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金冠鳥の囁き
 質実剛健を絵に描いたような謁見の間で、若き女王は受け取ったばかりの依頼品を手に、満足げに唇の端を引き上げた。
「うむ。さすがは『北の塔』謹製の封印球だ。うちの宮廷魔術士はどうにも魔具の作成が苦手でな。長時間の使用に耐える封印球を作れないのだよ」
 女王直々の依頼を受けて『北の塔』の魔術士が作成したのは《音の封印球》と呼ばれる魔法道具だ。音を封印し、好きな時に再生することができるこの道具は、魔具の中では比較的単純な部類だが、庶民には到底手が出せない高級品である。
  そんな高級品を、女王は謁見や会議の記録用に愛用しているという。通常は書記官が記録するものだが、もっと確実な証拠を残すためにと高価な魔具を惜しみなく利用するあたりは、伝統よりも効率を優先させる彼女らしいやり方だ。
 老齢を理由に隠居した父王に代わり、未婚のまま即位して二年。《氷雪の女王》の呼び名は、雪のように白い肌を讃える意味もあるが、時に冷酷なほどの合理主義を突き通す気質を揶揄するものでもある。
「改めて礼状を送るが、まずはお前からユリシエラに礼を言っておいてくれ。ヴァイス家の三男坊」
「その呼び方は勘弁してくださいよ、陛下。今のオレは『北の塔』の雑用係っす」
  山奥の『塔』から依頼品を届けにやってきた魔術士ハルは、そう言って照れくさそうに頭を掻いた。中流貴族の三男坊である彼は、魔術の才を見出されて『北の塔』に召喚されたという異色の経歴を持つ魔術士だ。
「大体、オレが陛下と面識があるからって、事あるごとに使い走りにされるのは納得いかないっすよ」
「お前が余計なことを吹聴して回るからだろう。自業自得だよ」
 にこりともせずにそう答え、ふと思い出したように目を細める若き女王。
「そう言えば、あの金冠鳥を運んできたのもお前だったな」
 ――それは、まだ彼女が《白亜の姫》と呼ばれていた頃。見習い魔術士として修行に明け暮れていたハルに、ある日突然言い渡された仕事こそが『ライラ国の姫に鳥を届けること』だった。
「あの時は、箒のヤローが調子に乗って飛ばすもんだから、酷い目にあったなあ」
 ぼやいてみせるハルだが、実はそれだけではない。 その名の通り金色の冠羽を持つ金冠鳥は、聞いた音を完全に再現することが出来るという賢い鳥だ。その性質をうまく利用できないものかと考えた姫の依頼を受け、塔の魔術士が伝手を辿って調達してきたものだが、運搬途中の雑談を勝手に覚えた挙句、姫の前で高らかに繰り返したものだから、それはもう見事な赤恥を掻いた。
「そういやあの鳥、元気っすか?」
「ああ、勿論だとも。今はちょうど使いに出しているんだが……」
 その言葉を聞いていたかのように、頭上から聞こえてくる軽やかな羽音。
「おや、もう帰ってきたのか?」
 飾り窓から舞い降りた金の小鳥は、差し延べられた白い手にふわりと止まって歌い上げるように囀り出す。

『やあ、ジーナ。もう薔薇が美しい季節になったよ。陽の光を浴びて咲き誇る薔薇の花を見るたびに、艶やかに笑う君を思い出す。……今度はいつ会えるかな? 薔薇が散ってしまう前に、遊びに来てくれると嬉しいよ』

 蕩けるような、甘い囁き。 唖然として飼い主へと目をやれば、そこにはそっぽを向いて動揺を隠そうとする、“恋する乙女”の横顔があった。
「陛下。耳まで真っ赤」
「――お前は何も聞かなかったし、何も見なかった。いいな」
  地の底から響くような声。氷海よりも冷ややかな蒼の眼差し。《氷雪の女王》の冷酷なる『命令』に、ハルは慌てて諸手を上げる。
「オレはご依頼の品を届けに来ただけっす。何も聞いてませんし見てません」
「それでいい」
 真紅から蒼白を経て、ようやく普通の顔色に戻った女王は、まったくもう、と首を振った。
「物覚えはいいんだが、どうにも気まぐれで困るよ、この子は」
「訓練不足じゃないっすか」
 からかうハルの肩に、ひょいと飛び乗る金冠鳥。おや、と小首を傾げる女王陛下の前で、金の小鳥はおもむろに嘴をもたげ――。
『深窓の姫君、白亜の姫なんて言われてるけど……大したことないぜ?』
「ぎゃー! お前、なんで三年前のこと未だに覚えてるんだよ!」
 慌てふためくハルの肩を蹴って飛び上がり、再び主の元へと舞い戻った金冠鳥は、勝ち誇ったようにキュロキュロと本来の鳴き声で一節歌い上げ、そして甘えるように主の首筋に頭を擦りつける。
「よしよし。お前は賢いな」
 乱れた冠羽を整えてやりながら、苦笑を漏らす女王。そしてすいと頬を引き締めると、威厳に満ちた声で謁見を締め括る。
「遠路遥々ご苦労であった。『北の塔』の魔術士よ。今後ともよろしく頼むぞ」
「もうこりごりっす」
 最後まで軽口を叩く魔術士に、女王はやれやれ、と肩をすくめたのだった。
おしまい

 こちらは第4回 Text-Revolutionsで配布したペーパーの裏側に載せた掌編です♪
 300字SSポストカードラリーに出した「秘密の庭」と連動したお話になっています。
 作中に出てくる魔術士ハルは「魔法使いの七つ道具」で登場した『北の塔』の”口の減らない”初級魔術士。
 『北の塔』はライラ国の山中にありますが、自治を認められているのでライラ国に属している訳ではありません。ただ、こうして王家の依頼を受けたりすることはよくあるようです。
 ちなみに、お隣ローラ国と同じく、こちらも王家の第一王女は「ライラ」の名を冠しています。なのでこちらの若き女王も本名はライラですが、なにせ一族にライラがいっぱいいるので、親しい人からはミドルネームの一つである「ジーナ」で呼ばれているようです。
2016.10.13


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