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 六歳の誕生日を前に、私には初めての友達が出来た。園丁の孫テオが見習いとしてお城で働くことになり、年が近いこともあって『姫様の遊び相手』として正式に任命されたのだ。
 テオはとても優しい男の子で、庭仕事の合間を縫って、自分でも覚えたばかりだという植物の話をたくさんしてくれた。
 そんな彼に例の本を見せたのは、やはり子供心にも納得がいかなかったからだと思う。
「あのね、こういう誕生日会がしてみたいの」
 一番のお気に入りである『三月姫の誕生会』の頁、色とりどりの花に囲まれた庭園の様子を見せると、テオはじっとその頁を見つめて、うーんと顎を掴んだ。
「三色菫にタンポポ、雛菊……これは香雪蘭かな? みんな草の花だね。もっと南の方なら、三の月でも咲いているところはあると思うけど、この国では難しいかな」
 花に詳しい彼がそう言うなら、それは覆せない真実なのだ。一年越しにようやっと納得して、大きな溜息を()く。
「みんなにそう言われたの。魔法使いにでも頼まないと無理だって」
 北の山脈にある『塔』の魔術士なら、季節外れの花を咲かせることなんて朝飯前だろう。しかし、彼らに依頼するにはそれ相応の報酬が必要で、常に大自然の驚異と戦い続ける小国にそんな余裕はない。まして『姫の誕生日に花を咲かせたい』などという理由で国庫に負担をかけることなど、出来るわけがなかった。
「お庭も、まだ雪がいっぱいだもんね」
 短い夏を楽しむために作られた城の庭園は雪にすっぽりと覆われてしまって、入ることすら困難だ。そこで園遊会をしようと思えば、まず雪かきをしなければならないだろう。そうやって雪を取り除いたとして、今日のように朝から雪が降りっぱなしだったら? 誕生会の最中、ずっと誰かが雪かきをする? 食卓の上に大きな傘を広げる?
 考えれば考えるほど、『三月姫の誕生会』は現実的ではなくて。
 しんしんと降り積もる雪のように、溜息ばかりが心に積み重なって、その重さで気持ちが沈み込んでいくのが分かる。
 折角の誕生日なのに。みんながお祝いしてくれるのに。また、去年のように一日中むくれて、みんなを悲しませてしまうのか。
「ああ、そうだ!」
 唐突に、テオが大きな声を出して立ち上がった。そのまま、何かぶつぶつと呟きながら室内をうろうろと歩き回ったかと思えば、はたと立ち止まって戻ってくる。そして。
「待ってて、ジーナ。すぐには無理だけど」
 私の手を取り、私の目をまっすぐに見つめて。
「僕がきっと、君の願いを叶えてみせるから!」
 若干九歳の園丁見習いテオは、声高らかにそう宣言したのだった。
「ありがとう、テオ!」
 私の夢を否定しなかったのはテオだけだった。それどころか、叶えてみせると言ってくれた。それだけでもう嬉しくて。
 だから、その夢が叶わないとしても、私は幸せだ。

 こうして、幼い私の夢は彼の言葉で満たされた。
 以来、私は無理難題で周囲を困らせることもなく、楽しい誕生日を過ごすことが出来た。
 だからこそ、というべきか、それ故にというべきか。
 私は、この幼い約束を、心の奥底にある『だいじなたからもの』の箱にしまいこんでしまったのだ。
 それはもう、厳重に。しっかりと、鍵をかけて。


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