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【デジタルアイドルの真実に迫る!】

 デジタルアイドルの起源は遥か西暦2000年代まで遡る。コンピュータグラフィックの進歩、音声ソフトの技術向上、そして3D技術の向上から、人はそこに己の夢を投影し、仮想の偶像を作り出した。
 理想と現実は必ずしも一致しない。だからこそ、人々は自らを裏切らない存在を、そこに夢見たのだ。
 ――そう、デジタルアイドルは人々の「夢」の結晶なのである。
 さて、デジタルアイドルにはいくつか種類がある。一般的にデジタルアイドルと言えば、全てのデータを一から作り上げた【オリジナル】を指すが、中には特定の人間の声や姿・動作をサンプリングした【コピー】、また各種共用データを組み上げて自分だけのアイドルを作り上げる【ディーヴァ】なども存在する。

 近年、各種技術の向上から、デジタルアイドルのタイプを瞬時に判別するのは困難となってきた。中でも、近年話題となっているのは、『銀河の妖精』と名高いデジタルアイドルの存在である。

 二年前に『誕生』し、一気にスターダムへとのし上がった『銀河の妖精』。フェアリーの姿を模した愛くるしいキャラクターは勿論のこと、その伸びやかで情感豊かな歌声はデジタルアイドルの中でもトップクラスと絶賛されている。

 この『銀河の妖精』は果たして【オリジナル】なのか、はたまた【コピー】なのか、それとも全く異なる存在なのか――。『誕生』以来、様々な論議がなされてきたが、渦中のアイドルをプロデュースする事務所はノーコメントの一点張りだ。
 しかし、もし彼女が【オリジナル】でなく実在の存在なのだとしたら、なぜデジタルアイドルという売り出し方をするのか不思議でならない。

 銀河に論争を巻き起こす可憐な妖精は、今日もスクリーンの宇宙を所狭しと飛び回っている。


DandyLionTimes
 SD899.06.15 芸能コラムより抜粋


Episode03:Change ~妖精の娘~


 雲一つない空と、オレンジ色の大地。
 そのコントラストの強い景色が妙に懐かしく感じるのは、まるで西暦時代のSF映画に出てきそうな、『いかにも』な風景だからだろうか。
 どこまでも続く乾いた大地に、ぽつんと存在するオアシスのような街。日干し煉瓦をドーム状に積んだ独特の建物が所狭しと並び、砂埃の舞う白茶けた道を、建物の影を縫うようにして人々が行き交う。
「うへえ、砂だらけだ」
 タクシーから降りた途端、思わずそう呟いてしまったケンは、ただそれだけで口の中に入ってきた細かな砂をぺっぺと吐き出して、特別に支給されたド派手なターバンを頭から口元にかけて巻きつけた。
「なんでこんなところを待ち合わせ場所に指定するかね」
 銀河辺境地域の惑星であることは目を瞑ろう。衛星軌道上の中継ステーションではなく地上で待ち合わせることになったのもまあ仕方ない。しかし、せめて宇宙港内で待ち合わせにしてくれれば良かったものを、何故にこんな町中に指定してきたのか、正直理解に苦しむ。
「……どれもこれも、あの時グーを出したせいだ……!!」
 待ち合わせ指定ポイントへと足早に進みながら、ケンはつい数時間前の忌々しい出来事を思い出して顔をしかめた。


