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Surprise!

 超空間通信特有のコール音を聞きながら、マリナは緊張に頬を引き締めていた。
 普段の通話はなんということないのに、ブリッジから通信を行う時だけはどうしても顔が強張ってしまう。いや、正確にはある特定の相手が――。
『はぁい、ヘイズですけどー?』
 スピーカーから流れてきたのは、実にのほほんとした、まるで春の陽だまりのような声。しかしこの声こそが曲者なのだ。穏やかに、井戸端会議でもするような口調で、これまでどれだけの無茶を言い渡されたことか……!!
「社長。マリナ=イシヅカです」
『ああ、マリナさん。忙しいところすいませんねぇ』
「……」
 ここのところ仕事が決まらずにやきもきしている状態だと分かっているにもかかわらず、この社長は人の神経をナチュラルに逆撫でするのが実に得意だ。
「……社長。先程届いた荷物についてお聞きしたいのですが」
 ここで声を荒げると相手の思う壺なので、ぐっと堪えて問いかける。すると遥か銀河の彼方にいるであろう彼は、まるでマリナのこめかみに浮かび上がる青筋が見えているかのように楽しげな声を上げた。
『どうしましたマリナさん、声が怖いですよ~? あっ、もしかしてラスティさんと喧嘩でもしました?』
「違います!!」
 しまった、と思ったが後の祭りだ。慌てて口を押えるが、元々音声のみの通信なのであまり意味がない。
 背後でユンが笑いをかみ殺している気配を感じつつ、こほんと咳払いを一つ。
「……社長。先ほど唐突に届いた巨大な荷物について伺いたいのですが!」
 惑星リックスの軌道衛星上に浮かぶ中継ステーションに係留中のテランセラに、何の予告もなく届いた荷物。運んできた業者も冷や汗を掻くほどの巨大な荷物の送り主は、一番の古株であるマリナさえもが未だに顔を見たことがない謎の社長アルフォート=ヘイズその人だった。しかも送り状の品名には「極秘資料」などと書かれており、よくこれで配送されたものだと乗組員みんなで苦笑いを浮かべたのはつい15分ほど前のことだ。
 『取扱注意』の札がべたべたと貼られていたので、ひとまず格納庫の隅に押し込んでおいたが、中身によっては保管場所も考慮しなくてはならない。
『ああ、もう届きました? 最近の運送会社は優秀ですねえ~』
 他社を褒めてどうする! と突っ込みたいところだったが、懸命に我慢して問いかける。
「内容物について伺いたいのですが。配送の依頼でしたらきちんと依頼内容も教えていただかないと――」
 珍妙な仕事ばかり取ってくることで定評のあるヘイズである、これもまた、一般の運送会社では取り扱えないような曰くつきの品なのかと思いきや、ヘイズから返ってきた答えはこれまた予想の斜め上を行くものだった。
『あ、いえいえ。違うんですよ。それは取扱商品ではなくて、私から皆さんへのボーナスです』
「ボーナス!?」
 思いがけず二重奏になってしまったのは、背後で会話を聞いていたユンが異口同音に叫んだからだ。思わず顔を見合わせ、そして再び繰り返す。
「ボーナス?」
『そうなんですよー。喜んでいただけたようで何よりですねえ~。実はそれ――』
「待ってユン。中身も聞かずに喜んだら社長の思う壺よ」
「そうですよね、実は使用期限ぎりぎりのクーポン券の束とか、無料配布ティッシュの山とか、そういうオチかもしれませんもんね」
「そうそう、どこかの観光地で買った木彫りの像とか、またケバケバしい配色の新しい制服一式とか、そんなのかもしれないわ!」
 手に手を取って、糠喜びしまいと必死になる二人に、スピーカーの向こうから苦笑いが響いてきた。
『ひどいですねえ。いくらなんでも、社員に対してそこまで酷い仕打ちはしませんってば。それはね――』
「マリナさんマリナさん!!」
 シュンッ、と開いた扉から弾丸のように響いてきた声は、新米アルバイト三人組のものだ。なかでも一番にブリッジへと飛び込んできたヒロが、その少女めいた顔を紅潮させて二人の下へとすっ飛んでくる。
「さっき届いたあの荷物!! すごいんだよ! 何だと思う!?」
「何って……」
「なんで中身が分かったワケ? まさか開けちゃったんじゃないでしょうね!?」
「違うよ! 配送のタグを見たイサオが」
「あの惑星からの配送品でこの大きさなら間違いないって」
 矢継ぎ早に声を上げるヒロとケンから一歩離れたところで、何やら企んでいるかのような顔のイサオを振り返れば、視線に気づいた少年はにんまりと笑ってみせた。
「いやあ、僕も確証は持てないって言ったんですけど、アモエナのスキャン結果を聞いて、これはもしかしてって」
「スキャン結果ぁ?」
「アモエナ、先程の搬入物のスキャンデータがあるの?」
 訝しげに指示を出したマリナに、スピーカーから柔らかな合成音声が流れる。
『はい。簡易スキャンを行った結果、搬入物の中身は水であることが分かっています』
「水ぅ!?」
「正確には温泉水です。惑星グラーツって天然温泉があちこちから湧き出てるんで有名なんですよ。その温泉をデリバリーするサービスもあって、世の女性陣に大好評とか」
 したり顔で解説するイサオに、スピーカーから苦笑が響く。
『なんだ、イサオ君は知ってたんですか。驚かせようと思ったのに全部言われちゃいましたねえ~』
「ごめんなさい」
 素直に頭を下げるイサオに、音声のみの相手はいやいや、と恐縮した声を出す。
『喜んでいただければそれでいいんですよ。大浴場に運んで、沸かして入ってくださいね。ちなみに効能は美肌と――』
 そこまで聞いた途端、俄然目の色を変える女性陣。
「社長! ボーナスをありがとうございました! 早速、皆で活用させていただきます!」
「アモエナ! 格納庫の荷物を開けて、共同浴場のタンクに繋いで! 急いで!」
 ヘイズとアモエナの返事もろくに聞かないままブリッジを飛び出していく二人に、取り残された新米三人組がぽかんと口を開ける。
「女の人って、本当にお風呂が好きだよねー」
 しみじみと頷くイサオに、ヘイズも苦笑交じりに同意を示した。
『いやはや、あんなに喜んでいただけるなら送った甲斐がありますよ。皆さんもぜひ入ってみてくださいね。美肌だけではなくて、筋肉痛や切り傷にも効果があるそうですから』
「おっ、そりゃいいや! 俺達も入りに行こうぜ!」
「社長、ありがとうございますっ! オレ、温泉って初めてだあ~!」
 バタバタと駆けていくケンとヒロ。そしてブリッジに取り残されたイサオは、どこか楽しそうな瞳で『SOUND ONLY』の表示が浮かぶディスプレイに向かって囁く。
「みんな、ちゃんと人の話を最後まで聞かないで行きましたけど、大丈夫ですかね?」
『さあ~? でも、そこら辺も含めて『サプライズ』ボーナスですから、イサオ君もぜひ楽しんでくださいね』
「はい。僕、温泉は大好きですから。地球にいた頃はよく、家族で温泉旅行に行きましたよ。寒い中入る露店風呂なんて最高だったなあ~」
『ほお、イサオ君もなかなか通ですねえ~。羨ましいなあ。私はなかなかそういう機会に恵まれませんでねえ。仕方がないので温泉の素で我慢してますが、一度は本場の温泉というものに浸かってみたいですね』
「グラーツは惑星丸ごと観光地だから騒がしいですけど、辺境の鄙びた温泉街なんか静かでお勧めですよ。そのうち社員旅行で行きませんか?」
『それはいいですねえ~。もうちょっと業績が上がったら考えてみましょう』
「それじゃあ、もっと実入りのいい仕事を取ってきて下さいよ」
 にっこり笑って答えたイサオの声にかぶさるように、ブリッジに警報が鳴り響く。
『緊急事態発生。共同浴場の女湯・男湯両方から悲鳴が上がっています。保安要員を急行させますか?』
「待ったアモエナ。それには及ばないはずだよ。それより、音声をこっちに出してくれる?」
『了解、音声を回します』
 そしてブリッジに流れてきたのは、まさに阿鼻叫喚といった具合の絶叫――。

