお人よしなので、社長の熱烈なラブコールに絆されたのだろうと噂されている。
「あたしは通信士のユン=ラーラです。これでもちょっと前まで宇宙軍にいたのよ。皆よりちょっとだけお姉さんかな? どうぞよろしくねっ」
 チャーミングにウィンクを飛ばしたユンに、何故かヒロとケンが揃ってああ、と呟いたので、ユンは彼らではなく、その背後でそっと視線を逸らしている金髪の美少年をぎろりと睨みつけた。
「ハリー君! なんか妙なこと吹き込んだわね!?」
「いえ、そんな、俺は何も」
 もごもごと口ごもるハリーに、ケンが慌てて助け舟を出そうと割って入る。
「あの、ほら、とっても美人だって聞いてたんで、なっ、ヒロ?」
「うん、美人で有能だけどセクハラには厳しいから気をつけろって。それでセクハラ上司をぶん殴って宇宙軍をクビになったんだって」
「わ、ばか――」
「ハリー君!?」
 紫の瞳を吊り上げて怒気を噴き出すユンに、ハリーは諸手を上げて降参の意を示した。
「俺はただ事実を述べただけで――」
「あたしはクビになったんじゃなくて、自分で辞めたんです!」
「ぶん殴ったところは否定しないんだ……」
 冷静なイサオの呟きに、きっと刺すような視線を向けるユンだったが、
「セクハラに屈せず信念を貫き通したなんて凄いじゃないですか。さすが、軍人さんは肝が据わってますね」
 無邪気な顔でこう言われては、さすがにそれ以上怒る気にもなれず、むうっと唇を突き出す。
「なんか褒められてる気がしないけど、まあいいわ。ハリー君。また今度妙な噂流したらただじゃおかないからね」
「肝に銘じます」
 はは、と力なく笑うハリー。ついでに自己紹介しなさいよと促され、ちょっと照れくさそうに三人へと向き直る。
「それじゃ改めて。俺はハロルド=コールマン。ハリーでいいよ。授業がない時だけアルバイトで入ってるんだ。もう半年になるかな」
「時々ズル休みしてると思ったら、バイトしてるんだもんな」
 クラスメイトであるケンの突っ込みに、ハリーはいやあ、と絹糸のような金髪を掻きあげて誤魔化した。
「実地訓練を積んでる、って言って欲しいな」
「そんなこと言って、一人で飛行時間稼いじゃってズルいよ!」
 同じくクラスメイトのヒロはご立腹の様子だ。彼らは飛行科があることで知られるアルファスクールで小型宇宙艇の操縦課程を学んでいる同級生だが、半年ほど前から急に腕を上げ、更には飛行時間を延ばしているハリーを不審に思って問い詰めたのが、このアルバイトを始めるきっかけだったとヒロは言う。
「オレだってもっと飛びたいのに、学校が全然乗らせてくれないんだ。模擬訓練装置も先輩達が優先的に取っちゃうしさ」
 文句たらたらのヒロをまあまあと宥めながら、ハリーはイサオに笑いかけた。
「イサオはロバーツスクールだったよな。あそこの女の子は清楚なお嬢様タイプが多くてちょっと近づきがたい感じだけど、いい子がいたら紹介してくれよな」
「またそれか。お前女の子と見ると声かける癖、いい加減改めた方がいいんじゃないか」
 呆れ顔で突っ込んだのはアーサーだ。いつの間にか制服から作業着に着替えている彼は、どういうわけかその上によれよれの白衣らしきものを引っ掛けている。
「そう言えば、さっきから気になってたんだけど……アーサーさんはお医者さんなんですか?」
 イサオの言葉に、アーサーは悪かったな、と嘯いた。
「俺はアーサー・V=ライト。こう見えてもこの船の船医だ。もぐりじゃないぞ、ちゃんと免許持ってるんだからな」
「威張って言うことですか」
 通信席からの呟きを聞かなかったことにして、アーサーは続ける。
「言っておくが、俺は面倒なことが嫌いなんでな。適当な処置をされるのが嫌なら怪我するな。病気もするな。分かったか」
