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 人類が宇宙へと飛び出して、百年あまりの時が過ぎたのち――。
 太陽系第三惑星「地球」が第三次世界大戦にて多大なるダメージを受け、人類が宇宙にその生活の場を移すことを余儀なくされようなどと、かつて考えたものがあるだろうか?
 我々地球人類は、二度と繰り返してはならない過ちを犯してしまったのである。
 先の大戦が、宇宙空間航行の術を身につけ、宇宙空間に人工の居住空間の建設技術を身につけてから起こったのは、不幸中の幸いか、それとも我等の宇宙を創造せし神が、我らに償いの時を与えるためか。
 母なる惑星の恩恵を失って、ようやく我等地球の子供達はお互いの主義主張を認め合い、手を取り合って共に未来へ歩むことを覚えた。
 ここに、地球連邦を結成し、新たなる時を刻まん。
 人類初宇宙飛行を達成した西暦1961年を元年とし、遡って宇宙暦200年をここに宣言する。


 太陽系第三惑星「地球」の衛星「月」において行われた地球連邦結成式典にて
 地球連邦初代代表ダン・ウィリアム=キトーの宣誓文より抜粋


Episode02:Beat ~打ち負かせ!~


『乗組員の皆さんにお知らせいたします。まもなく昼食の時間です。食堂にお集まり下さい』
 頭上から鳴り響くアモエナの声に、少年達はカードを繰る手を止めた。
「ちぇ、いいとこだったのに」
 もう少しで「あがり」だったケンは舌打ちしてカードを伏せ、簡易テーブルの上に置く。
「食事が終わったら続きやろうぜ」
「いいけど、昼食が終わったらすぐに惑星タジームに着いちゃうんじゃなかったっけ?」
「そうだったか? まあいいさ、決着をつける時間くらいはあるだろ」
 そもそも、トランプを始めたのは昼食までの暇つぶしだったはずなのだが、気づけば四人とも熱中して勝負を続けていた。遊び方をほとんど知らない三人にイサオが教えたのは一番簡単な「ババ抜き」だったが、運と演技力が試されるゲームに三人ともすっかりハマってしまったようだ。
「トランプなんて古臭いゲームだと思ってたけど、やりだすと止まらないな」
 上機嫌なケンの言葉に、イサオはでしょ? と得意げに笑う。
「それに、トランプなら一人でも大勢でも遊べるし、持ち運びも楽だし、すごく便利なんだよ。電源も要らないしね」
 そりゃあいい、と苦笑いを浮かべるケン。彼が持ってきた小型ゲーム機は、なんと電源プラグがテランセラのコンセントと合わず、あっという間にバッテリー切れを起こして無用の長物と成り果てた。技術部が変換器を作ってくれると言ってくれたが、何だかゲーム機の方を改造されそうで二の足を踏んでいる。
「荷物に余裕があったら、ほかのゲームも持ってきたんだけどなあ」
「ほかのってどんなの?」
「ほらほら、早く行こうぜ。またマリナさんにどやされるぞ」
 急かすハリーに背中を押され、ぞろぞろと部屋を出て行く少年達。それに続こうとしたイサオはふと思い出したようにベッドへと取って返し、その下から派手な装飾の施された板を取り出す。
「おーい、イサオ?」
 一人ついてこないことに気づいて戻ってきたヒロが、なんだそれと首を傾げる。
「ああ、エアボードってヤツだっけ? そんなの食事に必要ないだろ?」
 人間が入りそうなボストンバッグの一番下に入っていた大荷物、それこそがこのエアボードだ。十年ほど前に一大ブームを巻き起こした遊び道具で、超小型の反重力装置を組み込んだスケートボードの一種だが、子供の遊び道具にしてはかなり高価だったことや操作にコツがいること、そしてすぐにバッテリーが上がってしまうことからすぐにブームが去ってしまい、現在では滅多にお目にかかれない一品だ。
