没原稿〜収穫祭〜


 お祭独特の、賑やかで華やかな雰囲気がカイトは好きだった。
 このエストにやってきて三回目の収穫祭。正午ちょうどに村長により祭の始まりが告げられ、広場は一気に賑やかになった。
 楽団が奏でる音楽が村を包み、この日を待ちに待っていた村の若者達は、夏祭に思いを伝え合った相手とぎこちなくも楽しそうに踊っている。かと思えば、連れ添ってすでに何十年という老夫婦が仲睦まじく手を繋ぎ、まだ恋も知らないだろう子供達も、でたらめな踊りを披露している。
 ささやかながら露店や出店も立ち並び、親からもらった小遣いを握り締め、飴や焼き菓子を買い求める子供たち。華やかに着飾り、歌やおしゃべりに興じる女たち。男たちといえば、今日ばかりは昼間から酒に舌鼓を打っている。
 広場の中心には、村人が力を合わせてこしらえた藁作りの女神像。大地の女神ルースを模して作られた素朴な女神像は、祭に心躍らせる人々をやさしく見守っている。
「いいですよねー、お祭って」
 うきうきしながら広場を回るカイトに、エスタスものんびりと
「そうだよなー。わくわくするよなー」
 と答える。その少し後ろを静かに歩いているアイシャも、無表情ながら祭を楽しんでいるようだ。
「あ、カイト先生だ!」
 不意にそんな声がして振り返ると、広場の向こうから村の子供達が走ってくるのが見えた。
「やあ、海賊に、ミツバチに……お姫様かな?みんな似合ってますね」
 それぞれ親が丹精こめて縫ったのであろう衣装を身につけた子供たちは、カイトの褒め言葉にそれはもう嬉しそうに笑ってみせる。
「先生も仮装、やればいいのに」
「そうだよ、面白いよ」
 口々に勧める子供たちに、カイトは苦笑を浮かべて答えた。
「そういう格好をするのは、子供だけのお楽しみですからね」
「そうそう、おれ達はもう出来ないんだよ」
 そんな言葉に、しかし子供たちは首を横に振る。
「だって、いるよ?」
「いるって誰が?」
「大人で、仮装してる人いるもん」
「広場にね、すっごいきれいな人がいるんだ」
「馬鹿だなあ、お前。あれは、ローラって言うんだぞ」
「お供のエミーリもいるんだよ!」
「エミーリはマリオお兄ちゃんだよ」
 要領を得ない子供達の言葉に、しかし三人は何とも言えない顔をして、
「あ、ああ…」
 と言葉を濁す。そんな彼らの様子に、子供たちはさも不思議そうに首を傾げた。
「エスタスお兄ちゃん、何か知ってるの?」
「教えてよぉ」
「えっと……ローラって、姫将軍ローラのことだよな?」
 念のため、と尋ねるエスタスに、子供達は揃って首を縦に振る。
 姫将軍ローラ。それは、このローラ国の祖となった人物として語り継がれている。この大陸はかつて一つの国が支配していたが、ある時双子の姫が国を二つに分け、それぞれに自らの名前を付けたとされている。その双子姫の冒険譚は昔から子供達に人気で、この北大陸で知らないものは殆どいないだろう。
「誰だか分かりませんでした?」
 笑いを堪えながら尋ねてくるカイトに、子供たちはこれまた一斉に頷く。 村中が顔見知りというこの村で、それは珍しいことだ。いかな仮装をしていたところで、村の人間なら分からないはずがない。
「それじゃ、一緒に見に行こう」
 珍しくもアイシャがそう言って、子供たちの手を取って歩き出した。
「アイシャお姉ちゃんも知ってるの?」
「知ってる」
「じゃあ教えてよ〜」
「見てからのお楽しみだ。行こう」
 そう言ってスタスタと歩き出すアイシャと、それを追いかける子供達。普段から故郷の衣装を着けているアイシャは、仮装している子供たちにまぎれても違和感がない。
 賑やかな一団の後ろを歩きながら、エスタスがふとカイトに耳打ちした。
「そういえばさ、誰かラウルさんに言ったのかな?」
「……言ってる訳ないでしょう?」
 何が、とも聞かないで、カイトは答えた。
「そりゃそうか……」
 肩をすくめるエスタス。
(やれやれ、ラウルさんもほんと、災難だよなあ……)

