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ケイさんとめぐみクン
「はーい、こちら佐藤恵さん。造形学部の一年生」
「どもー」
「で、こっちが佐藤恵クン。経済学部の一年生、と」
「どうも」
 吉田くんを挟んで、お見合いみたいにぺこりと頭を下げる。
 目の前の「佐藤恵」クンは、痩せ型でユニクロ愛用で、何か背中がすすけてて。
「つーわけで、お前の呼び名はやっぱり『佐藤2号』に決定な!」
「却下。」
 吉田くんとの漫才が、すごく上手な人だ。
「はー、そういうことか」
 気の抜けた声は、「日本史A」の谷岡先生。
「出席番号違うからおかしいなあとは思ったんだけどね、入力ミスかと思って、あっはっは」
 脳天気な笑い声が部屋に響く。せんせー、笑いごとじゃないと思うよー。
「でも、佐藤さんがこいつのこと知らなかったのはびっくりだぜー。こないだのゼミで自己紹介した時――あー、そういやあの時出てなかったんだっけか」
 はいごめんなさい、起きたらもうゼミが終わってる時間でした。
「谷岡先生がその調子ってことは、他の先生もきっと同じ状態だろうなあー。今まで出た授業、ちゃんと先生に確認取った方がいいよー?」
「……そうする」
「いやごめん、ちゃんと今日までの出席、つけとくからね」
「いえ、先生の授業は今日がはじめてです。授業に出始めたのが今週からなんで」
 えー、なんで??
「あーこいつねー、入学式直前に食中毒で入院くらって、入学式も出られんかったんだってさー。で、今週になってやっとこさ学校に出てきたんだわ」
「へえ、そりゃあ災難だったねえ」
「……いえ……それほどでも」
 あ、なんか凹んでる。やなことでもあったのかな??
「しかし、同じ名前で同じ呼び名だと、区別のしようがないんだよねえ。まさか「男の方の佐藤恵さーん」とか呼べないし」
「いやあの、俺の名前、本当は「めぐむ」と読むんですけど――」
「『ちゃん』と『くん』で言い分けるとか?」
「――呼びにくいからって親まで「けい」と呼ぶ始末で、だったら命名の時点でそうしておけば良かったのにとか――」
「それだと分かりにくいんじゃないかな」
「――おかげで幼馴染も誰一人として俺のことを「めぐむ」なんて呼んだことがなくて、ってあの、話聞いてますか」
「じゃ、やっぱ『佐藤2号』で」
「そんな米の系統名みたいな呼び方はゴメンだ!」

 それじゃあねえ――そうだ!

「めぐみクン!」

「……それじゃまるで女の子の名前なんですが」
 うんうん分かる、わたしもしょっちゅうそう呼ばれるし。
 そこを逆手に取った、インパクトのある命名だと思わないかい?
「それいい! それ決定! はい決定!」
 やんややんやと囃す吉田クン。
「うんうん、じゃあケイさんと、めぐみクンと」
 出席表にきゅっきゅと振り仮名を書き入れる谷岡先生。
「あのー、本人の意向は」
「あだ名って周りが決めるもんだし」
「本人の意思は無視、なんつって」
 ぎゃっはっは、と笑う二人に、めぐみクンは抗議する気力も失せたみたいで。
「……もう、好きに呼んでください」
 おっけー☆ じゃあ好きに呼ぶ!


「わー、喋ってたら日が暮れちまった」
「教務課行くのに迷ったからだろ」
 葉桜の道を、三人横並びで校門まで歩く。
 あれこれと話題の尽きない吉田くんと、鋭角なツッコミのめぐみクン。
 とても結成して間もないとは思えない、絶妙なコンビネーション。
 これから毎日、このコントが見られると思うと、またひとつ大学に来る楽しみが増えたってモンだね☆
「俺たちは駅だから、こっちね。じゃーね、ケイさん」
 にかっと笑う吉田くんに手を振って。
「それじゃ」
 まだ表情の固いめぐみクンにはVサイン。

「また明日っ!」

 振り返りざまにちょっとだけ、ぴこっと手を振ってくれためぐみクンは、きっときっと、いい人だ。


 『振り向けばそこにキミがいた』から零れてしまったエピソードを発掘したので、単独で出してみました。
 これこそ「ケイさんとめぐみクン」というタイトルにまつわるお話なのになぜ削ったかというと、単に話が長くなるからという理由なんですが(^_^;)

 「めぐみクン」命名者はケイさんなわけですが、実際のところ出生届に振り仮名の欄はなく、漢字しか登録しないので、読み方なんて自由自在なのです。だからトンデモな当て字も出てくるわけですが、彼の両親も「めぐむ」と読ませるつもりで「恵」の字を届け出たものの、いつの間にか「けい」と呼ぶようになった模様(笑)
 一応、学校への届出は「めぐむ」になってるはずですが、出席簿には振り仮名まではついていなかったようです。(今の小学校などは振り仮名ふってるみたいですけどね。あまりにも読めない名前が多すぎて……)


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