お年玉企画「ハタ迷惑」没原稿

〜女難の相〜


 ざわっ……
 彼らが広場に足を踏み入れた瞬間、異様な空気がその場を支配した。
「な、なに……?」
「さあ?」
 突如沸き起こったどよめきと、旅人を見つめるにしては随分と不躾な――というより、ほとんど睨みつけているのに近い――視線。
「……リダ、前にこの町で何かやらかした?」
「いや、ここは初めて来た町のはずだけど」
 すばやく小声で囁きあう二人。そんなわずかな間に、いつの間にか二人を中心に人垣が出来上がり、あちこちから「あれが……」「また来やがった」「なんて面の皮だ」などという声が聞こえてくる。
「……本当に初めて?」
「あんたね、わたしの言うことが信じられないわけ?」
 胡乱な目つきで見上げてくるギル少年を睨みつけ、注意深く周囲を見回す。嘘は言っていない。この町に立ち寄るのは初めてだし、この辺りで何か騒ぎを起こした覚えもない。
 と、人垣を割るようにして、一人の女性が二人の前に現れた。まだ二十になっていないだろう、若い娘。艶やかな栗色の髪に、そばかすがうっすら浮いた血色の良い頬。なかなかの器量よしだったが、血走った瞳がそれを台無しにしている。しかし、見覚えはない。
 それを契機に、あちこちから一人、また一人と若い娘が現れて、しまいには総勢二十名ほどが二人と対峙する形になった。しかも一様に目を吊り上げ、中には殺気すら漂わせている娘までいる。
「うっ……」
 無言の迫力にたじろぐギル。一方、リダの方は澄ました顔で、突き刺さるような視線を真っ向から受け止めていた、のだが――
「よくも騙してくれたわね、この詐欺師!」
「あたしだけだって言ったのに、どういうことよ!!」
「愛してるって、結婚しようって言ったのは嘘だったの!?」
「責任とってちょうだいよ!!!」
「なによ純情ぶっちゃって、あんた粉屋の息子ともできてるんでしょ」
「あんただって旅人たぶらかして散々貢がせてるでしょうが」
「なんですってぇ!?」
「ちょっとやめなさいよ、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
「そうよそもそも、こいつが!」
「そう、こいつが!」
 びし、と突きつけられた二十本もの指を迷惑そうに払って、リダは大きく溜息をついた。
「……あのね」
 低く押し殺された声に、ギルがぎょっと目を見開く。
「人違いだとか見当外れだとかそんな男に引っかかる方が悪いとか言いたいことは色々あるけど、言いたいことは一つ――」

「わたしは女だっての!!!」



 彼は、《金の魔術士》リファと名乗った。
 半年ほど前にふらりと現れた旅人。長い金の髪と青い瞳。すらりとした長身を旅装束に包み、手には魔術士の象徴たる長い杖。
 彼の語る冒険譚に子供達は瞳を輝かせ、その輝くような美貌に女達は頬を赤く染めた。そして、彼の甘い囁きに一人、また一人と虜になっていったのだ――。
「最初はみんな、「私だけ」だと思ってたのよ。それが聞いてみれば、あっちにもこっちにも……」
 二人の前に湯気の立つ器を置き、セイラと名乗った栗色の髪の娘は深い溜息をついた。
「みんな騙されてた、ってわけ」
 ばっかみたい、と呟くリダを肘で小突き、ギルは慌ててセイラに笑顔を向ける。
「で、でも、その人に暴力を振るわれたとか、お金を騙し取られたとか、そういうことはなかったんですよね?」
 こくんと頷いて、セイラは向かいの席に腰を下ろした。
「あの人、女にはすごく優しかったから、手を上げたりは絶対しなかったわ。でも、この町からいなくなった直接の原因は、賭場での負けが込んでどうしようもなくなって、みたいだから……」
 うちのツケも大分溜まったままだし、と肩を落とすセイラ。ここは彼女の働く酒場だという。あの後、恐慌状態に陥った広場から二人を連れ出したセイラは、まず自分の勘違いを詫びたあとでここに腰を落ち着け、事の次第を二人に語ってくれた。
 《金の魔術士》の名を騙る男。しかし、騙るにしてももう少しそれらしい振舞いようがあるだろうに、よりによって女好きの博打好きとは……。
「そんな伝説の魔術士がいるわけないでしょうが。おかしいとは思わなかったわけ?」
「だって、《金の魔術士》がどんな人かなんて知らないもの。それに魔術士だって人間、恋にも落ちれば愛にも溺れるって言われれば、そうかなって思うじゃないの!」
 口説き文句を思い出したのか、顔を赤らめながら弁明するセイラ。歯の浮くような台詞だが、それが嫌味なく通ってしまうくらいの魅力は備えていたようだ。
「で、その男はこの町からいなくなって、それっきり噂も聞かない、と」
 それが、とセイラは顔を曇らせた。
「最近、南の町で似たような男を見たって話を旅人さんから聞いたの。だから、もしかしたら、と思って……そこによく似たあなたが来たから、つい……」
「つい、じゃないよ。まったくもう、とんだとばっちりだ」
 やれやれ、と溜息をつくリダを横目に、ギルがぽつりと呟いた。
「その人がずっと、《金の魔術士》を名乗って同じことを繰り返してるとしたら、これから町や村に立ち寄るごとに同じことが起きそうだね」
 うげ、と顔をしかめるリダ。どこかに寄るごとに女性やら借金取りやらに詰め寄られるなど、たまったものではない。
「冗談じゃない、なんでわたしがそんな目に遭わなきゃなんないのさっ! そもそもわたしはリファじゃないっての!」
「そうは言っても、ただでさえ本物と間違えられるんだからさあ」
「そもそもそれがおかしいんだって!!」
 
 それなら、とセイラが手を打ち合わせた。
「あたしにいい考えがあります!」



 長いな、と思ってばっさり切った冒頭部分。このあとに続く話が正式採用となった「ハタ迷惑」になります。
 本当はこの「いい考えがあります!」の後、リダがセイラに連れられて仕立て屋に行き、やたら気合の入った衣装合わせにげんなりしたり、化粧をして白いドレスを着たリダを見てギルが仰天したり赤くなったりするシーンも考えていたんですが、そこまで入れると短編で終わらなくなってしまうので(^_^;)


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