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第一章 遥かなる場所を目指して


1.

 『彼』は堅物だった。
 29歳の若さで外宇宙調査船の船長に任命された彼は、優秀な頭脳と正確無比の判断力、そして人の上に立つ者にとって欠くことの出来ない指導力に長けた、完璧人間だった。
 だが彼には足りない能力があった。臨機応変な頭脳。つまり柔軟さである。そんな彼は周りから『ファジー機能の付いていないコンピュータ』と呼ばれ、敬遠されていた。故に彼は常に孤独とお友達で、船長席にポツンと座っている。が一度出番がやってくると、途端に存在をアピールし出す。こんな所もコンピュータとそっくりだった。
 そんな彼が船長を務める外宇宙調査船『アンディー1』は、アンドロメダ銀河を調査する目的の宇宙船である。長期にわたる予定の航海はつい一ヶ月程前に始まったばかり。船も船長も乗組員も全て新品。人類最初のアンドロメダ調査という偉業を成し遂げるべくして旅立った、記念すべき船なのだ。
 希望に胸を膨らませていた乗組員は、航海第一日目早々この船に乗ったことを後悔し始めていた。それは宇宙船の居心地の悪さでも、重大任務によるプレッシャーでも、また仲間同士うまくいっていないのでもなく、船長についてである。
 船長が勤務時間を終えて自室に戻った後のブリッジには、そんな船長に対する不満を口にする唯一の時間を共有すべく、乗組員達が集まってきていた。
「頭でっかちってああいう人のことを言う為に生まれてきた言葉よね、まったく」」
 通信士の女性が静かな怒りを込めて言った。
「今日なんて、化粧室から戻るのが遅いって言うのよ。生理的要求は最優先事項でしょうが」
「そう言えば、船長が勤務時間中にトイレに行く所って見たことありませんね」
 航海士が首を傾げる。
「俺なんかちょっとボーッとしてただけで怒鳴られたんだぜ? 自動操縦中の船で、俺に何をやれって言うんだよ」
 操縦席の男性が返す。確かに調査船は、離陸と着陸以外に操縦する必要がない。あとは船の人工知能が、事前に設定されたコースで進めてくれる。操舵士は不測の事態に備えているしか仕事がないのだ。
「僕は本を読んでて叱られました」
 今も本を読んでいた航法士が言った。彼も操舵士と同じく、不測の事態に備えることが仕事となっている。何しろ彼の仕事は、宇宙空間の星の位置や様々な法則を考慮してコースを定めることなのだから。
「あたしだって、雑誌読んでて怒られたし、お菓子食べてて怒鳴られたし、家族と交信してたら長いって叱られたし」
 オペレーターの女性の言葉に通信士は溜息をついて、
「あなたのは当然! ほら、またキーボードの上にクッキーがこぼれてるわよ」
 と注意した。このオペレーターに関しては船長の怒りも当然なのだが、他の三人については行き過ぎた注意と言えよう。
「最近のコンピュータは冗談まで言えるってのに、あの船長ときたらなあ」」
 操舵士の言葉に、航法士が、
「コンピュータ、コール」」
 と人工知能を呼び出す合言葉を口にした。
『あんでぃーデス。御用ハ何デショウ?』
 男声が天井のスピーカーから流れる。
「何か面白い話をして下さい」
 航法士の言葉に『アンディー』が応える。
『白イ犬ハ尾モ白イデスネ』
 ブリッジに白い空気が流れる。
「……アンディー、誰に習ったの? その一世紀も昔のギャグ」
『私ノ製作者デスガ、ツマラナカッタデスカ』
「ちょっとね」
『デハ次マデニ新シイねたヲ仕入レテオキマショウ』
「……誰だよ、『アンディー』作ったの? こんな人間らしい奴、初めてだぜ」
 操舵士が小声で航法士に尋ねる。と、それを聞き取ったらしいアンディーは、
『私ノ製作者ハ、ぷろふぇっさーOトイウ方デス』
 と自慢げに言った。航法士が小声で、
「研究所きっての『ダジャレおやじ』だそうですよ」
 と付け足した。
「ねえアンディー。目的地のアンドロメダまであとどれ位?」
 通信士が尋ねる。アンディーは、
『あんどろめだマデハ、アト200日ヲ予定シテオリマス。月ニ直スト約七ヶ月デスネ。マ、気長ニイキマショウ』
「あと七ヶ月もあの船長と一緒なんて……」
 通信士は深い溜息をついた。
『オ気ノ毒ニ』
 アンディーが言った。
「お前はいいよな。何の文句も言われないんだから」
『トンデモナイ! 口数ガ多イト言ワレマシタヨ。困ッタモノデス』
 アンディーは本物そっくりの溜息までついてみせた。
「機械にまで小言言ってるんですか、あの人」
「大した人だね、まったく」
 操舵士は肩をすくめた。


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