「機関部のタカトウさんに、見せてくれって頼まれたんだ。昨日ちょっと話をしたら、懐かしいから是非って言われてさ」
 普段は機関室に籠もりっきりの機関主任と顔を合わせられるのは、食事の時間くらいしかない。
「ふうん。まあいいや、早く行こうぜ!」
 イサオの腕を引っ張り、廊下へと走るヒロ。少し先で待ってくれていたハリーとケンに手を振って、食堂へとひた走る。
 その背中を押すように、スピーカーからアモエナの声が率いてきた。
『あと3分です』
「やば! 急ごうぜ」
「うん!」


「遅いぞ、お前ら」
「ほら、早く席に着いて」
「はーい」
 アモエナが個別呼び出しをかける寸前に食堂へと飛び込んできた少年達は、テーブルの上に並べられた昼食を見るなり盛大に顔をしかめた。
「またこれ?」
「ついこの間も同じメニューじゃなかったっけ」
 確かに、プレーンオムレツに丸パン二つ、添えられたマッシュポテトだけが山盛りというメニューは一昨日の昼食に出てきたものだったから、その嘆きは至極もっともだ。
「言ったろ? 調理器が旧式だから、メニューが十種類しかないんだって」
 もう慣れっこのハリーはそう答えつつも、どうにか味に変化を出そうとケチャップの瓶に手を伸ばしている。遥か西暦時代と変わらぬ味で愛され続けるケチャップが、宇宙暦のプレーンオムレツを劇的に大変身させてくれるのだから、「変わらない美味しさ」とは実にありがたいことだ。
「それにしたって……星間便だってもっとマシな食事出してないか?」
「あれはレトルトだろ。ここのは『アモエナ』が作ってるんだぞ。美女の手料理にケチつけるのはマナー違反だ」
「なんであんだけべらべら喋れる人工知能が料理下手なんだよ!」
「甘いなヒロ。トークと料理の腕は別物だよ。才色兼備が料理ベタってギャップがいいんじゃないか」
「おまえの彼女と一緒にすんな!」
 不毛な言い合いを尻目に、テーブルの端に座ったマリナがパンパンと手を叩く。
「みんな揃ってるわね? それでは、いただきます」
「いただきまーす」
 のろのろとフォークに手を伸ばすクルー達。誰一人としてこの食事内容に満足していないことは、その表情から窺える。とはいえ、文句は言っていられないのが現状だ。最新の調理器は高くて手が出ず、当番制にしようという提案は、誰一人料理が出来ないという事実の前に儚くも崩れ去った。
「ううう、この船に乗ってる限り、こんなメシが続くのか……」
「我慢しろよ。学食だって似たようなもんだろ」
 すでに諦めの境地に達したらしいケンは、機械的に食事を口に運んでいる。彼等の通うハイルクールは学費が安いこともあってか、学食のメニューが飛びぬけてまずいと評判だ。
「だってさ、あれは昼飯だけじゃんか」
「まあ……三食これだと正直きついけどさ……」
「そんなにまずいかな?」
 一方、一人平気な顔をして食事をしているイサオは、ヒロのぼやきに小首を傾げている。
「軍払い下げの宇宙船なら、こんなもんだと思うけど……」
 その呟きに眉をひそめたのは、斜め向かいの席で黙々と食事を片付けていたユンだ。
 元軍人である彼女は知っている。軍の食事は「カロリーを摂取するもの」であって味に期待をしてはいけないものだ。このような食事形式で出てくればマシな方で、まともな調理器がなければ固形食やチューブ食となる。
 しかし、そんな現状を広く知らしめてしまうと余計に入隊希望者が減ってしまうので、あまり大っぴらにはされていない。
「………」
 つい彼を凝視してしまうユンに、視線に気づいたらしい少年はニッコリと、それはもう邪気のない笑みを向けてきた。これには参ってしまう。
「――そうですね。軍の食事はホント、ひどいものでしたよ」
