<<  >>
第一章[6]

「……こんなもんか」
 そう呟いて、ラウルは袋の口を固く閉じた。肩紐を調節し、長椅子の上に放る。
「意外にかさばったな……」
 長旅とはいえ、荷物は随分と小さくまとめられていた。なにしろ、ラウルの持ち物自体が少ないのだ。衣類や食糧をつめただけのその荷物は、彼が一年ほど前に中央大陸から渡ってきた時の荷物とさほど変わってはいない。
 唯一追加されたものといえば、同行する少女の衣類くらいだ。唐突に同居人となった少女は身の回りのものなど持っているはずもなく、差し迫って必要だった衣類はレオーナをはじめとする村の女達が縫ってくれた。子供達からのお下がりも沢山もらったので、いまや少女はラウルよりも衣装持ちだ。それなのに彼女は服を着ることを嫌がって、いつも薄着に裸足と季節を無視した格好で過ごしている。村人は分かっているからいいが、外の人間がこれを見たら目を剥くだろう。
(……明日からは、どんなに嫌がってもちゃんと着せないとな)
 些細なことでも、疑い出したらきりがなくなるのが人間というものだ。まして、まだ冬の寒さが残るこの時期に薄い服一枚では、見ている方が寒くなる。
「さて、もう寝るか……」
 窓の外に広がる漆黒の闇が一層濃くなってきたのを仰ぎ見て、ラウルは暖炉の火を落とした。戸締りを確認し、窓の鍵まで丁寧に掛け終えてから寝室へ入ると、中から安らかな寝息が聞こえて来る。
 壁際に据えられた小さな寝台。村人達が彼女のためにとわざわざ拵えてくれたその寝台で、少女はすやすやと眠っていた。
 光の竜である彼女は、夕日が沈むと共に眠りについてしまう。おかげで夜の間は彼女に振り回されないで済み、ラウルにとってこの三ヶ月間、夜はまさに安息の時間だった。
「ったく、もうこれかよ……」
 寝かしつけた時はちゃんと毛布を掛けていたのに、見事にはみ出して眠っている。彼女には寒いとか暑いといった感覚があまりないようだし、まあ竜なのだから風邪を引くなんてことはないと思うのだが、それでも腹を出して寝られては気になるというものだ。
「なんつー寝相だよ」
 文句を言いつつもしっかりと毛布を掛け直してやるラウル。安らかな子供の寝顔は、ただそれだけで言いようもない安らぎを見るものに与える。まるで、この世に苦しみや悲しみなど存在しないかのように、どこまでも穏やかな微笑を浮かべて眠る少女。
(……寝てりゃかわいいんだけどなあ……)
 世の親なら一度は抱いただろう感想を心の中で呟きつつ、寝巻きに着替えて寝台に滑り込む。そしてふと朝の出来事を思い返し、そっと息をついた。
 ラウルと少女の寝台は離されているから、いかな寝相が悪いとは言え、寝ている間に彼女がこちらに来ることなどないはずだ。それなのに、朝起きると必ず彼女はラウルの隣にいる。それも、人の上でどーんと大の字になっていたり、今日のように寝台から蹴落としてくれたりと、まったく油断がならない。おかげで、眠りにつくたびラウルは、明日は何をされるかと気が気ではなかった。
「……らぅ〜……」
 寝ぼけた声が小さな寝台から響く。人の気も知らないで、と口の中で呟いて、ラウルは目を閉じた。
(あいつが来てからどうにも寝覚めが悪いんだよなあ……。いや、今日は結構すっきり起きられたか……)
 そういえば。
 何か、歌を聞いた気がする。今となっては旋律も、どんな声だったかすらも曖昧な、それでも何故か心のどこかにひっかかる、あれは夢だったのか。
 そんなことをぼんやりと考えていたラウルは、いつしか眠りの中へと引き込まれていった。

<<  >>