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穴あきポケット
 まだ梅雨入りしてないのに、降り続く雨は今日で四日目。
 この大学は広いキャンパスに校舎が点在してるので、移動のたびに傘差さなきゃいけなくてちょっと面倒だけど。
 でも、どんなに雨が続いたって、このお気に入りの傘さえあれ、ば――?
「あれー、鍵どこいったかなー?」
「おやおやケイさん、何かお困りかな?」
 振り向けば、ゼミIで一緒の――えーっと、名前なんだっけ?
「もー、そろそろ覚えてくれよー。吉田君だよ」
 そうそう、お調子者の吉田君だ。
「その覚え方もどうかと思うけど。まあいいや。今日は一人? 珍しいね」
「うん、今日はめぐみクン、二限は健康体育だったはずだから、まだ体育館にいるんじゃないかな?」
 大学に来てまで体育やろうと思うなんて、めぐみクンは真面目、なのかなあ?
「うへー、こんな湿度の高い日に体育館なんてやだやだ」
 だねー。きっと今頃、汗でベタベタだよー。
「じゃっ、そんな汗でベタベタ野郎はほっといて、先に学食行かねー? 今日は吉田君リッチだから、A定食なら奢っちゃうぜー」
 わーお、吉田君、太っ腹ー。
「――誰が汗でベタベタ野郎だって?」
「ぎゃっ、やめろ汗ベタ星人めっ! 頭、頭ひっぱるとオレの大事な”毛根と書いて朋友と読むもの”が減る~!!」
 後ろから頭をわしっとやられてもがく吉田君と、ジャージ姿で青筋を立ててるめぐみクンは、いつ見てもいいコンビだ。素人漫才コンテストか何かに出してみたいなー。
「早かったね、めぐみクン」
「いやもう、体育館が蒸し風呂状態で。学生より先に先生がへばったんで、早めに切り上げようってことに」
「あは、そりゃそーだー。うちの教室ももうエアコン全開だったもんね」
「おーいそろそろ離してくれー」
 その言葉で思い出したようにぱっと手を離しためぐみクンは、時計を見て慌てたように歩き出した。
「ほら、早く行くぞ吉田。学食が埋まる」
「おおっとそうだった。ケイさんも、ほら早く」
「ちょっと待って、傘かさ、じゃなかった傘の鍵」
 一号館の傘立てはそれぞれに鍵がついてるちゃんとしたやつ。持ってっちゃう人が多いのでちゃんと鍵をかけてたんだけど、このポケットに入れてたはずの鍵が――。
「あれ?」
 突っ込んだはずの手が、にゅっと出てくる不思議ポケット。じゃなくて。
「……ケイさん、穴空いてる」
「ありゃー……気づかなかったなあ」
 お気に入りのスプリングコートのポケットに、見事な穴。あはは、絵に描いたようだね。じゃなかった。大変だ。
「家の鍵もここに入れてたんだけど」
「……ないんですか」
「ないねえ。この通り」
 落ちた音しなかったんだけどなー?
「えー、そりゃ困ったね。ここの鍵くらいなら管財科に行けばどうにかしてくれそうだけど」
 意外に物知りな吉田君が親切に教えてくれたけど、傘はともかく家の鍵がないとなるとなー。うーん、困った。
 あ、そうだ!
「めぐみクン、鍵貸して」
 私はもう授業終わりだから、先に帰ってればいいんだー。あー良かった。
 ……あれ?
 なんで、固まってるのかな?
「な、な、な、なんだよお前ら、ど――」
「さあ行こうか吉田、早く行かないと学食座れなくなるもんな! さあ行こう早く行こうさっさと行こう」
 吉田君の口をばしっと塞ぎ、そのまま引きずるように学食へと歩き出すめぐみクン。その横顔がなんだか怒ってるように見えるのは――うーん気のせいじゃないなあ。
 なにか、マズイこと言ったかな?
「ケイさん!」
 急に振り返って、まだ怒った顔のまま、何かをぽいっと投げてくるめぐみクン。
 慌ててキャッチすると、それは鍵。そう、私達の、家の鍵。
「こいつは黙らせておくんで、先帰っててください」
「うん、分かった! 今日は私がご飯当番だったよねっ」
「ああだからそういうことを大声で――」
 んー? なんか言っちゃいけないことだったかな?
 まあいいや。じゃ、先帰ってよー。
「吉田くーん、A定食はめぐみクンに奢ったげてね! じゃーねー」
 力なく手を振る吉田君と、構わずずんずん歩いていくめぐみクン。
 何か言い合ってる二人の絶妙なコンビネーションは見飽きないけど、いつまでも見惚れてちゃいけないね。
 えーっと、まずは管財科に行って、傘の鍵、と。
 あれ、管財科ってどこだったっけー。
 待っててねー、私の傘さん。すぐに救い出してあげるからねー。


 聞かれない限り喋らないケイさんと、あえて沈黙を貫いていためぐみクン(笑)
 秘密の同居生活はケイさんの一言で、あっさりとばれたのでした。
 翌日にはもう、あっちこっちに知れ渡ったと思われます。吉田君は顔が広いのです(笑)


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