* * * * *

 スピーカーから流れていたクラシック音楽が静かにフェイドアウトすると、次に流れ出したのはオルゴールの和音で始まる軽やかなポップスだった。
 船内BGMはリクエスト制なので、恐らくリストが切り替わったのだろう。先程までのクラシック特集は恐らくハンス辺りだろうが、この曲を挙げたのは一体誰だろうか。
「お、『回転木馬の夢』じゃん。オレこの曲好きだなー」
 ベッドに寝転がっていたヒロが呟けば、その横でホロボードをいじっていたハリーも同意を示す。
「この曲、サビでいきなり切り替わるのが面白いよな」
 その言葉を待っていたかのように、軽やかな曲調から一転、激しいシャウトと共に過激な歌詞がマシンガンのように飛び出てくる。リリースされるやいなやヒットチャート上位に躍り出たこの曲は、生身の人間が歌ったものではない。
「これがデジタルアイドルだなんて信じらんないよ。なあイサオ?」
「そうだね。【中の人】がいるんじゃないかって噂だけど、そこんところどうなのかなあ?」
「なんだよその、中の人って?」
 イサオの言葉に、差し向かいで盤面を睨みつけていたケンが顔を上げた。
「ケンはそういうの聞かないもんな」
「デジタルアイドルの説明からするか?」
 からかうように尋ねる友人達に、むっとした顔で言い返す。
「馬鹿にすんなよ、デジタルアイドルくらいは知ってるっての。その【中の人】ってなんだって聞いてんだよ」
 その言葉にイサオは目を瞬かせ、ヒロは憐れむような顔になり、ハリーはやれやれと肩をすくめてみせた。
「要するに、デジタルアイドルのふりをして、実はれっきとした人間が歌ってるんじゃないかって話さ」
「歌だけじゃない、動きなんかも、あまりにも人間臭すぎるんだよな」
「顔出ししたくない歌手が、あえてデジタルアイドルの体裁を取って売り出してるんじゃないかって、もっぱらの噂なんだよ」
 実に連携の取れた説明に、思わず目を瞬かせるケン。
「へえ、そうなのか。知らなかった」
「このくらいジョーシキだぜっ!」
 得意げに鼻を鳴らすヒロに、へーへーと適当な相槌を打つ。芸能ゴシップに疎くてなにが悪い、とやり返してもよかったが、正直言ってそこまでの興味を覚えなかった。これが複葉機やスペースシャトルの話なら、それこそ何時間でも語り明かせるのだが。
「でも、誰がリクエストしたんだろうな?」
 不思議そうに首を傾げるヒロ。最近まで化粧品のCMで使われていたから知名度の高い曲だが、『テランセラ』のクルーでこれをリクエストする人間に心当たりがない。
「ラスティさんなわけないしな。デジタル関連だし、タカトウさんとか?」
「いや、案外こういうのは女性クルーの趣味だったりするんだぜ。ヒロカ主任とか、それとも大穴でユンさんとか――」
『ブリッジより全乗組員へ』
 突如天井から響いてきた女声に、ぎくりと動きを止める四人。スピーカーから流れるのは、たった今話題に上った敏腕オペレーター、ユン=ラーラの声だ。
『15:45より緊急ミーティングを行います。作業スタッフはブリッジに集合してください。繰り返します、15:45より――』
 まるでこちらの会話を聞いていたかのようなタイミングに驚かされたが、内容はいつも通りの業務連絡だ。ふう、と息を吐きつつ、壁に埋め込まれた時計に目をやれば、指定の時間まではあと10分ほどしかなかった。
「次の仕事が決まったのかな?」
「しばらくゆっくりできると思ったのになあ」
 などと呟きながら手際よく遊び道具を片付け、ぞろぞろと部屋を出ていく彼らの背を押すように、再び流れ出した歌声がしっとりと歌い上げる。

