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竜と少年
 誕生日の贈り物だと言って渡されたのは、表紙にきれいな竜の絵が描かれた絵本だった。
 一瞬でもその絵に見とれてしまったことが恥ずかしくて、ついそっぽを向く。
「ガキでもないのに絵本なんて読むかよ!」
「なに、字の勉強になるからいいだろう」
 そう真顔で答えられ、思わずむきになって言い返す。
「もうこのくらい読めるに決まってるだろ!」
「じゃあ読んでみろ」
 ……なんだか嵌められたような気がするが、読めると言ってしまったのだから読まないわけにはいかないじゃないか。
 ええと、題名は――。
「『竜と少年』……?」
 装飾の多い題字をどうにか読み解くと、正解とばかりに頷かれた。それが悔しくて、急いで頁をめくる。
「……昔々、霧深い谷に、七色に光る鱗を持つ、それはそれは美しい竜が暮らしていました……」
 つっかえないように、ゆっくり、慎重に。
 最初は恐々追いかけていた文字が、美しい挿絵と共に物語を紡いでいくさまは、とても楽しくて。
 わくわくしながら読み進めているうちに、気づけば物語は終盤に差し掛かり、谷に迷い込んだことがきっかけで竜と友情を育んだ少年は、悪の魔法使いを倒し、囚われの姫君を救い出して――。
 そして竜と少年の冒険譚は、少年が褒美や名誉をすべて投げ打って城を飛び出したところで終わりを迎えた。
「……少年にとって何よりも大切だったのは、財宝でも、美しい姫君でもなく、喜びも悩みも苦しみも、すべてを分かち合ってきた、大切な友達だったのです。そうして竜と少年はいつまでも、霧深い谷で幸せに暮らしました。おしまい」
 めでたしめでたし、と結ばれていなかったのは、それが誰もが望むような幸せな結末ではなかったからだろうか。
 そんなことを思いながら本を閉じれば、力強い拍手が鳴り響いた。
「上手に読めたな。いやはや、驚いた」
 どこか得意げな様子で手を打ち続ける養父に、けっと毒づく。
「当たり前だろ」
 誰に教わったと思ってるんだ、という言葉は、どうにか飲み込んだ。
「次はもっと難しい本にしよう。ああそうだ、どうせだから説法集でも持ってこようか」
「誰が読むか! そんな辛気臭いもん!」
 冗談だ、と答えながら、絵本の表紙に視線を落とし、懐かしそうに微笑む養父。
「その本はな、私が小さい頃読んだ中で、一番のお気に入りだった本なんだ」
 意外な言葉に思わず目を見張れば、養父は気恥ずかしそうに頭を掻いた。
「大抵の物語は、勇者がお姫様と結ばれておしまいだ。それまで苦労を共にした仲間も、旅の途中で出会った不思議な友達も、大抵は物語の中に埋没してしまう。だが、その話は違っただろう?」
 姫を救ってくれた褒美に、姫と結婚することを許そう。そんな王様の提案に、少年はきっぱりと首を横に振った。
 出会ったばかりのお姫様よりも、これまでずっと共に過ごし、苦労を分かち合った竜と一緒にいたい。それはどんな宝物にも代えがたい、一番の褒美なのだと、少年はそう答えたのだ。
「自分にとって本当に大事なものは何か。そんなことを考えさせられたお話だ。まあ、そんな理屈っぽいことは抜きにして、私はその少年のように、竜の背に乗って世界中を旅してみたかっただけなんだがね」
 琥珀色の瞳を楽しげに輝かせて、さてと椅子から立ち上がる養父。
「もう夜も遅い。さっき読み間違えたところについては、また明日だな」
「げっ……」
 思わず顔をしかめたところに、武骨な手が降ってきて、髪をぐしゃりとやられる。
「誕生日おめでとう、ラウル。お休み。良い夢を」
 そそくさと去っていく養父の、どこか照れくさそうな横顔をぼけっと見つめていたから、久しぶりに名前で呼ばれたことに気づくのに、大分時間がかかった。
「ふん……」
 名前をくれた。住む場所をくれた。生きる意味をくれた。
 それが何よりの――十分すