「おまえは、難しい顔をして生まれてきたからねえ」
「きっと苦労する性分なんだろうって、話したっけなあ」
そんな両親の言い分を間に受けるわけでもないが。
生まれてこの方、どちらかと言えば不幸寄りな人生で。
だから大抵のことには動じないつもりだった。
地震で電車が遅れた入試は、一時間前に会場入りしてたので問題なし。
入学式前日には落雷で大学周辺が大規模停電したらしいが、その三日前から食中りで地元の病院に入院してたので影響もなく。
そのせいで引越し諸々の作業も遅れに遅れたが、ようやく今日から東京での新生活、夢にまで見ていたわけではないがちょっとはアレコレ期待していた大学生ライフの幕開け――のはずだった、のに。
「いや~、一昨日の夜中にね。寝たばこだったらしいんだよ」
不動産屋から告げられた 驚愕の事実。
「いや~、不幸中の幸いというか、越してくる前で、巻き込まれんで良かったねえ、お兄さん」
「あの、いや……」
「とりあえず寝泊りはね、近所の旅館に寄せてもらえるから」
「あ、あの……その」
「やーほんと、すぐに消防隊来てくれてね、おかげで延焼は免れたし、店子もみんな無事だったし、ほんと一安心で」
「あの!」
「ん?」
「あの、先に送っておいた荷物……が……あるんですけど……」
家財、はなかったけど、本とか、服とか、鍋とか釜とか、食い物とか――!!
「荷物ねえ、部屋にはなかったと思うけど……大家が代わりに受け取ったかな? でもなあ……なんせ火ぃ出したの、その大家の部屋でね」
大抵の不幸には慣れてるつもりだったけど。
こいつはちょっとばかし、想定外というか――
……どん底だ。
「どん底だな。うん」
「……出会って三十分で人をそこまで酷評するかキサマ」
「ゼミⅠ一緒のよしみで色々教えてやってるオレさまに向かってその口の利き方はどうよ」
「神様仏様吉田様、どうかお慈悲を」
「うむうむ、よろしい。で? 今はどこ住んでるわけ?」
「二駅先のウィークリーマンション」
不動産屋が近所の旅館を世話してくると言ってくれたが、見に行ったらなんか出そうだったので丁重にお断りし、とりあえずウィークリーマンションに腰を落ち着けて早3日。
返す返すも腹立たしいのは、送った荷物がパアになったことだ。
後から送ればいいからって言ったのに、こういうのはさっさと済ませておくべきだと、人の荷物を勝手に詰め込んで新居に送りつけやがったのは、誰であろううちの父親なわけで。
「あの親父め……人が病院のベッドでウンウン言ってる間に余計なことを……」
「てか、入学直前に食中りってのもいただけないけど、ナニ食ったん?」
「……三日目のカレー」
「三日目でかよ」
「母親がこまめに火を入れるのを怠ったらしい。食った時に変な味はしたんだ」
「そこでやめれよ」
「勿体なくてな」
「ビンボー症だなー。あまりにかわいそうだからジュースおごるわ。50円のやつ」
「ココアで頼む。今は少しでもカロリーが欲しい」
「……本当にかわいそうだなあ、佐藤2号よ」
「その呼び方はやめい」
やれ、ゼミ生にもう一人佐藤がいるからとか、そっちは女の子で~とか喋くっている同輩を横目に、ふはあ、と溜息をつく。
「溜息をつくと幸せが逃げるぜ~」
「これ以上逃げる幸せはない」
見上げる空はこんなに青いのに、心と財布に吹き荒れるブリザードは強烈で。
嗚呼、この苦難が青春というものならば――
せめてもう少し、甘酸っぱい悩みを下さい。