 強張っていた顔を緩め、そう感想を述べるに留めたユンに、マリナがあら、と目を瞬かせた。宇宙軍を「希望退職」したユンが昔の話をするのは珍しい。
「やっぱり噂通りなのね。うちのは旧式だからひどいんだと思っていたけど」
「まあ、もうちょっとましなものは出てきたけど、とてもおいしいとは言えませんでしたよ。軍もお金ないですからね」
 地球連邦軍創立以来、リー・オンとの戦いや惑星国家間の紛争、はたまた宇宙海賊討伐など、幾度か大きい戦いを経験してはいるものの、ここ十数年は小競り合いがほとんどで出番という出番はほとんどない。故に軍備は年々縮小の一途を辿り、連邦政府から下りる軍事予算もかなり削られているという。
 それはそれで平和な証拠なのだろうが、煽りを食って食事の質を落とされる兵士達はたまったものではないだろう。
「……これが続いたらオレ、痩せそう……」
 げっそりとした顔で味のないマッシュポテトに塩を振りかけるヒロ。そんな彼に、ハリーが慰めにもならない言葉を贈る。
「諦めろ。そのうち慣れるさ」
「慣れたくない!」
「まあ、確かにね。……なんとかしようか」
 ぼそっと呟くイサオに首を傾げるケンだったが、イサオは気にせず隣のテーブルに手を振る。
「タカトウさん、持ってきましたよエアボード」
「おおっ、ありがとうございます。いやあ、懐かしいですねえ」
 手渡されたエアボードをしげしげと見つめ、嬉しそうに答えた眼鏡の男性は、『テランセラ』機関部主任のジュン・E=タカトウ。たった一人しかいないのに主任というのもおかしな話だが、『テランセラ』のエンジンを守るため一日のほとんどを機関室で過ごす変わり者だ。
「まあ、これがエアボードですの?」
 その隣で物珍しそうにエアボードを眺めているのは、こちらも一人しかいない技術部主任のリ・エム=ヒロカ。肩までの青い髪と華奢な体格はリー・オン人特有のものだ。ほんわかした口調が特徴的な彼女は技術開発室という名の倉庫に閉じ篭りきりで、タカトウと同じく滅多にお目にかかれないレアキャラクターと化している。
「ここがアクセルで、こちらがブレーキですか。方向転換は体重移動のみで? まあ、なんだか難しそう」
「慣れれば、それこそ空を飛ぶように乗りこなせるという話でしたが、イサオ君の腕前はどれほどのものでしょうかね?」
「僕も乗りこなせてるとは言えないなあ。落ちないようにするのが精一杯って感じですね」
「それでも大したものですよ。僕も昔、試してみたことがあり――」
 ごん。
 唐突に落ちてきた天井のタイルに頭を直撃されて、のけぞるタカトウ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「なんで天井が……」
 慌てて駆け寄ったのは新人だけで、それ以外の人間は平然と食事を続けている。
「あらあら~」
 と、気の抜ける声を発しながら駆けて来た白衣の女性以外は、声もかけないどころか見向きもしないのだから見事なものだ。
「何で誰も心配しないんだよ」
 不満げに呟くヒロに、ハリーが肩をすくめる。
「日常茶飯事だからだよ」
「日常茶飯事って、天井が落ちてくることがか!? ……あ、そういや老朽艦なんだっけ」
「いやあ、それもあるんですけどね。僕はどうも運が悪くって」
 頭を押さえながら、へらっと笑うタカトウ。
「あらあら、こぶになっちゃいましたわね。頭ですから、一応後で検査しましょうねぇ」
 そのタカトウの頭を、まるで猿がグルーミングしているかのように探って怪我の具合を確かめている白衣の女性はアイリーン=アサオカ。ドクター・ライト配下のれっきとした看護士なのだが、その白衣は目のやり場に困るほど露出度が高い。ドクターの意向かと思いきや、本人の趣味だそうで、誰も文句を言えないのが困りものだ。
