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 夏の太陽はいつまで経っても中空にぶら下がっているものだから、どうにも時間感覚がおかしくなってしまう。
 まだ昼過ぎだと思っていたのに、気づけばとうに夕刻を過ぎていて、まだ明るい空に鐘の音が響く。
 帰らなきゃ。無意識にそう呟いて、ぐっと胸を押さえる。

 ――帰る? どこに?

 烏の嘲笑がこだまする。

 ――他の子はみんなおうちへ帰ったよ。お前はどこへ帰るんだい?

 ああ、うるさい、うるさい!
 烏にさえ(ねぐら)があるというのに、どうして――!

「ここにいたのか」
 不意に響いた声に、肩が震える。
 黒尽くめの神官衣は、まるで地面に伸びた影のようだ。
「帰るぞ」
 夕日色の瞳を細めて、養父が笑う。
「……おう」

 帰る場所がある幸福(げんじつ)には、まだ慣れない。
Twitter300字ss」 第四十五回「帰る」
 養父に拾われてまだ半年も経っていない頃、まだ頻繁に神殿を抜け出していた時期の小話。
 神殿の居心地が悪く、居場所を求めて迷走していた頃ですね。
 しかし、こうやって探し回ってくれる養父や教育係がいて、彼らのそばでなら何とかやっていけそうだと、ようやく分かりかけてきた頃なのではないかと。
 烏の鳴き声を借りた『彼自身の心の声』は、次第に聞こえなくなっていったのではないかと思います。
2018.08.04


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