3.幕間の町
「おっせーぞ二人とも。どこで油売ってたんだ」
 鐘つき堂の前で腕組みして立っていたラーンに一喝されて、リファはすみません、と素直に頭を下げた。
「思いのほか時間がかかってしまって」
「リファさんがあんなに値切り倒してるからですよ」
「あれは本当に掘り出し物だったんですって」
 仲良く言い合っている二人に思わず吹き出してしまってから、ほら、とその背中をぶっ叩く。
「さっさと宿に行くぞ。夕飯食いっぱぐれちまう」
 エルクの手からひょいと荷物を取り上げて、さっさと歩き出してしまうラーンに、エルクは慌てて待ったをかけた。
「ラーンさん! 僕のはいいですからリファさんの荷物を持ってあげてください」
「あいつの方がお前より体力あるから大丈夫だ。今日は朝から歩き通しで疲れてるだろ?」
「疲れてません!」
 足は確かに重く感じるが、思った以上に体は疲れていない。そう主張したが、一笑に付される。
「今は気を張ってて分からないだけだ。宿についてみろ、下手すりゃ夕飯前に沈没だぞ」
「本当に大丈夫ですってば!」
 力説するが取り合ってもらえず、膨れるエルク。そんな様子をどこか懐かしそうに見下ろして、ラーンは通りの向こう、煉瓦造りの大きな建物を指さした。一階は酒場になっているのか、仕事帰りらしき男達が次から次へと両開きの扉に吸い込まれていく。
「ほら、あそこだ。荷物を置いたらすぐに夕飯にしよう。席が埋まっちまう」
 足を速めるラーンに並びながら、リファは何気なく尋ねた。
「酒場での聞き込みはどうでしたか?」
「ああ、結構な収穫があったぜ。やっぱりこの町にも来てたらしい。しかも五日前だ」
 そう答えたラーンの横顔が、いつになく厳しい表情を浮かべていることに気づいて、リファはそうですか、と静かに相槌を打つ。
「この街道を使って移動しているとしたら、目的地はやはりレイド国でしょうか……」
「いや、それが連中、何かを探してるみたいなんだな」
「えっ……、何をですか?」
 怯えたように聞き返すエルクに、ラーンはそれがなあ、と珍妙な表情で頭を掻いた。
「なんでも、『大地溝の辺りで奇妙な光を見なかったか』って片っ端から尋ねて回ってたらしいんだ」
「光、ですか?」
 ほっとした様子のエルクを横目に、リファが形の良い眉をひそめて呟く。
「奇妙な光とはまた、何とも抽象的な……」
「だよなあ。聞かれた方も困ってたらしいぜ」
 呆れ顔で答えたラーンは、不安げなエルクの顔を見て、そう言えば、とわざとらしく声を張り上げた。
「もうすぐこの町で祭があるって話は聞いたか? そのせいで町に人が溢れてるらしくてさ」
 おかげで色々な話を聞けたけどな、と嬉しそうに話すラーンに、リファが胡乱な目を向ける。
「部屋はちゃんと取れたんですか? 聞き込みに夢中で忘れていないでしょうね?」
「ばっちりに決まってるだろ! もっとも、最後の一部屋だったけどな。いやー、危ないところだった」
 さり気なく視線を逸らしている辺りを見ると、聞き込みの途中まですっかり忘れていたに違いない。
「さっ、ほら行こうぜ!」
 冷たい視線から逃げるように、ラーンはほら競争だ、とエルクをけしかけると、本日の宿《飛竜の鉤爪亭》へと駆け出して行った。