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| 第二章 |
1. 「……何だ、ここは? 船の中か? いや、そんなはずは……」 どこまでも広がっている青い空間。上限のない空からは無数のコードが伸び、先についた電球が光っている。立っている地面はどこまでも続いているようで、地平線は見えなかった。 コンッ、と、彼の足に何かが当たった。 「ん?」 呆然としていた彼はハッとして、その何かを拾おうと身を屈めた。 「電球か」 それは星の形をした電球だった。随分と使われていたのだろうか。黒く汚れている。 「ありがとう」 突如として声が上がった。明るい少年の声だ。彼が振り向くと、そこには白いはしごがあった。大人の身長の二倍はある高いはしごだ。支える壁もないのに、はしごは斜めに傾いて停止している。そしてその途中の段に、声の主は足をかけて彼を見つめていた。 「こっちに投げてくれる?」 青い瞳の少年だった。呆然としている彼を見て首を傾げる。 「どうしたの? 早く投げてよ」 「あ? ああ、ほら」 彼はハッとして電球を投げてやった。電球は緩やかな曲線を描いて、少年の手に収まった。 「ありがとう!」 少年は笑顔で言うと、半ズボンのポケットから取り出した布で電球を磨き始めた。電球はみるみる綺麗になっていく。 すっかり電球が綺麗になると、少年は頭上にぶら下がっているコードのうち電球のついていないコードを引き寄せて取り付けた。 「これでよし。おじさん、ありがとうね」 「おじさん!?」 まだ二十代でおじさん呼ばわりされて、彼はムッとしたが、そのせいで本来の落ち着きを取り戻した。 「君は一体誰だ? 何故この調査船に乗っている!? いや、そもそもここはどこなんだ? 私は部屋のドアを開けたはずなのに、どうしてこんな所に……」 言っているうちに、また頭が混乱してきた。 そんな様子を黙ってみていた少年は、彼が沈黙したのを見て口を開いた。 「ここは 「 「じゃあ、おじさんはここがどこだと思うのさ。 そう言われて彼は言葉に詰まった。確かに、どう考えてもここは調査船の中ではない。それだけは納得している。だが彼は、自室のドアを開けたのだ。 この空間は余りに広い。どう考えても調査船の中には入らない。それどころか、建物の中だとしたら、それは今まで見たこともない位広い建物ということになる。だがここが建物の中でないとしたら、頭上にぶら下がっている無数の電球は一体どこから伸びているのか。 「ここは宇宙(そら)の天井。そして僕は『星の子供』だよ」 そう名乗って、少年はするするとはしごを降りてきた。 「今日の仕事はこれでおしまい、と……。あれ、何でおじさんはここにいるの?」 それは彼の方こそ聞きたかった。 「おかしいなぁ、おじさんは生きてる人だもんね、ここに来ることなんて出来ないはずなのに……」 考え込む少年。 「生きてる人?」 「そう。だってここは……」 少年の声が段々フェイドアウトしていく。同時に彼の目の前が黒くなって……。 「船長!」 突然の呼び声に彼は振り返った。と、そこには操舵士が立っていた。怪しい物をみるような目で彼を見つめている。 (ここは、私の部屋か) 彼は自室の中に一歩踏み出した格好で固まっていた。傍から見れば、さぞかし妙なポーズだったことだろう。彼は慌てて姿勢を正した。 「どうなさったんですか、船長」 「あ、ああ、いや、少々めまいがな。いや、気にしないでくれ」 慣れない嘘だったが、操舵士は納得したようだった。 「体調が悪いようでしたら、無理せずに医務室に行って下さいよ。船長はこの船の要なんですから」 ちょっとおだて過ぎかな、と思いつつ、一礼して立ち去ろうと踵を返した操舵士、その背中に、思わぬ言葉がかかった。 「ありがとう。君も体調には気を付けたまえ」 え、と操舵士は振り返り、船長の顔を見て、はいと頷いた。船長は少しだけだが笑っていた。嬉しそうに、笑っていた。 操舵士が去ってから、船長はふと今の自分の言動を思い起こした。 (今まで、ねぎらいの言葉などかけたことがあったか? いや、なかったな……) 今まで自分の中で張りつめていた何かが、ふと緩まったように彼は思った。 (『ありがとう』か……。そういえば最近、言ったことも言われたこともなかったような……、いや、ついさっき言われたのか。あの少年に) 彼の脳裏に、先ほどの少年の言葉が蘇った。 ――ありがとう! ―― こんなにも素朴で素直な感謝の言葉は久し振りだった。 (『ありがとう』か……) 彼は自分が微笑んでいることに気付いた。だが、微笑むことが数ヶ月振りだということには気付かなかった。 |
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