『回り 回る どこまでも
 ミュージックボックスは止まらない
 人込みに紛れ 遠ざかる彼を
 追いかけることも かなわずに

 わたしの夢は どこにある?
 あなたの夢は どこへ行く?
 わたしは回る どこまでも
 この場所でずっと いつまでも―― 』

「淋しい歌だな」
 ぽつりと呟いたケンの背中で、個室のドアが乾いた音を立てて閉じた。


「送迎?」
「有体に言うとそういうことね」
 呆れたようなヒロの声に、ホロボードを手にしたマリナはため息交じりの肯定をしてみせた。
「今回のお仕事は、依頼人ミーナ=マミヤを惑星カルムまで無事に送り届けることです」
 メインスクリーンに映し出されているのは、オレンジ色の髪を揺らして不敵に微笑む少女。16歳だからイサオ達と同じ高校生のはずだが、表示されたプロフィールには「アイドル」とある。
「ミーナ=マミヤなんてアイドル、聞いたこともないぞ。自称じゃないのか?」
 呆れ顔のドクターに、いいえと首を振ったのはユンだ。
「弱小ですがれっきとした芸能プロダクション所属のアイドルです。デビューは2年前ですね」
 スクリーンに追加された情報を斜め読みして、ふんと鼻を鳴らすドクター。
「890プロか、あそこは大々的なプロモーションをしないので有名だからな。まさに知る人ぞ知る、か……」
 何やら納得したように頷いているドクターの横で、尻上がりの口笛を吹いているのはハリーだ。
「女の子をエスコートするだけでいいなんて、社長もたまにはいい仕事を取ってくるもんだ」
 しかもかわいいし、と付け足したものだから、その横にいたケンがげんなりとした顔になる。
「お前、女なら何でもいいのかよ」
「そんなわけないだろ。俺だってちゃんと選んでるさ」
「どーだか」
 睨み合う二人にこほんと咳払いをして、逸れてしまった話題を戻しにかかるマリナ。
「指定された待ち合わせ場所は惑星バーティのランベルシティ。彼女と合流して宇宙港へ向かい、乗船後は通常航行で惑星カルムへ向かいます。カルムの宇宙港で彼女を降ろして終了です」
「質問!」
 元気よく手を挙げたのはヒロだ。まるで学校ね、と苦笑しつつ、はいヒロ君、と勿体ぶって指名をする。
「うちは引越し屋だと思ってたんですけど、人も運ぶんですかー?」
「時と場合によってはね」
 苦笑しつつ答えるマリナ。彼女とて、これが規格外の仕事であることは重々承知している。
「その芸能プロの社長さんが、うちの社長の知り合いらしいの。なんでも急なスケジュール変更になって、休暇中の彼女を呼び戻さなければいけなくなったそうなんだけど、あそこは定期船の航路から外れてるから……」
 主要星系や観光地には定期船が頻繁に出ているが、辺境地域ともなるとそうはいかない。慌てて船を捜したがうまいこと条件に合うものがなく、たまたますぐ近くにいた『テランセラ』に仕事が回ってきたのだ。
「まるでタクシーだネ」
 アルの、珍しくも正鵠を射た発言に、うんうんと頷くイサオ。
「なお、本船はすでに惑星バーティへ向けて航行中。あと15分ほどで超空間航行に突入する予定だ」
 操舵席からの報告に、ユンが素早く航宙図をモニターに呼び出して説明を引き継ぐ。
「本船の現在位置はここ。惑星バーティはここです。惑星周辺は小惑星帯と磁場の不安定な宙域が混在しているので、小惑星帯の手前でゲートアウトし、その後一時間ほどは通常航行になります。依頼者との待ち合わせは標準時18:30、現地時間は……昼過ぎですね」
 つまり、依頼人をピップアップするまであと三時間もないことになる。こんなにも切羽詰まった仕事は滅多にないらしく、マリナが落ち着かないのもそのせいだろう。
「それで、誰が迎えに行くかなんですが、ブリッジ当直の人間と医療班・技術班は除外、シャトルの操縦があるからハリー君も外すとして――」
「なんてこった……!」
 がくん、と項垂れるハリーを横目に、集まったメンバーをぐるりと見回してたマリナは、重々しく口を開いた。
「残りの五人でジャンケンにしましょう!」
「はあ?」
 マリナらしからぬ発言に、思わず気の抜けた声を出したのはハンスだ。慌ててごほんと咳払いをし、改めて口を開く。
「船長。何故ジャンケンなのか、その意図を伺いたい」
「だって、ただ人を迎えに行くだけだから技能や資格で判断する必要もないし、一番公平じゃない?」
 要するに誰が行っても同じことなのだ。故に的が絞れず、このような提案に至ったのだろう。
「ま、時間もないことだし、さっさと決めるんだな。ほれ、最初はグー!」
 蚊帳の外からニヤニヤ笑うドクター・ライトの掛け声で、慌てて『戦闘態勢』に入るクルー達。
「ジャンケン、ポン!」
 突き出されたのは、四つの手の平と一つの拳。
「うっそだろー!?」
 かくして、一発負けしたケン=フジシマは、ただ一人赤茶けた大地に降り立つ羽目になったのだった。


