「庭園」没原稿 その4


「ぅわっ、なんだここっ」
 そこは、一面の銀世界。最初に見た庭園と少し似た雰囲気だったが、降りしきる粉雪が全てを覆いつくしてしまったのか、花壇と道の区別すらつかない。
「ここに、何がいるってぇ?」
 探そうにも、こう雪が降っていては少し先を見通すことすら出来ないではないか。第一、この寒い中、こんな薄着で立ち尽くしていたら、たちまち凍えてしまう。
(駄目だ、とにかく一旦引き返して……)
 くるりと踵を返した途端、突然背後から暖かい風が吹いた。
 いや、違う。頬に触れるこれは、腕だ。抱きしめるように回されたそれは、ほっそりとした白い腕。
 それならば、背中に当たる柔らかなものは、そしてつむじにかかる、かすかに甘い息は――。
《         !》
 歌うような声。聞いたこともない言葉が、何故かはっきりと意味を伴って脳裏にこだまする。
 ――愛しい黒髪の坊や!――
 ぎょっとして、首をめぐらせる。
 今まで、そんな風に呼ばれたことは一度もない。声にも、全く聞き覚えはない。それなのに、その響きがなぜだか無性に懐かしくて。
「あんた――」
 舞い散る雪に遮られて、その姿をはっきりと見ることが出来ない。辛うじて見えたのは、風に靡く艶やかな髪。この白銀の世界で唯一色彩を帯びた、その翠緑色の――
「あんたは、誰なんだ!?」
 吹雪に負けじと怒鳴る。それでも、答えは返ってこない。代わりにするりと腕が解けて、日溜まりのような心地良さが離れていく。
《     !》
 行きなさい。そう言われたような気がして、慌てて振り返る。その途端に吹雪が視界を埋め尽くした。
 あまりの激しさに目を開けていられなくなって、それでも無我夢中で手を伸ばす。
「おいっ!! ちょっと待てよ、誰だあんたっ――」
 唐突に、轟音が止む。恐る恐る目を開けると、そこには静謐とした庭園が広がっていた。先ほどまでの吹雪がまるで嘘のようだが、大量の雪だけがその名残を留めている。
「くそっ、何だってんだ、一体!?」
 腹立ち紛れに足元を蹴りつけるが、ふかふかとした雪に足跡がくっきりとついただけ。ああもう、と呟いて、顔を上げる。
 道の先には、雪に覆われた門。その向こうから漏れる光は、何故か懐かしい色をしていた。まるで「おいでおいで」をしているように、ゆっくりと明滅する光。
「……行きゃいいんだろう!」
 雪を掻き分け、門を目指す。近づくごとに雪は深くなっていたが、不思議と冷たくはなかった。そうして全身雪まみれになりながら、やっとのことで門に辿り着く。
「もう何が出てきても驚くもんか!」
 ここまできたら、もう躊躇してなどいられない。腹をくくり、ずかずかと光の中に足を踏み入れていく。
その5へ続く

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