「……なんで誰も教えてくれなかったんだ」
 憮然とした表情のラウルに、マリオは引きつった笑顔で答えた。
「いや、だって……言ったらやってくれないでしょう?」
「当たり前だ!」
 思わず大声を出しそうになり、慌てて口をつぐむ。いくらこんな格好をしているとはいえ、ここは村の中だ。幸か不幸か、まだ誰もラウルに気づいていないが、広場に突然現れた二人に、当然の事ながら村人は好奇の視線を送ってきている。ひそひそと話している声も聞こえてくるが、誰が最初に声をかけるか決めかねているようだ。
 エリナに手伝ってもらって着替え、一緒に着替えたマリオと二人で広場にやってきたラウルが気づかされた事実は、二つあった。
 一つは、子供しか仮装をしていないこと。仮装をしているのはせいぜい15、6位まで。それ以上になると、みなめかしこんではいるが、仮装はしていない。
 そして、もう一つは、この衣装の意味だ。
「仮装するのは子供の楽しみであり、また親の楽しみですからね〜」
 他人事のように言っているマリオの衣装は、貴族の従者のような仕立てになっている。実際、とある将軍の従者として活躍した少年の仮装らしい。
「くそ……そうと知ってたら絶対に断ったのに!!」
 そしてラウルはといえば、お芝居に出てくる旅の騎士のような、やたらに装飾の多い衣装を着せられていた。仮縫いのときからは比べ物にならないド派手さに、頭がクラクラしたくらいだ。
 どこから調達してきたのやら、腰には細身の剣。そして極めつけに、下ろした髪をこてでゆるく波打たせ、その上からつばの広い、変わった意匠の帽子を被らされた。なるべく目深に被っているので、一目見てラウルだと分かるものはいまい。
 それは、三百年ほど前にこの国を興した双子姫の一人、勇猛にして華麗な剣の使い手と名高い姫将軍ローラ。この北大陸では子供でも知っている英雄譚の主人公だ。
 苛烈な後継者争いの末、内乱にまで発展した国。それを年若い双子の姫達が収め、そして平和をもたらした。西側を統べたのは姉のラーラ。そして東側を治めたのが妹のローラ。以来北大陸には平和がもたらされ、三百年の長き時を平穏に過ごしている。
 そう。要するに、ラウルはまんまと女装させられる羽目になったのである。衣装だけではそうと気づかなかったが、髪にこてを当てられた時点で何かおかしいとは思ったのだ。そして着替えが終わり、広場への道すがらマリオを問い詰めたラウルに、ようやくもたらされた真実。
(……ちくしょう……なんで俺が女装なんざ……)
 自分でも気づかぬうちに拳を硬く握り締めているラウル。それを見たマリオが思わずラウルを見上げて、何とも言えない顔つきになる。
「で、でも似合ってるからいいじゃないですか……って、わわ、冗談ですよぉっ!!」
 殺気だった目でにらまれて、途端にたじたじになるマリオ。 しかし、それも無理はない。確かに似合ってしまっているのだ。
(くそっ……気にしてるってのに……!!)
 確かに、子供の頃から女顔だと言われていた。細く引き締まった体や、長く伸ばした髪もあって、実際に女と間違えられたことなど数え切れない。年を重ねるごとに間違われる事は減ってきたが、それでも口説いた女に「私よりも化粧が似合いそうな男とは付き合えない」とふられ、酔っ払った親父に「いいじゃないか、減るもんじゃなし」と尻を撫でられる始末。あの屈辱の日々は、今もラウルの心に深い傷を残している。
 しかし、そんなラウルの胸中を知らないマリオは、自らの保身のために必死で懇願する。
「お願いですから、着替えないで下さいね!じゃないと僕、エリナに何言われるか……」
「お前が何を言われようと俺の知ったこっちゃないぞ」
「そんなあ、お願いしますよぉ」
「おい、離せって……。ったく……」
 マリオにしっかと腕を掴まれて、ラウルは大きなため息をつく。
(仕方ない……エリナに掛け合って、なるべく早く着替えさせてもらうか……)
 それまでは、目立たないように隅の方でじっとしていよう。そう思った矢先。
「いやぁ、ラウルさん!これはまた、美しいですねえ〜!」
 少し離れたところから飛んできた村長の声に、ラウルは頭を抱えた。
「と、父さんっ…」
 ラウルの表情を見たマリオが慌てて口の前に指を立てるが、小走りにやってくる村長は大声で続ける。
「なるほど、姫将軍ローラとは、エリナも考えますねぇ〜。いやいや、でもよくお似合いで。私が独身だったら、迷わず求婚しちゃってますよ」
 いつもの笑顔ですっとぼけた事を喋る村長に、それまで遠巻きに見ていた村人たちが一斉に口を開いた。
「神官さん?!」
「うっそぉ〜、全然わかんなかった」
「いや〜、よく化けただなあ」
 あっという間に村人がラウルたちを取り囲み、人の輪が出来てしまった。 しきりに話しかけてくる人々に愛想笑いで答えつつも、ラウルの心中は穏やかではない。穴があったら入りたい、という心境はまさにこういう事を言うのだろう。
「もう、父さんってば!声大きいよ」
 村人の間をすり抜けてやってきた父親に、しかめっ面で抗議するマリオ。村長はおや?と首を傾げる。
「なんでだい?」
「あのね、ラウルさんはね……」
 こそこそっと耳打ちをすると、ようやく事態を理解した村長はぽん、と手を打つ。
「あー、なるほど。仮装が子供だけだと知らなかった上に、まさか女装させられるとは夢にも思わなかったと」
「当たり前です!」
 知っていたら誰が好き好んでこんな事をするものか。
「おやおや、そうだったんですか。私はてっきり、心優しいラウルさんがエリナに付き合ってあげているんだとばかり……」
 そんなわけあるか、と怒鳴りたいのを必死にこらえるラウルに、今度は背後から甲高い声がかかる。
「ラーウルさんっ!きゃー!もう、ほんと、何度見ても素敵っ!」
「ほ、本当に……お似合いです……」
 色鮮やかな服に身を包んだエリナとトルテの二人だ。一刻ほど前に着替えを手伝ったエリナは、その時も始終興奮冷めやらぬ様子だったが、どうやらその感動を親友と分かち合おうと、トルテを連れてきたようだ。
「エリナ……。どうして、教えてくれなかったんです?」
ほとほと困った顔のラウルに、エリナは
「その方が面白いと思って!」
 と全く悪意のない顔で言ってのける。
「いやぁ、毎度楽しませてくれるなあ、神官さん」
「目の保養ってのはこういう事を言うんだな」
「来年も頼むだよ〜」
 無責任に囃し立てる村人たち。
(冗談じゃねえ……祭の度に見世物になるなんてごめんだっ)
 怒鳴り散らしてやりたいところをぐっと堪えていたラウルは、精一杯苦笑いを返すことしか出来なかった。