* * * * *

「それにしても、何もない町だよなあ」
 待ち合わせ場所に指定されたランベルシティは、十数年前に大がかりなアクション映画のロケ地になったことがあるらしい。ここでなら大がかりなカーチェイスや爆破シーンの撮影をしても周囲に迷惑がかからないからなのではないかと邪推してしまうくらいに、町中にも周辺にも、ものの見事に何もない場所だ。唯一の利点は、宇宙港から真っ直ぐに伸びる高速道路を最大速度でぶっ飛ばして20分、という立地くらいか。
 そんな町に、貴重な休暇を使ってまで遊びに来る意味があるのだろうか、と首を傾げつつ、指定された店へと急ぐ。
「この角を曲がって――ああ、あそこか」
 大通りに面した酒場【TOM CAT】はすぐに見つかった。そして――。
「遅いわよ!」
 蛍光色で描かれた猫の看板の真下で腕組みをして待ち構えていた少女は、仰々しいサングラスをむしり取るようにして外すと、大音声でそうのたまった。
 オレンジ色の髪をなびかせ、釣り目がちな瞳はエメラルドグリーン。燦々と降り注ぐ強烈な日差しをものともしない白磁の肌と、すらりと整ったプロポーション。
 数時間前に見せられた写真とそっくりそのまま、むしろ写真よりもかわいい、と言えなくもない。――その吊り上った双眸と、どすの利いた怒鳴り声さえなければ。
「まったく、何時間待たせる気よ! おかげで日焼け止めを使い切っちゃったじゃない!」
 腕組みをしたまま、実にけたたましく文句を並べる少女は、わざわざ店の前で迎えを待ち構えていたらしい。こちらは指定時間ぴったりに到着しているのだから文句を言われる筋合いもないし、大体日焼けを気にするくらいなら店の中で待ってりゃよかったのに、などと心の中でぼやきつつ、マリナから指示された通りに話し掛ける。
「お待たせしました、ええと――ミス・マミヤ?」
 その言葉に、少女はふん、と勢いよく鼻を鳴らすと、腰に手を当てて言い放った。
「そうよ! みんなのアイドル、ミーナ=マミヤさまよ!!」
 どうだ、とばかりにふんぞり返る少女だったが、芸能関係に疎いケンはおろか、道行く人々さえもが首を傾げている。しまいには目が合った瞬間、関わってはいけないとばかりに足早に立ち去るほどだ。
「……誰がみんなのアイドルだって?」
 思わず呟けば、さすがに気まずかったのか視線を彷徨わせつつ、そんなことより! と強引に話題を変えるミーナ。
「いいから早く連れてってよ! 時間がないの!」
 その、どこか切羽詰まった様子に戸惑いつつ、まあちょっと待て、と姿勢を正す。
「えーっと。『ご依頼いただきましたG.M.C.のケン=フジシマです。宇宙船『テランセラ』までの案内役を仰せつかりました。何卒よろしくお願いします』……あとはなんだったっけか」
 マリナから叩き込まれた定型の挨拶をつっかえつっかえ諳んじるケンの腕をがしっと掴み、そんなことはいいから! と歩き出す少女。
「早く行くわよ! タクシー!」
 さっと手を挙げて無人タクシーをつかまえ、後部座席に滑り込んで行き先を告げるミーナ。その切迫した様子につられ、慌てて続こうとしたケンの視界の端に、ふと何かが過ぎったような気がした。
「――ん?」
「何してんの、さっさと座んなさいよ!」
 真横からまくし立てられ、へーへーと座席に腰を下ろす。それを待っていたようにドアが閉まり、滑るように動き出した無人タクシーに、少女の吐息が響き渡った。
「……とりあえず、一安心かな」
 ぽつりと漏れた言葉は、先程までの威勢が嘘のように弱々しく、思わずぎょっと顔を覗き込んでしまったら、噛みつかんばかりの勢いで睨まれた。
「何よ!?」
「いや、なんでもない」
「あっそ。ならいいわ。空港に着いたら教えて」
 そう言い放ち、バッグから取り出したイヤホンを装着してぷいっとそっぽを向くミーナ 。やれやれと頭を掻こうとして、ターバンを巻いたままだったことに気づいたケンは、たった数分で砂まみれになったそれを慎重に解きつつ、心の中でくそっ、と毒づいた。
(何でオレがこんな目に……)


