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青息吐息
 感情が目に見えたなら、きっと気持ちも伝わりやすいだろうに。
 うっかりそんなことを口にしてしまったのがマズかった。
「それは名案ね!」
 俄然張り切ってしまったお師匠様が、『北の塔』一の凝り性と名高い『極光の魔女』に話を持ちかけたところで、もう嫌な予感はしていたのだ。

「完成しましたわよ~!」
 出てきたのは、硝子の瓶に入った紫色の液体。ぱっと見は果実酒のように見えるが、微妙に発光しているあたり、まともな飲料でないことは間違いない。
「さあ、飲んでみてくださいな」
「なんでオレが実験体になる前提なんスかー!」
 抗議してみたものの「言い出したのはアンタじゃない」の一言で却下された。
「また全身光ったり、まだらになったり、手足が透けたりするのはごめんっス!」
「今度こそ大丈夫だってば!」
 その台詞を聞くのは何回目だろうか。しかしまあ、今のところ命にかかわるような副作用は起きていないから、そこだけは信用していい――のか?
「これでまた想定外の効果が出るようなら、もう協力しないっスからね!」
「分かりましたわ」
「それでいいわよ」
 ごねられるかと思ったら、思いのほかすんなり要求が通ったので、ちょっと驚いた。
「だって、ジジイ共が『弟子を実験動物扱いするな』ってうるさいから」
 どうやら、他の魔術士達から苦情が入ったらしい。偏屈爺だらけだと思っていたが、常識的なものの考え方が出来る魔術士もいるようだ。
「自分達のことを棚に上げて、よく言うわよね」
「あの方達だって、昔はよく周囲を犠牲にしてましたのにねえー」
 不穏な単語が混じっていた気がするけど、そこは聞かなかったことにしておこう。
「じゃあ、飲むっスよ」
 覚悟を決め、瓶に口をつける。これまでの薬はろくでもない味だったから、舌が味を感じる前に飲み込んでしまうのが吉だろう。
 一気に瓶を傾け、紫色の液体を喉に流し込む。口に残る後味はわずかに甘いだけで、苦みもえぐみも感じなかった。これなら味わって飲めば良かったか。
「……ちなみに、どんな効果が出るんスか?」
 そういえば、肝心なことを聞き忘れていた。
 感情が目に見える、と一言で言っても、考えられる効果は様々だ。例えば「思ったことが文字として顔に浮き出る」なんてものだったなら、日常生活に支障を来たすことは間違いない。
「こんな短時間で、そんな複雑な魔術式が組めるわけないでしょ。これはね、吐く息が感情に合わせて色づく薬よ」
 この瞬間、オレの口からどっと漏れた溜息は、紛う方なき『黒』だった。

「大成功ね!」
「嬉しくない!」
「ちなみに今のお気持ちは?」
「悲しみと怒りと諦めと情けなさと――ああもう、自分でもよく分かんないっスよ!」



魔法薬『七色吐息』

 吐く息が感情に合わせて色づくようになる。色は人によって多少の差異があるものの、概ね「喜び=黄色」「悲しみ=青色」「苦しみ=紫色」「怒り=赤色」「恋慕=桃色」「恐れ=緑色」に分類される。(複雑な感情を抱いている場合、色が混ざって最終的に黒くなるため、判別が困難となる)
 効果持続時間は約一刻。


Novelber 2020」 02 吐息
 twitter上で行われていた「novelber」という企画に参加させていただいた作品。テーマは「吐息」。
 お題を見た瞬間「青息吐息」という四字熟語が脳裏を過った挙句、こんな話に。
 ハル君、発想力は素晴らしいのになあ……。

(初出:Novelber 2020/2020.11.02)
2021.02.03


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