 話の流れ上、あえなく没となった幻の収穫祭です(^^ゞ 「未来の卵」第六章[7]前半として書かれたエピソードで、この直後に首都からやってきた守備隊が収穫祭をぶち壊す予定だったんです。
 あまり書き込んでいない段階で没になったので、文章がちょっとぎこちないのはご容赦下さい。
 なぜ没になったかと言えば、女装の必然性がないからと、一つの作品で何度も「晒し者」にしちゃあ、さすがに可哀想かな、と思ったから(^^ゞ あとは単純に、すでに夏祭が描かれているので、収穫祭を書いても同じことの繰り返しみたいで面白くないかな、と思ったんです。
 ラウルが女顔、という設定、本編では今のところ明記されておりませんが、これは単に私がイラストを書くと男も女も同じ顔になる、という、ただそれだけのことから生まれたシロモノです。なので実際のところはどうなのかというと……。まあ、女装してもそれなりに見られる顔、とだけ言っておきましょうか(^_^;)

 国の祖となった双子の姫ローラとライラの設定は、この話を書く最中に固まったものです。結局「未来の卵」ではあまり取り上げられず、「月に捧ぐ歌」でようやく日の目を見ました(^^ゞ
 この話は北大陸ではかなりポピュラーで、童話だけでなくお芝居にもなったりしています。ラウルは中央大陸出身なので知らなかったみたいですが、実は番外編《追憶の青》でもちょっと出てきてるんですよ(^^ゞ


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