* * * * *

『こちら『パスファインダー』。まもなく帰投します』
 スピーカーから流れてきたハリーの声に、事務作業に没頭していたマリナは驚いた様子でインカムを取り上げた。
「こちら『テランセラ』。お帰りなさい、ハリー君。随分と早かったわね?」
『ええ、その……。依頼人が、とにかく急げと仰るもので』
 妙に歯切れの悪い返答に首を傾げつつ、格納庫の準備を急がせる。
「アモエナ、急ぎでお願いね」
『了解しました。これよりシャトルの着艦準備に入ります。格納庫で作業中の乗組員はただちに退避してください。繰り返します、格納庫で――』
 格納庫で整備を行っていたタカトウ他数名がわたわたと後片付けを始める様子をサブモニターで眺めていると、ブリッジのドアが開いて上機嫌のユンと、なぜか大量の雑誌を抱えたイサオが姿を現した。どうやら途中で出くわして荷物持ちに任命されたらしい。
「休憩終わりましたー。あら、ハリー君達、もう戻ってきたんだ」
「あ、ほんとだ。ユンさん、この雑誌、どこに置きますか?」
「そこの棚に入れといてくれる? あー、男の子は力持ちで助かるわー」
 どうやら図書室から秘蔵のファッション雑誌を大量に借りて来たらしい。現在ではデジタル書籍が主流だが、ユン曰く「紙のページをめくるのが楽しいのよ」とのことで、暇を見つけては読み漁っている。
 せっせと雑誌を並べるイサオを横目に、ユンはマリナの頭からインカムをひょいと奪取すると、ぱちりと片目を瞑ってみせた。
「船長、代わります」
「ありがとう、お願いするわね」
 シャトルの誘導くらいならマリナでも出来るが、ここは本職に任せることにして船長席へと戻る。本当ならユンと交代で休憩に入る予定だったが、そうもいかなくなってしまった。
「船長、出航準備はこちらで進めておきますから、少し休憩を取ったらどうですか?」
 心配そうに振り返るラスティに、マリナはいいのよ、と首を振った。
「どうせゆっくりしてられないもの。中途半端に休憩しても休んだ気がしないし」
 そんな会話をしているうちに、格納庫の準備が整ったようだ。
『準備完了。格納庫の扉を開きます』
「オーケー。ハリー君、いつでもどうぞ」
『了解。『パスファインダー』、着艦します』
 まるで見えないレールの上を走るように、華麗な着艦を決めたシャトルの映像がサブモニターに映し出され、それを見ていたラスティが尻上がりな口笛を鳴らす。
「お見事。女の子が乗ってるといつも以上にキレがいいね」
「ラスティさん!」
「おっと、これは失礼。仕事中でした」
 慌てて出航準備に戻るラスティを横目に、格納庫に無事収まったシャトルとやり取りをしていたユンを振り返れば、珍しくユンが慌てた声を出しているではないか。
「――ちょっと! 何してるのハリー君!」
『いやそれが――わっ、おいケン、止めろ』
『おいこの馬鹿! まだ空気入れてる途中なんだ、ドアが開くわけないだろ!』
『んもう、だったらさっさと船長に伝えてよ。一刻も早く出発してって! 私は急いでるのよ、ぐずぐずしてる暇はないの!』
『勝手なこと言うなよ! 出航準備にどれだけかかると思って――おいっ、聞いてるのか!?』
『ああもううるさいわね! 大体あんた、さっきから人のことお前だの馬鹿だの、言いたい放題言ってくれちゃって! 私は依頼人なのよ!?』
『だったらもっと依頼人らしくしろってんだ! 大体なあ――』
 どこまでも続く罵詈雑言の大洪水に、思わずスピーカーの音声を切ったユンは、げんなりとマリナを振り返った。
「なんか厄介なの乗せちゃったみたいですよ?」
「……そのようね」
 ずきずきと痛み出した頭を押さえつつ、船内放送のスイッチを入れる。
「こちらブリッジ。船長より各員へ。出航準備を急いでください」
 あちこちから悲鳴が上がったような気がしたのは、きっと気のせいではあるまい。
『こちら機関室。メインエンジンが温まるまであと5分はかかります!』
「航路の入力にあと2分いただきたい」