「ドクター、検査お願いしますねえ」
「いや、大丈夫ですよアサオカさん。それよりも天井を早く直さないとね。ちょっと道具を取ってきます」
「わわ、駄目ですよう、せめて、ちゃんと冷やしましょう~」
 わたわたと食堂を出て行く二人を見送って、あれやれと溜息をつくドクター。
「あの不幸体質さえなきゃ頼れるヤツなんだけどなあ」
「……運とか体質とか、そんな言葉で済まされる問題なのかな……?」
「どんなに調べても『ごく普通の人間』っつー結果しか出ないんだから、となれば体質としか言いようがないだろ? さしずめ『不幸の避雷針』だな」
 うんうんと頷くドクターに、げんなりとした顔になるケン。とんだ体質もあったものだ。
「ま、せいぜい天井が落ちてくるとか床が陥没するとかシャワーが爆発するとか、その程度だから」
「結構重症じゃないですか、それ」
「っていうか、どっちかっていうと船の老朽化が問題なんじゃないかな?」
「気にすんな。そのうち慣れるさ」
 そういう問題なのかと首を傾げる新人達だったが、ドクターは肩をすくめて、そう言えばとマリナを振り返った。
「ところで船長、今日の依頼主のハイデガー氏とやらは、どんなやつなんだ?」
 その言葉にいけない、と手を打って、傍らのボードを取り上げるマリナ。この食事時間にミーティングを済ませてしまおうと思っていたのに、ヒロの盛大な嘆きやらタカトウの「いつものこと」やらですっかり頭の隅に追いやられていた。
「みんな、食べながら聞いてください。本日のお仕事は引越作業です。場所は惑星タジーム南西大陸沿岸のエルフタウン郊外、ハイデガー邸。現地での梱包及び搬出作業ののち、荷物を引越し先である惑星トルージャの介護療養型医療施設《エリュシオン》へ搬送、新居への搬入までがお仕事になります」
 説明するマリナの横で、ユンが心得たとばかりに端末を操作し、壁面モニタに航宙図と惑星タジームの大陸地図を呼び出す。ありがとうと頷いて、そこに矢印を書き入れながら説明を続けるマリナ。
「惑星タジームの宇宙港はここ。到着予定時刻は標準時で13:24。現地時間では10:45になります。そこからからハイデガー邸までは車で三十分弱です。今回は荷物が多いのと、ハイデガー邸一帯の上空が飛行禁止空域に指定されているので、移動と運搬はシャトルを使わず、現地で手配したトラックを使います。運転手はラスティさんとハリー君、お願いね」
 了解、と手を上げる二人。自動車の普通免許ならマリナやユンも持っているが、大型車や特殊車両まで運転できる免許を取得しているのはこの二人だけだ。
「その他のスタッフは現地での梱包と搬出を担当します。梱包の手順はもう頭に入っていますね?」
「はーい!」
 元気に答える新人達。彼らに五日間みっちりと梱包・搬出の方法を伝授したのは、誰であろうマリナである。割れ物の包み方から大型家具の運び出しまで、船内備品と設備を使ってバッチリ練習済みだ。
「現場指揮は私とユンさんで行いますから、きちんと指示を守ってください。仕事内容については以上です。じゃあ次――依頼主について」
 ぱっと画面が切り替わり、いかにも頑固そうな老人の顔写真が映し出される。
「この方が依頼主のロナルド=ハイデガー氏。現在六十九歳でいらっしゃるわ。五年前までは連邦宇宙軍の准将でいらしたそうよ」
「ドルマン宙域掃海戦で白兵戦やらかしたっていう、あのハイデガー准将ですね」
 コンソールを叩きながら器用にも肩をすくめてみせるユン。ぽん、とキーを軽やかに叩けば、写真の横に氏の略歴が並ぶ。
「船長自ら先陣切って敵艦のブリッジに攻め込み、瞬時に制圧してみせたという、あれか」
 ハンスの呟きに、げえっと声を上げるヒロ。
