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番外編 追憶の《青》 [終章]

「……それから、どうなったんですか?」
 少年の言葉に、長い話を終えたラウルはふぅ、と短くため息をついて答える。
「どうもこうもないさ。アステルは故郷へ戻り、一座は街を去った。それでお終いだ」
 看板女優を失った一座の話、そしてその看板女優と一時期付き合っていたらしいラウルの話は、それからしばらくあちこちで囁かれていたが、やがてそれらは新たな話題へと移り変わっていき、そして彼らを思い出すものは誰もいなくなった。
 あれは、夏の幻だったんだ。事情を知りたがるリゲルとジェットに、ラウルはただそうとだけ告げて、あとは何も話そうとしなかった。
 そう、あれは夏の見せた幻。儚くも美しい、青い花の幻。
 自分にそう言い聞かせ、あの出会いも、あの日々も、幻だと思い込もうとした。月日が流れ、全て忘れたと思っていた。それでも。
 ―――ラウルちゃん!―――
 記憶の彼方から響く声。脳裏に映し出される華やかな笑顔。
 永遠に失われてしまったはずの彼女は、彼の心の中で生き続けていた。そして今、青い花に呼び覚まされて、こんなにも艶やかに蘇る。
 黙り込むラウルをマリオは不思議そうに見つめていたが、ふとこんな事を言ってきた。
「そうだラウルさん。この花の花言葉って知ってます?」
「花言葉?」
 首を傾げるラウルに、マリオは小さく笑って言った。
「純粋。それがフェリキア……この青いヒナギクの花言葉だそうですよ」
 恐らくはエリナに教えられたのだろう花言葉。それはまさに、彼女にふさわしい花言葉だった。
 限りなく純粋に、心の赴くままに咲き誇り、そして艶やかに散った青い花。
「素敵な人だったんでしょうね」
 そう呟くマリオに、ラウルはああ、と頷いた。
「とびきりの、いい女だったよ」

 大分後になって、風の噂にアステルの死を知った。
 彼が身罷ったその日。北大陸の辺境の地で、あの花はひっそりと咲いた。
 季節外れの青い花。フェリキアという名の、可憐な花。
 あの時言えなかった別れの言葉を告げに来たのか。それとも、ただの偶然に過ぎないのか。
 真実を知るものは、誰もいない。

 記憶の中、鮮やかに咲き続ける青い花。
 フェリキア。それは、追憶の《青》―――

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