0.竜は微睡む



 耳障りな鐘の音に、『彼』は意識をもたげる。

 長い間眠っていた。暗く冷たい地の底で。
 失われた力を取り戻すため。傷ついた世界を癒すため。

 それなのに――眠りを妨げる音がする。目覚めさせようとするものがいる。

 爆ぜる炎。踊る灯火。
 瞼の内側まで届く、不快な揺らめき。
 紡がれる言葉。重なる歌声。
 意識を覚醒させる――それは呪文。
 厭わしい響きが、『彼』の心まで束縛せんと絡みついてくる。

 紡がれるは希求。力を、救いを――大いなる、絶望を。

 悍ましい咆哮に、すべてを悟る。
 奪われてはならない。世界のために――そして、愛おしき『民』のために。
 襲い来る黒き腕を振り切って、意識を解き放ち、空へと舞い上がる。

 広がる景色。眼下に広がる深い谷。
 自らの体を脱ぎ捨て、『彼』は飛び立った。