「ブリッジに攻め込むって、どうやって!?」
「そりゃ、連結橋を無理やり繋げて乗り込んだんだろ」
「それって普通、海賊がやる戦法じゃないのか?」
 呆れ顔のケンに、ハンスが苦い顔で同意を示した。
「当時の海賊達からは『海賊の方がよっぽど紳士的』と評判だったそうだ」
 地球連邦宇宙軍海賊討伐艦隊『グングニル』所属、戦艦『オルトリンデ』艦長ロナルド=ハイデガー。その「戦績」は実に華々しいものだ。第六次ドルマン宙域掃海戦は二十年ほど前の話だが、それ以降も途切れることなく海賊討伐の功績が連なっている。
「その勇猛果敢なハイデガー准将も、寄る年並みには勝てなかったと、そういうことか」
 肩をすくめるハリーに、マリナはボードを眺めつつ訂正を入れる。
「六十歳の時、戦闘中に足を負傷されたそうよ。手術が成功して歩ける程度には回復されたそうだけど、もう白兵戦は無理だからと退役されたんですって」
「どんだけ白兵戦好きなんだよ……」
 ケンの突っ込みをさらりと受け流して、マリナは続けた。
「今は隠居生活を送ってらっしゃるんだけど、広いお屋敷に一人で暮らすのも不便だと仰られて、お隣の星系に新しく出来た老人医療施設《エリュシオン》に移ることになったんですって」
「《エリュシオン》か。建設当初は結構話題になってたっけ」
 コーヒーカップを傾けながら呟くラスティに、苦笑いを浮かべるハリー。
「終の棲家は『楽園』で――なんて、『楽園』じゃなくていっそ『天国』に行ってくれなんて揶揄されてましたね」
 《エリュシオン》はセレブリティ御用達の高級介護療養型医療施設だ。広い敷地内にいくつもの屋敷が建てられて、入居者は家族ごと、または単身で自分なりの生活を送ることが出来る。最先端の設備と各分野の名医を揃えた病院が敷地内にあるのは勿論のこと、専門スタッフによる24時間サポート体制が確立されているから、入所希望者は後を絶たないそうだ。
「豪邸から豪邸へお引越し、と。退役軍人ってのは優雅なもんだなあ」
「退役軍人がみんなこんなリッチなわけじゃないですよ」
 パンを千切りながらぼやくアーサーに肩をすくめてみせたのは、分類上は同じく「退役軍人」となるユンだ。
「ハイデガー氏は代々続く軍人の家系で、タジームの屋敷も先祖代々受け継がれているものなんですって」
「なるほド、天然の軍人さんダネ」
「それを言うなら生え抜きの、だろう」
 ふむふむと顎を掴むアルに、眉根を顰めて訂正を入れるハンス。ソレソレと頷いてから、アルは小鳥のように首を傾げてみせる。
「でも、それならドシて急にお引越し?」
「私も詳しいことは知らないけれど、数年前から心臓を悪くされているそうなの。それなのに、広いお屋敷に使用人もおかずに一人暮らしをされているんですって」
「それは危険だな。自宅でいきなりぶっ倒れて、そのまま誰にも気づかれずに……なんてことになりかねん」
 珍しく真面目に意見するアーサーに、マリナも頷いた。
「主治医から一人暮らしの危険性を説かれて、渋々承諾したそうよ。それでもご本人は「手狭だから引っ越す」なんて仰っているみたいね」
「手狭って……これでか?」
「どんだけ広いんだよ……約50ヘクタール? 飛行場じゃないんだから」
「屋敷だけでも約1ヘクタールって、見て回るだけで一日かかるんじゃない?」
 画面に映し出された屋敷のデータを見て騒然とするクルー達。一方、マリナはボードに呼び出した依頼書の備考欄を見て、小さく溜息をつく。
 要点しか記されていなかった依頼書にその辺りの諸事情を書き加えたのは、仕事を取ってきた社長その人だ。注意事項として「時間厳守のこと。依頼時刻に一分遅れた業者は依頼撤回されました」などと書いてくれるのは嬉しいのだが、さり気なく「近所の評判:絵に描いたような偏屈ジジイ」「出入り業者の評判:腐っても軍人」などと書き添えるのは止めて欲しい。
