<<  >>
epilogue


 ようやく最後の積荷を船倉にしまい終えて、船員達は出航の準備に追われていた。
「おーい、お客さん」
 声をかけられて、驚いたように振り向く神官。その様子に首を傾げながら、若い船乗りはくい、と後方を指して
「船室の準備が出来たから―――」
 案内する、と言いかけて、吹き抜ける風に帽子を飛ばされそうになる。慌てて頭を押さえた途端、目の前を一枚の紙切れが掠めていった。
「ぅわっ……」
 咄嗟に手を伸ばしたが、紙切れはその手をすり抜けて船縁を越え、揺れる海面に吸い込まれていく。
「あーぁ……」
 残念そうに呟きつつ、ふと横を見れば、同じように水面を見つめる神官の姿。
「ああ、すまねえお客さん。あんたのだったか」
 取ってこようか? と手すりを掴む船員に、神官は慌てて手を振った。
「いや、いいさ。大したもんじゃない。気にしないでくれ」
「そうかい? ならいいんだけどよ」
 ほっとしたのも束の間、背後から飛んで来る船長の怒号。
「何やってる!? 早くお客さんを案内せんか、このうすのろめ」
「あわわ、今すぐ! ついてきてくれ、案内する」
 ひゃっと飛び上がり、わたわたと歩き出す船員。それを追いかけようとして、煌く水面をもう一度振り返る。
「お客さん!」
「ああ、今行く!」
 急きたてる船員の声に怒鳴り返し、晴れ渡った空を仰ぎ見る。海鳥達が飛び交う空はどこまでも青い。その色を映した海は、どこまでも広がっている。
 よし、と呟いて、ラウルは水平線の彼方に目を向けた。
「―――行ってやろうじゃないか、北大陸へ!」


 出航を告げる鐘の音が鳴り響く。
 錨が上げられ、帆に風を受けて、ゆっくりと岸を離れていく貨物船。
 誰もいない桟橋に、波の音だけが響く。
 波間に揺れる、小さな手紙。
 寄せては返す波に弄ばれ、綴られた文字はすでに読み取れない。
 滲み行く思いを偲ぶように、どこかで海鳥が鳴いた。猫の声色を真似て、ニャーオ、ニャーオと―――。


『 これが最後の手紙になるでしょう。
  私はこれより、西大陸へ旅立ちます。
  今までありがとう。どうか、元気で―――

    追伸・おまえのこと、ちょっと好きだった 』


Voice・

<<  >>