『きゃー!! なにこれ、臭いっ!!』
『げっ、なんだこれ、硫黄かよ! 』
『腐ってる! 何かが腐ってる!!』
『なんで硫黄泉……!? もう、社長のばかああああああ!!』

「さすがにマリナさんとケンは分かったかぁ」
 惑星グラーツは活火山が多く、あちこちに湧き出る温泉からは湯気と共に火山ガスが噴出し、その様子はまさに地獄絵図だ。住民にはアジア系民族が多く、あちこちで温泉饅頭や温泉卵が売られている辺りはさすがというべきか。
『あの匂い、駄目な人は本当に駄目なんですよね。私は大好きですけど。いかにも温泉って感じがしますし』
「僕も結構あの匂い好きですよ。……あ、マリナさんとユンさんは入ることにしたみたいですね」
 スピーカーからは、美肌効果という謳い文句に負けたのか、ぶーぶー文句を垂れつつも湯船に浸かっているらしい女性陣の声が響いてくる。一方、硫黄泉初体験だったらしいヒロはあっさりとギブアップして、どうやら着替えもそこそこに大浴場を後にしたようだ。
「あの様子だと文句言いに来そうだなあ。面倒だから、僕は逃げますね。それじゃ社長。素敵なボーナスをありがとうございました」
『いえいえ、次は仕事の依頼で皆さんに驚いていただけるように頑張りますね』
「ほどほどにお願いします」
 苦笑交じりの言葉に、返事はなかった。ぶつりと途切れた超空間通信の終了音を聞く余裕もなく、そそくさとブリッジを退散する。
「さあて、どこでほとぼりを冷まそうかな~」
 鼻歌交じりに通路を進むイサオの背後から響いてくる、けたたましい足音。
「イーサーオー!! おまえ知ってて黙ってたろー!!」
「わっ、もう来た!!」
 慌てて逃げ出すイサオと、濡れ鼠でそれを追いかけるヒロとの攻防戦は5分ほど続き、イサオが男子浴場に駆け込んだところでようやく幕切れとなった。
「てめえ! ずるいぞ!」
「僕は温泉に入りに来ただけだよ? ヒロも入ればいいじゃないか」
「やだ! 絶対やだ!」

 なお、専用のフィルターを通さなかったため浴室の循環システムが故障し、修理に丸一日かかったと、航海日誌には記されている。

「もう……社長のばか!!」



FIN.


 「MT Road」の美矢さんにイラストを描いてもらえる機会がありまして、「ぜひマリナさんを!」とお願いしたところ、こんなに素敵なマリナさんを描いてくださいました~!!
 せっかくなのでSSをつけてサイトに上げさせてください! とお願いしたところ、快諾いただけましたので、腕によりをかけました!!

 視線の先には誰がいるのかな~、というところから話を膨らませたら、なぜかこんな話に(笑)

 美矢さん、ありがとうございました!!
(2013.01.24)

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