「とにかく厳格な方でいらっしゃるそうだから、丁寧な対応を心がけるように。特にアーサーさん!」
 名指しされた自称”『G.M.C.』のご意見番”は、おお怖いと肩をすくめてみせた。
「分かってるよ、俺だって心臓の悪いご老人を激昂させて発作を誘発するようなアホな真似はしないって」


* * * * *

「遅い!! 何やっとったんじゃ!!」
 開口一番の怒号に、ラスティはぎょっとしてコムリングへと視線を走らせた。その星の現在時刻に自動修正してくれるコムリングの時計機能は『11:51』を示している。
「あの――」
「十分前行動が原則じゃろうが! 全く最近の若者はなっとらんな!」
 憤懣やるかたないという様子でぶつぶつと文句をつけるこのご老人こそが、依頼主ロナルド=ハイデガー氏に間違いない。すでに退役して久しいというのに、軍服然としたスーツを隙なく着こなし、手には黒光りするステッキをついている。なるほど、まさに「絵に描いたような」退役軍人の姿である。
「これが軍隊ならば営倉行きじゃぞ!」
「は、はあ……」
 惑星タジームに予定通り到着し、大型トラック二台に分乗して郊外のハイデガー宅まで順調なドライブだった。予定時刻の十五分前にはハイデガー邸前へ到着した彼らは、入り口から玄関まで悠に1kmのアプローチをひた走って、つい先ほどロータリーに車を止めたばかりだ。
「申し訳ございませんでした」
 遅刻していないのに謝るというのも変な話だが、あまり興奮させて倒れられても困る。とりあえず頭を下げたラスティの隣に、ちょうどトラックから降りてきた少年がパタパタと走ってきてちょこんと並んだ。一人だけ制服の中にパーカーを着込んだその少年は、被っていたフードを後ろに下ろしてにこやかに笑う。
「ハイデガー閣下」
 実に爽やかな呼びかけに、次の文句をひねり出そうとしていた老人は出鼻をくじかれて黙り込んだ。そこへ笑顔のまま畳み掛けるイサオ。
「約束の九分前ですが、お邪魔します。宇宙軍では十分前行動が原則なんですか。さすが天下の宇宙軍、実に規律正しいですね。僕達も見習わないと」
「お、おお……そうじゃな」
 げほんごほんとわざとらしい咳をして、しかつめらしい顔でステッキを握り直す。
「宇宙軍ではそれが原則だが、お主らは軍人ではない、な」
 ご苦労だった、などと澄まし顔で言ってくる老人に、にっこりと笑うイサオ。その時、やっと到着した二台目のトラックから降りてきたマリナが、大慌てで彼らの元へやってきた。
「ロナルド=ハイデガー様ですね。ご依頼いただいた『G.M.C.』の現場責任者イシヅカと申します。正午ちょうどからのお約束でしたが、お待たせしてしまったようで大変申し訳ございません」
「い、いや、年寄りの悪い癖でな、どうにも気が急いて、待ちきれなかったのでここにおっただけじゃ。老い先短いと気も短くなるらしいわい」
 困った困った、などと頭を掻きながら、くるりと踵を返す老人。
「説明は中でしよう。久しく人を迎えておらんボロ屋敷だ。あちこち散らかっておるが勘弁願いたい」
 そそくさと屋敷に入っていった老人を見送りながら、ラスティは傍らの少年へ助かったよと囁いた。
「話には聞いていたけど、本当にへんく……いや、気難しい方だね」
「そうですね。ああいうタイプの人はおだて上げるのが一番だって、祖母がよく言ってました」
 悪戯小僧のようなイサオの笑みに、ラスティは肝に銘じておくよと苦笑を浮かべた。

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