 とんでもない命令に震え上がる新人達だったが、ラスティは苦笑を浮かべてパタパタと手を振る。
「嘘うそ、ポーズだよポーズ。ドクターは誰よりも優しくて勇敢な乗組員なんだ。君達にもきっとすぐに分かるさ」
 やめろよ、と顔を引きつらせるアーサーだが、ブリッジに漂う生暖かい視線に射竦められて、けっと毒づいた。
「俺はただ、医務室が暇であって欲しいだけだ」
「医務室がいつでも満員御礼なんて船は、藪医者が乗ってる証拠ですよ。ドクターは本当に、患者思いのお医者さんなんですね」
 にっこりと笑って言うイサオに、アーサーはますますそっぽを向いてしまったが、その横顔にはほのかに照れがある。
「ほら、次はお前さんの番だぞ」
 ぶっきらぼうに隣を小突けば、脇に控えていた青年は人懐こそうな瞳で三人を見回すと、にっこりと笑って自分の顔を指差した。
「私、アル=ネダ。ヒットマンね」
「え!?」
 目を丸くする三人に、アーサーが冷静なツッコミを入れる。
「違う違う。砲術士」
「そーそー、砲術士。狙った獲物、逃がさないヨ?」
 実に爽やかに言ってのけるアル。ますます怯えた様子の三人に、ユンがごめんね、と苦笑を浮かべた。
「彼、ティロ星系の出身で共通語あんまり得意じゃないの。時々妙なこと言い出すけど、気にしないでね」
 その言葉に、なるほどと呟いたのはイサオだ。
「ティロって、かなり初期の移民星でしたよね。自然回帰を唱えて、機械に頼らない独自の文化を形成したっていう」
「そう、よく知ってる、エライエライね」
 大きな手でイサオの頭をぐりぐりと撫で、アルはでもネと付け加える。
「今は機械もオッケー。だから、私、もっと色々撃ちたくて、中央出てきたヨ」
 またぞろ出てきた物騒な単語に震え上がる新人達だが、さすがに慣れているらしい乗組員達は動じることもなく、優しい目で見守っている。
「アレ? なぜ固まるノ?」
「いやあのその」
「撃つって何を」
「的に決まってルヨ?」
「的にも色々あると思うんですけど……」
「ウン、動く的も、止まってる的も撃つヨ? 動くと大変ネ」
「だー! 噛み合わねえ!」
 頭を抱えて吼えるケンに、さすがにかわいそうになったユンが助け舟を出した。
「彼は射撃競技の選手だったのよ。その腕を買われて中央に出てきたところを、うちの社長に見出されたってわけ」
「あ、なるほど……」
 ようやく胸を撫で下ろす三人。一方のアルは頭を掻きかき、ユンに頭を下げている。
「説明、かたじけナイ」
「そこは『すみません』だ。『かたじけない』だと恐れ多いという意味になるから気をつけろ」
 生真面目に訂正したのは、それまで気難しい顔で席に着いていた航宙士だ。
「ハンスは偉いネ。何でも知ってるヨ」
「お前はもうちょっと言い回しを勉強した方がいい」
 そう忠告してから、ハンスと呼ばれた青年は新人達に向き直った。
「俺はハンス=シュミット。航宙士だ。よろしくな」
「別名『歩く規則』だ。船長の次に厳しいから気をつけろよ」
「ドクター!」
 激昂するハンスをどうどうといなして、アーサーはにやりと笑ってみせる。
「そう怒鳴るなよ、また胃に穴が開くぞ」
「最近は医務室の世話になっていないだろう!」
「そりゃあ、俺が処方した胃薬が効いてる証拠だな」
「ここしばらくはそれも飲まないで済んでいるんだから――」
 不毛な論戦を展開する二人を尻目に、マリナは集まった乗組員を見回して、あらと呟く。
「あとの三人は?」
「アイリーンさんはタカトウさんの治療中、ヒロカさんはエンジンのメンテナンス中で出てこられないそうです」
「仕方ないわね。あと三人いるんだけど、おいおい紹介するわ。あとは彼女だけね。『アモエナ』」
 マリナの呼びかけに、スピーカーから柔らかな女声が響く。
『お呼びですか、船長』
「新しく入ったアルバイトの子達に自己紹介をお願いするわ」
