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第五章[14]

 墓地に満ちる静寂は、まるで時が凍りついてしまったかのよう。
 沈黙が支配する闇の中、自身の鼓動だけが耳の奥に響く。
 それはまさに、一世一代の告白だった。これまで築き上げてきた関係をぶち壊すような、衝撃の告白。
 しかし、大事なのは告白の内容であって、返答ではない。だからどのような言葉も甘んじて受けようと腹を括った。しっかりと括った、のだが。
「そうか」
 素の表情で頷かれて、がっくりと肩を落とす。
「用心棒……そんな、あっさりと……」
「生憎と、俺の周りには竜だの神だの不死人だの、妙な連中が揃っててな。今更そこに一人加わったところで、どうってことないさ」
 黒髪の用心棒は動揺しないどころか、逆にふんぞり返って言い放つ始末だ。しかも、仕返しとばかりに物凄い告白をされた気がするのだが、今はそこを追及している場合ではなかったから、ただ素直に込み上げてきた笑いをひとしきりぶちまけて、それからあーあ、とぼやいてみせる。
「用心棒には敵わないなあ」
 この男のように、真実の重みを受け止めてなお笑っていられるようになれるには、どれだけ修行を積めばいいのやら。
「褒めてないだろ、それ」
 途端に不機嫌な顔になってそっぽを向くラウル。でもそれが照れ隠しの態だと学んでいたから、余計な追い打ちをかけることはしなかった。
 こほん、と咳払いをして、話を本題に戻す。
「ええと……、どこから話せばいい?」
「どこからも何も……お前、あの遺言で何が分かったんだ? お前が消えるとか、真実の名がどうのとか、俺には何のことかさっぱり分からなかったぞ」
 確かに、傍から聞いている分には訳が分からなかっただろう。
 ソフィアは王女以外に真実が漏洩しないよう、過剰なくらいに気を配っていた。封印球と魔法陣を組み合わせ、王女本人にしか反応しない術式を組み上げて、それをわざわざ故郷の墓に仕掛ける念の入れようだ。
 それは即ち、『真実』にそれほどの重みがあるということ、そして――真実を暴こうとする第三者が存在するという証拠に他ならない。
「分かったというよりは、真名を還してもらったことである程度のことを思い出した、と言った方が正しいかな。でも――これを聞いたら、多分もう引き返せない。本当なら、これは私一人で抱えなければならない問題なんだ」
 こんなことを言っても彼が退かないことを知っていて、あえて言ってみる。
「何を今更」
 案の定、返ってきたのは呆れ返った声。
「ここまで関わっておいて、肝心のところだけ聞かされなかったらかえって気になるだろうが。そもそも、全てが終わったら何もかも話すって約束だったはずだ。約束したことはちゃんと守ってもらうぞ」
「用心棒……」
 一人で抱え込まないでいいのだと、穏やかな瞳がそう告げていた。言葉とは裏腹の優しさに、今は甘えさせてもらおう。そう決めて、こくんと頷く。
「まず、何から話したものかな……そうだ、これのことから話そう」
 剥き出しの地面に膝をつき、掘り返された箱の中へと手を伸ばす。ひょいと持ち上げた白い石の塊は見た目より軽く、磨きこまれたように滑らかな手触りだ。
「用心棒。これは何だと思う?」
 唐突な問いかけに、ラウルは首を傾げて答えた。
「なんだと言われても……本物の仮面にしてはごついし、彫像の欠片か? でも、それにしちゃ整った形だしな」
 貴族の仮面舞踏会で使われるような、顔の上部のみを覆う形をした仮面。しかし石は分厚く、とてもこれを顔につけられるとは思えない。
「まあ、形はどうでもいいんだ。問題は中身だ」
 墓の前に座り込み、仮面の裏面に刻まれた文字を指でなぞる。常人には見えないそれこそが、少女にとって何よりも大切なもの。
「――これは、契約石というものだ」
「契約石?」
「ああ。これは――とある魔術を行使した際に生成されるもので、ここにすべての契約事項が記されている。まあ色々と細かく書いてあるんだが、その筆頭が『名前』だ」

 まず最初は個体名。これは召喚時に無作為につけられるもので、それ故にそぐわないものもあるのだが、彼女はとてもいい名前だと言ってくれた。
 次は力の大きさ。契約の対価や条件によって大きく異なるものだが、彼女は最上級の条件を以て、持てる限りの力を与えてくれた。その代わりに五年毎の契約更新が必要になってしまったけれど、そんなことはちっとも苦じゃないと彼女が断言してくれたので、気にしないことにした。
 続いては種別。これは最後まで迷ったらしい。彼女が欲していたのは最強の従者ではなく、いつも一緒にいられる友達だったから。

「セシルは個体名、ヴァンは級、ロウレルは種族。《夢幻》云々は後からついた二つ名だ。無理やりに訳すなら、上級幻魔族《夢幻の織手》セシル、といったところかな。それが私の――正体だ」

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