「管制への連絡は済んでます」
『こちら医務室。いつ怪我人が発生しても大丈夫だ』
 各所から上がってくる報告に耳を傾けつつ、肝心の『依頼人』の様子を窺おうとサブモニターに目をやれば、ようやく空気が満たされた格納庫に鎮座するシャトルの扉が開いて、そこからケンが転がり出てきたところだった。
 幸いにも重力が切ってあったので床に激突することは免れ、タラップを蹴って体勢を立て直したケンだったが、続いて飛び出てきたオレンジ色の旋風に突撃され、共に格納庫の端まで吹っ飛んでいったものだから、マリナとユンが頭を抱えたのは言うまでもない。
「ユカイなおジョーさんネー」
「愉快で済めばいいがな」
 能天気なアルに淡々と答えながら、航路の入力を続けるハンス。あのやり取りを聞いた後では余計に慎重にならざるを得ないだろう。
「ハンスにしてハ時間のないコース設定だネ?」
「それを言うなら余裕がない、だ。最短コースにしないと文句を言われそうだからな」
 マリナの説明によれば、惑星カルムへの到着期限は銀河標準時で二日後の15:00。テランセラの航行能力ならば十分間に合う計算だが、問題が2つある。現在地である惑星バーティ周辺を取り巻く小惑星帯を抜けるのに時間がかかること、そして目的地である惑星カルムは『娯楽惑星』の異名を取る大人気観光スポットであるため、その宇宙港は常に混雑しており、船を泊めるにも時間がかかるということだ。
「なんだか随分と元気のいい依頼人ですね」
 言葉を選びつつも肩が震えているイサオに、マリナはやれやれと溜息を吐いた。
「どうして社長はこういう一癖も二癖もある仕事しか取ってこないのかしら……」
 前回の『閣下』といい、今回の『アイドル』といい、癖のある依頼人をわざわざ選んできているとしか思えない。
 そんなことを考えているうちに、各所から出航準備完了の報告が上がってきて、係留装置のロックが解除されたのを確認したユンが管制に出港を告げる。返ってきたのは「航海の安全を祈る」という、使い古されたメッセージだ。
 出航準備が全て整ったことを確認して、マリナは船長席に深く座り直すと、いつでもどうぞと言わんばかりに親指を立ててみせるラスティに頷きを返し、大きく息を吸い込んだ。
「『テランセラ』、発進!」
「『テランセラ』、発進します!」
 軽快に復唱し、操縦桿を押し込むラスティ。スクリーンに映し出された宇宙港が徐々に遠ざかっていき、やがて見えなくなったところで、マリナはふう、と息を吐くと船長席を立――とうとして、ユンに止められた。
「船長、もうちょっと座ってた方がいいですよ」
「え?」
 訳も分からず再び腰を下ろした次の瞬間、シュン、と乾いた音と共に開いた扉からけたたましい怒声が溢れ出す。
「だから、こんなちんけな船はイヤだって言ったのよ!」
「ああ、そうかよ!だったら降りろ! 今すぐ降りろ!」
「あんた、依頼人に向かって何てこと言うワケ!?」
「あー、二人とも。ブリッジでは静かに――」
「うるさいわね!」
「やかましい!」
 仲裁しようとして両サイドから同時に怒鳴られ、お手上げだとばかりに肩をすくめるハリー。そしてあんぐりと口を開けてこちらを凝視するブリッジの面々に意味合いげな目配せをすると、踵を鳴らして姿勢を整えた。
「船長! 依頼人のミス・マミヤをお連れしました!」
 しゃちほこばった物言いに、はたと自分のいる場所を思い出したらしいミーナは、こほんと咳払いをしてブリッジをぐるりと見回すと、つんと澄ました顔で口を開いた。
「ミーナ=マミヤよ。どなたが船長さんかしら?」
「はじめまして、ミス・マミヤ。船長のマリナ=イシヅカです。『テランセラ』へようこそ」
 颯爽と歩み寄り、挨拶するマリナ。若干引き攣った笑顔で差し伸べた手を、意外なほどしっかりと握り返して、ミーナはぺこりと頭を下げた。