『了解しました。皆さんこんにちは、私は『テランセラ』制御システムの『アモエナ』です。よろしくお願いいたします』
「よ、よろしくです」
「うおお、すげえ! こんなに人間っぽく喋る制御脳、初めて見た!」
 滑らかに話す『彼女』に驚きを隠せない新人達に、『アモエナ』は律儀にどういたしましてと言葉を返す。
「彼女を特訓したのはうちの技術主任よ。ちょっと、いえ、かなりの凝り性でね……」
 なぜか遠い目をするマリナに、ラスティがあはは、と乾いた声を上げる。
「ま、まあ、直接会った時に色々聞いてみたらいいよ。さて、自己紹介はこれでおしまいかな? このあとはどうします、船長?」
「そうね、とりあえずは自室で荷物を解いてもらって、それが終わったら食事にしましょうか。ハリー君、案内をお願いできる?」
「了解、船長。じゃあみんな来いよ。今まで俺一人で使ってた部屋なんだけど、ほかに部屋が空いてないからさ、アルバイトはまとめて一部屋ってことで」
「なんか修学旅行みたいでドキドキするなあ」
「四人部屋ってことは二段ベッドだよな? 俺、絶対上の段がいい!」
「僕の荷物、入りきるかなあ?」
「ほら、さっさと行こうぜ。それじゃ失礼します」
「失礼しまーす!」
 元気よく挨拶をして、ぞろぞろとブリッジを出て行く新人達。ドアが喧騒を締め出して、ブリッジに奇妙な沈黙をもたらす。
「この船も賑やかになりますね」
「そうね、一気に平均年齢も下がっちゃった感じ?」
 楽しそうなラスティやユンとは対照的に、マリナやハンスは浮かない顔だ。
「……大丈夫かしら」
「実に心配です」
「お前ら、本当に心配性だな。なるようになるさ。それより心配しなきゃいけないのは、依頼主との約束時間に間に合うかってことじゃないのか?」
「そうでした。もう一度航路計算を行います」
「そうね、お願い。私はあの子達への支給品を確認しなきゃ」
 我に返ったように動き出す二人。ふん、と腕を組むドクターに、アルが惜しみない賞賛を送った。
「さすがドクター、人を治すの上手ネ」
「あの二人は仕事してる方が心安らぐんだよ。いわゆる仕事中毒ってヤツだな」
 肩をすくめ、ひらひらと手を振ってブリッジを出て行くドクター。よれよれの白衣が医務室へ続く廊下を曲がるまでを見送って、ラスティがくすりと笑みを零した。
「ドクターこそ、医務室で寝泊りするくらいには仕事中毒のくせに」
「仕事しすぎ、いけなイね。ゆったり構えるガ大人の仕事ヨ」
「じゃあ若者はあくせく働きなさいね。ほら、倉庫に行って新人君達に支給する制服一式取ってきて」
 にやりと笑ってリストを突きつけるユン。実際のところ、アルの方がユンより5つも年上なのだが、アルはいやな顔一つせずリストを受け取ると、行って来ますとブリッジを後にした。
「あ。ちょっと待ってアル君!! もう一つ取ってこなきゃいけないものが――」
 ボードを手にしたマリナが大慌てでその後を追う。
 こうして、再び静寂が訪れたブリッジに、コンソールを叩く音だけが響き渡る。
「さてさて、忙しくなりそうだなっと。『アモエナ』、さっき読めなかった保護項目の解読、やっちゃおうか」
『了解しました』


* * * * *

「なんかわくわくしちゃうな」
 荷物をほどきながら呟くイサオに、同じく荷物をロッカーに詰め込んでいるケンが首を傾げる。
「なんでだ?」
「同じ年頃の人間と寝泊りするの初めてだからさ」
「イサオの家は本当に過保護だったんだなあ」
 呆れたように呟くハリー。一人解く荷物のない彼は、部屋備えつけの情報端末で星間ネットのニュースを眺めている。ここ最近は芸能界のゴシップばかりで些か面白みのないニュースだが、暇つぶしにはちょうどいい。
「オレもオレも! なんか、すっごく楽しい」
