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第五章[10] |
月も星も見えない夜空は、なぜか気分が塞ぐ。 低く垂れこめた雲は、ちょっとやそっとでは重い腰を上げる気にはならないようだ。先程から地上を吹き抜ける風は強くなる一方なのに、上空の雲は動く気配すらない。 せめて月明かりでもあれば、この陰鬱な気分も少しは晴れるだろうに、足元を照らすのは仄かな角灯の光のみ。 気を抜くと空がずしりとのしかかってきそうで、必死に顔を上げて歩いていたら、隣を歩く用心棒に不審がられた。 「随分と気合が入ってるな。今からそれじゃ、夜中までもたないぞ」 「だって、空が重くて、首が疲れるんだ」 訳の分からない返答に小首を傾げつつ、角灯を掲げて道の先を照らすラウル。追い風に背中を押されて、気づけば目的地はもうすぐそこだった。 村の外れ、質素な木の柵で囲われただけの共同墓地。その入り口に、門扉代わりに植えられた二本の木が、夜風にざわざわと揺れている。 「ここか……!!」 そのまま駆け出しそうな勢いのローラを慌てて呼び止め、来た道を指差すラウル。 「ちょっと待て。メアリアがまだだ」 「そうだな」 夜食の詰まった籠を抱え、風に翻る服の裾に閉口しつつも、それでも文句ひとつ言わずついて来てくれる侍女を置いていくわけにはいかない。 逸る気持ちを抑え、足を止めて息を整える。その隣で角灯の油を確認していたラウルは、びゅうびゅうと音を立てて吹き渡る風に目を細めた。 まるで夜空が叫んでいるような、胸を打つ響き。村外れの墓地という情景が、風の音までも物悲しくさせてしまうのか。 「空が泣いているみたいだな」 傍らの少女も同じことを考えていたようだ。小さな呟きに肩を竦め、ふと思い出して素早く呪文を紡ぐ。 「どうした? 用心棒」 「闇を見通す術だ。そんなに長くはもたないんだが、お前にもかけておくか」 蹴躓かれて墓石でも倒されては大変だ。返事を待たずに同じ呪文を繰り返し、きょとんと見上げてくる少女の瞼に触れる。 急に伸びてきた手に首をすくめた少女は、恐る恐る目を開けて、そしてその紫色の双眸を真ん丸に見開いた。 「どうだ?」 「凄い! さっきより明るく見えるぞ! こんな便利な術があるなんて、ユークはすごい神様なんだな!」 「曲がりなりにも闇の神だからな。こういう地味な術ばっかりなのが難だが」 こんなことを言うとどこからか文句が聞こえてきそうなので、ほどほどに切り上げて墓地へと視線を向ける。 ここからだと入り口付近しか見通せないが、昼間と変わらず、寂れた光景が広がっているだけだ。 「迷っている奴は……いないな。となると、死者の魂が騒いでいる訳じゃなさそうだが……」 墓地に響く歌声とくれば、真っ先に考えられるのは彷徨える魂だ。それを懸念して昼間も確認に来たのだが、昼の時点でも、そして夜になった今も、特に怪しげな気配は感じない。 「やっぱり、最初の予定通り、歌声を辿って原因を探るしかないってことか……」 それにはまず、歌声が聞こえてこないと話にならない。これは長丁場になりそうだな、と肩を竦めた、その時――。 「聞こえる……」 少女の唇からこぼれた呟きが、風に溶ける。 「聞こえるぞ! ほら、確かに――!!」 「お前の声がうるさくて聞こえないぞ! 静かにしろ!」 興奮気味に喚くローラの口を塞ぎ、そっと目を閉じて耳を澄ます。 最初はただ、風の唸り声と梢のざわめきしか聞こえなかった。そんな夜の二重奏に紛れて微かに響く、透明な旋律。 「これは……!」 目を開けた瞬間、まるで舞台の幕が一気に上がったかのように、雲が流れ、青白い光が墓地を照らす。 そして彼らは見た。 墓地の外れ、白樺の枝にかかる細い月。 そしてその月明かりの下、響き渡る、懐かしい歌――。 |
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