「うちの社長が無理を言ってごめんなさい。本当ならレコーディングは来週だったのよ。なのに急に前倒しになっちゃって! しかも船の手配が出来ないなんて、ほんとマネージャーの怠慢としか思えないわ!」
 ぷりぷりと怒るミーナに、ぼそりと呟くケン。
「つーか、あんな辺鄙なところにわざわざ遊びに行ったお前が悪いんじゃねえの」
「うっさいわね! 私がどこでオフを満喫しようが勝手でしょ!」
「そのせいで各方面に迷惑が掛かってんだから少しは自嘲しろよ、自称アイドルさんよ!」
「自称じゃないっての!!」
 再び始まった口論に頭を抱えそうになりつつ、気力を振り絞って話し掛ける。
「ミス・マミヤ。ご依頼通り、『テランセラ』はただいま惑星カルムへと向かっています。到着まで二日ほどかかりますが、その間はご自由にお過ごしください。ただし、機関室など危険な場所もありますので、必ず乗組員の指示を守ってくださいね」
「分かりました。あとで船内を案内していただけるかしら? あと、録音に向けて練習しておきたいから、どこか大きな声を出しても迷惑にならない場所を教えてくださると嬉しいわ」
「大きな声を出しても大丈夫な場所、となると……」
「図書室がいいんじゃありませんか? あまり使う人もいないし、音響機器もいいものが入ってますから」
 ユンの提案に頷いたマリナは、ミーナの斜め後ろでぶすっと黙り込んでいるケンにふと目を向け――その顔に「絶対嫌です!」と書いてあるのを見つけて、やれやれと肩をすくめた。
「それじゃあハリー君、お部屋にご案内するついでに、船内の案内をお願いできる?」
「了解。お任せください!」
 茶目っ気のある敬礼で答えるハリー。普段から爽やか好青年系の彼だが、女性が絡むとやる気が三割増しになる辺り、さすが日頃から「女の子にもてたくてパイロットを目指した」と豪語する男である。
「お泊りいただくお部屋は居住区の4Bよ。室内設備の説明もお願いね」
「任せて下さい。ミス・マミヤ、ご案内します。どうぞこちらへ」
「ありがとう。お願いするわ」
 意外なほど素直に頷いたミーナをエスコートして、ドアの向こうへと消えていくハリー。そしてドアが閉まった瞬間、どっと壁に寄り掛かって溜息を漏らすケンに、イサオがにやりと問いかける。
「随分と仲が良くなったみたいだね?」
「冗談じゃない!」
 途端、くわっと目を剥いて食って掛かるケン。
「なんなんだよあいつは!? テランセラに着くまで、俺がどんだけあいつの暴言に耐え続けたと思う? シャトルに乗ってからはハリーがうまくいなしてくれたから良かったけど、着艦した瞬間にドアロックを開けようとするわ、ようやくシャトルから降りたと思ったら人にタックルかますわ、ブリッジまでの道中も散々、こんなボロい船なんて信じられないだの、目的地に到着する前に壊れないでしょうねだの、しまいには『安心・迅速・超安値!』なんて謳い文句も、この船を見たあとじゃとても信用できないだの――」
 よほど鬱憤が溜まっていたのだろう、マシンガンの如く飛び出てくる愚痴に、引き攣った顔でまあまあ、と宥めるポーズを取るイサオ。
「でも、思ったより普通だったと思うけどな」
「そうよね。ちゃんと船長に頭まで下げてたし」
 てっきり罵詈雑言が飛んでくると思っていただけに、あの反応は意外だった。
「そうね。ケン君とはちょっと相性が悪いみたいだけど……」
「ちょっとどころじゃないですよ! 最悪ですよ! 船長、後生ですから、惑星カルムの宇宙港にあいつを降ろす役目は俺以外の人間に振ってくださいよ」
 真剣な表情で拝まれて、そうねと苦笑を漏らすマリナ。無用な揉め事は避けるに限る。いざとなったらハリー一人でシャトルの運転とエスコートをやってもらうしかないだろう。帰りは宇宙港で降ろしておしまいだから、彼一人でもどうにかなるはずだ。
「うーん、やっぱり出てこないなあ」
 一方、先程から猛然とキーボードを叩いていたユンが、お手上げとばかりに両手を大きく上げて伸びをした。
「ナニ探してたノ?」