 上段のベッドから足をぶらぶらさせながらイサオに同意するのはヒロだ。
「オレ一人っ子だからさ。同じ部屋でわいわい暮らすのって初めてなんだ」
「ま、分かる気もするな。俺もこの広い部屋で一人っていうのは、ちょっとつまらなかったしね」
 これまでこの部屋を独り占めしていたハリーだが、マメな彼はきちんと一人分のスペースしか使っていなかった。おかげで大掃除をする必要なく、新人三人が荷解きを始めることが出来たのだが、ここでも個々の性格が如実に現れている。
「おまえ、荷物それだけかよ?」
 ヒロのロッカーを見て呆れ顔のケン。
「そうだよ? なんで?」
 ヒロの荷物は小さなショルダーバッグのみ。荷解きをするまでもなくバッグをロッカーに放り込んで終了だ。
「制服は後でもらえるとして、私服はないのか?」
 制服を着るのは勤務中だけで、船内は基本的に私服で構わないことになっている。だからファッションにこだわりを持つハリーなどはロッカーが服で溢れているし、無頓着なケンだってそれなりの数は持ってきている。それに対し、
「制服があれば、あとは下着とタオル一枚で十分じゃん?」
 とのたまうヒロ。実に漢らしい発言だが、見た目が中性的なだけにそのギャップに驚かされる。
「……そういや、春のオリエンテーションもそんな感じだったよな」
 今時の学校には珍しく、ヒロ達三人の通っている高校には規定の制服がある。だからといって、一泊二日のオリエンテーションに寝巻きもなにも持ってこなかったのは、ヒロだけであろう。
「だって、必要ないだろ? みんなこそ、なんでそんなに持ってくるものがあるんだよ?」
 まだ解き終えていないケンとイサオに目をやって、大げさに顔をしかめてみせるヒロ。
「いや、これくらいは、なあ?」
 ケンの荷物は大き目のリュックサック一つ。着替えや洗面道具、暇つぶしのゲームなどを持ってきたが、別段多いというわけではない。
「まあ、イサオのは多すぎだと思うけどな」
「そうかな? これでも厳選してきたんだけど」
 真顔で答えるイサオだったが、いくら地球への旅行を企画していたとはいえ、リュックサックにボストンバッグ、更にはショルダーバッグまで下げていたのだから驚きだ。地球行きの席が取れたところで、手荷物制限に引っかかっていたことは間違いない。
「そのリュック、着替えだけでその量か?」
「うん。だって地球はすごく寒いって聞いたからさ、色々持ってかなきゃと思ってね」
 リュックサックいっぱいに詰め込まれていた衣類は何とかロッカーに入ったものの、ボストンバッグはまだパンパンだ。
「そっちは何が入ってるのさ?」
 上段から身を乗り出して中を覗こうとしているヒロに、イサオはバッグの口を大きく開けてみせる。
「……トランプにカメラ、端末にヘアドライヤー? 携帯食糧まで入ってるし……奥のそれ、なんだ?」
 ぽいぽいと取り出されていく雑貨の奥、バッグの底の方には、何やら折りたたまれたビニール袋のようなものが入っていた。
「これ? 一人用のテント」
「テントぉ!?」
 声を揃える三人に、イサオはいそいそとそれを引っ張り出し、床にぽん、と放ったから大変だ。
 まるで傘が開くように小さなテントが広がり、彼らを押しつぶさんばかりの勢いで真中の床部分を占領する。
「うわっ」
「お、おい! ここで広げんな!」
 押しつぶされながら抗議の声をあげるケンとハリー。
「ご、ごめんごめん」
 自らも押しつぶされかかっているイサオが慌ててテントを折りたたもうと手を伸ばしたその時、軽やかなチャイムが鳴り響いた。
「マリナ=イシヅカです。ちょっといいかしら」
「わ、まずっ――」
 慌てたハリーの声を遮るように開くドア。そして現れた船長その人は、一瞬きょとんと目を瞬かせ、テントに押しつぶされる三人の顔をぐるりと見渡し、てへへと笑っているイサオを犯人と断定して眉を吊り上げた。
