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 茨に守られた扉の向こう、光溢れる小さな庭で、今年も君は泥だらけになって笑う
 二人だけの秘密の庭で、短い夏を謳歌するように――


 初めて連れて来られた王城は、真冬だったせいもあって、まるで御伽噺に出てくる『氷のお城』のようだった。中には氷の女王がいて、訪れるものをすべて氷漬けにしてしまう――勿論、そんなはずがないと分かってはいる。このお城に暮らしているのは心優しい国王陛下と、《白亜の姫》と名高き王女だけ。お妃様は姫が産まれた時に亡くなっているから、氷の女王なんて物語の中にしか存在しないのだ。
「ほら、足元に気をつけるんだ。あちこち凍りついているからな」
 祖父に手を引かれて、おっかなびっくり跳ね橋を渡る。城門をくぐり抜けた先には雪に覆われた前庭と、優雅な曲線を描く石の階段。その先には、巨人だって通り抜けられるほど大きな、両開きの扉。その先に入ることは叶わないだろう。だって僕は――園丁の孫だから。
「おじいさん、お庭はどこにあるの?」
「ああ、明日になったら案内してやろう。今日は疲れただろうから――」
「セルゲイ、戻ったか」
 穏やかな声にはっと顔を上げると、目の前に男の人が立っていた。真夏の森のような瞳、丁寧に整えられた亜麻色の髪。毛皮の縁取りを施した外套はとても暖かそうで――あれ? なんか今、外套がもぞもぞ動いたような……。
「陛下!」
 慌てた様子で深く頭を下げる祖父。陛下、と呼びかけたからには、この男の人が――国王陛下!?
 あまりの驚きに、頭を下げることも忘れて立ち尽くしてしまったら、祖父が慌てた声を上げそうになったけれど、それより前に当の陛下が穏やかな笑みでそれを制した。
「そう畏まらずともよい。お前がセルゲイの孫か。なるほど、目鼻立ちがよく似ておる。名はなんと言う?」
「テ、テオです!」
 緊張のあまり声がひっくり返りそうになったけれど、必死に堪える。横で祖父が冷や汗を掻いているのが見えたけれど、陛下はそうかそうか、と目を細めて、すいと僕の手を取った。
「城仕えをするからには、お前も立派な私の臣下だ。セルゲイによく教わって、庭造りに励むのだぞ」
 臣下――。それはまるで、初めてもらった勲章のようで。あまりの嬉しさに、「はい!」と答えるのが精一杯だった。
「もったいないお言葉でございます、陛下」
 僕以上に恐縮する祖父に、陛下は朗らかに笑う。
「セルゲイの腕前は国一番だからな。園遊会を行うたびに、各国の客人から質問攻めにあうのだよ。このような厳しい環境で、どうやってこんなに美しい花を咲かせられるのかと。お主の祖父は奇跡の腕を持つ園丁だ。よく習いなさい」
 それから、と急に声を潜めて、おもむろに外套を翻す。
「きゃっ!」
 かわいらしい悲鳴が聞こえたかと思ったら、外套の中から(まろ)び出てきたのは、黒髪の女の子だった。僕よりも三つ四つ年下だろうか。薔薇色のドレスを着て、肩で切り揃えられた髪には銀の飾りを挿している。
「こら。隠れていないで、きちんと挨拶するんだ」
 背後に隠れようとする女の子を、陛下がやんわりと前に押し出した。恥ずかしそうに俯いてしまった女の子の両肩に手を置いて、陛下が困ったように小さく笑う。
「娘は恥ずかしがり屋でね。ほら、自己紹介をしなさい。そのために来たのだろう?」
 ううー、と指をつつき合わせて、しばし葛藤していたらしい彼女は、ようやく覚悟を決めたらしく、ぐいと顔を上げた。
「はじめまして! わたしはライラ・ロジーナです!」
 春を告げる小鳥のような、可愛らしい声。雪のように透き通る肌をドレスと同じ色に染めながら、それでもまっすぐに見つめてくる薄青の瞳は、まるで永遠に溶けない氷の結晶のように煌いて。
 氷の女王なんかじゃない。この城にいたのは、優しい王様と白雪の姫君。
 冬の国と呼ばれる北の小国ライラ、山脈の中ほどに聳え立つ王城は、その厳しい環境とは裏腹に、まるで春の陽だまりのように暖かな場所だった。


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