「彼女の経歴を詳しく調べようと思って、アモエナにも手伝ってもらったんですけど、ぱっとしないんですよね。二年前にデビューしてて、今度また曲を出すなんて言ってるんだから、それなりに人気があるんだと思ったのに、デビュー曲のタイトルさえも検索に引っ掛からないんですよ」
『ネット上にあるのは事務所の公式プロフィールのみです』
 アモエナの補足に、ますます首を傾げる乗組員達。どんなローカルアイドルでも、非公式のファンサイトや有志のまとめサイトに情報くらいは載っているだろうし、歌詞はともかくデビュー曲のタイトルすら出てこないというのは驚きだ。
「よっぽど歌が下手で、無かったことにされてるんだったりして……」
「それか、ネットも繋がらないような辺境地域のご当地アイドルだとか」
「実は元々はグループで活動してて、解散してソロデビューとか?」
 色々な推測が飛び交う中、一人首を傾げていたアルがぽつりと漏らした。
「あの子ノ声、どこかデ聞いたことがあるヨ」
 え? と振り返ったマリナの横で、腕組みをしてうんうんと頷くイサオ。
「どこでだったかなあ、つい最近な気がするんだけど」
「思い出せないネー」
 同じポーズで唸っているアルとイサオはひとまず置いておいて、マリナが考えるべきは船の安全と依頼の完遂だ。
「小惑星帯まであとどのくらい?」
「あと一時間ってところですね。大きく迂回はしないので、多少揺れますよ」
 ハンスの設定する航路は速度よりも安全優先が常だが、今回ばかりはそうも言っていられない。マリナもそれは重々承知しているので、アモエナに食事の準備を急ぐよう指示を出す。
「小惑星帯に接近する前に夕食を済ませておかないとね。アモエナ、20分で支度できる?」
『了解しました』
 今頃厨房では、調理機械が忙しなく14人分の夕食を作り始めていることだろう。レパートリーこそ少ないが、調理にだらだらと時間をかけないのは彼女の長所だ。
「じゃあ、手の空いた人から食堂に移動して下さい。ケン君とイサオ君、悪いけどタカトウさんとヒロカ主任に声を掛けて、食堂まで引っ張って来てくれる? ミス・マミヤに紹介したいから」
「了解!」
 綺麗に唱和し、じゃあ競争な、とか言いながら駆け出していく少年達。操縦をアモエナに任せて席を離れたラスティがのんびりとその後を追い、その背中をハンスとアルが追いかける。
「船長、お先にどうぞ」
 珍しく席を立とうとしないユンに、マリナはまあ、と目を瞬かせた。
「あのミス・マミヤが気になる?」
「気になるっていうか、ここまで情報が出てこないと、逆に悔しいじゃないですか。食事の時間までには向かいます」
「そう? じゃあ、先に行っているわね」
 ホロボードを片手にブリッジを出ていくマリナ。そしてブリッジに一人取り残されたユンは、ずれたインカムをぐいと直すと、どこか楽しげな声音でアモエナ、と呼びかけた。
「料理中なのに悪いわね。検索作業を再開。アプローチの角度を変えてみましょう」
『私は人工頭脳です。並行作業に何ら支障はありません』
 どこか誇らしげに答え、打ちこまれたキーワードで検索を再開するアモエナ。静まり返ったブリッジに、思い出したように船内BGMが流れ出す。またリストが切り替わったのか、今度はクラシカルなジャズだ。小気味のいい弦の響きに、無意識に足でリズムを取りつつ、モニターに流れる情報を一気にスクロールしては新たなキーワードを付け足していく。
「楽しくなってきたじゃない?」
 舌なめずりでもしそうな雰囲気でキーボードを叩くユン。複数のウィンドウを一気に立ち上げて、それこそ並行作業で検索を行っていたユンは、ふとサブモニターに映し出されたレーダー画面に目をやって、あら? と首を傾げた。
 今しがた、『テランセラ』の遥か後方に赤い光点が表示されていたような気がしたのだが、瞬きした次の瞬間にはもう消えている。
「……気のせいかしら?」

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