「ちょっとイサオ君! 船内でテントを広げないで下さい!」
「ごめんなさいっ! すぐ片付けますから」
 ぐいぐいと折りたたむイサオ。広げるのは自動でもしまう時は手動なのが簡易テントの辛いところだ。
 ようやくなんとか元の大きさにまでたたみ終えて、イサオは頭をかきながら弁解してみせた。
「ほら、宿も取ってない行き当たりばったりの旅行だったから、泊まるところがない場合は野宿かなって」
 こんなのも用意してあるんだ、と出してみせたのは、固形燃料や着火装置、ソーラー充電式の電灯など、昨今キャンプ場でしかお目にかからないような品々だ。
「おいおい……」
 ハリーがため息を吐く。全く、無計画なのか用意周到なのか悩むところだ。
「いいですかイサオ君、船内には部屋がきちんと用意されているんですから、テントは使用禁止! いうまでもなく船内は火気厳禁! というわけで、そのテントと固形燃料と着火装置は没収します!」
「はあい」
 しゅんと肩を落としつつも、素直に『危険物』を差し出すイサオ。それらを恐る恐る受け取って後ろに控えていたアルに渡したところで、ようやくここにやってきた目的を思い出したマリナは、こほんと咳払いをして体裁を取り繕い、おもむろに抱えていた荷物をイサオに差し出した。
「あなた方三人の制服です。室内作業用の上下と野外作業用のツナギ。どちらも2セットずつ用意してありますから、汚れたらこまめに洗濯するようにね」
 渡されたそれらをじっと見つめ、はあと呟くイサオ。
「さっきから思ってたんですけど、このデザインすごく目立ちますよね」
「派手ハデだよなー。1km先からも識別できそう」
 文句たらたらのヒロに、マリナは肩をすくめてみせる。
「デザインは社長が決めたものなので、文句は社長に直接お願いね。サイズは大丈夫だと思うけど、まだみんな成長期だし、合わなくなったら言ってちょうだい。それとこれが一番大事なもの」
 続いて配ったのは腕輪タイプの携帯端末だ。ハリーも同じものをつけていて、目ざとく見つけたヒロにポーズを取ってみせる。
「かっこいいだろ? 『アモエナ』の虜になった証だよ」
「虜って?」
 もったいぶった言い回しに、マリナはこら、と軽くハリーを睨んだ。
「専用の情報端末『コムリング』よ。社員証と、それと生体モニタも兼ねているから、契約終了までは常に身につけていること。左手首につけてね。これで脈拍や体温などを『アモエナ』がモニタリングして、異常があればすぐに知らせてくれるわ」
「なるほど、だから『アモエナ』の虜ってわけ」
「ずっと見張られてるってことかあ」
「犬の首輪みたいだな」
 言いたい放題の三人だが、入社当初同じ発言をした記憶のあるマリナは、小さく笑うだけで反論はしなかった。
「渡すものはこれだけだったかしら?」
「うん、これダケ」
 にこやかに相槌を打つアルに頷いて、自らのコムリングを一瞥する。食事の時間まではまだ余裕があるし、彼らの荷解きはまだ終わっていない。
「それじゃあまた、食事の時間にね」
 くるりと踵を返したところで、はたと思い出す。
「そうだったわ、最後に一つだけ、この船で生活する上での最重要事項を――」
 バキッ
「えっ――!?」
 マリナの足元から響く、不穏な音。
「……」
 注がれる視線に小さく咳払いをして、マリナは床にめり込んだ踵はそのままに、重々しく告げた。
「この『テランセラ』は老朽艦なので、うかつにあちこち触ると壊れるから気をつけて下さい。以上」

「えええええ!!」


 こうして、彼らの夏休みは実に劇的に――そして喜劇的に――幕を開けたのだった。

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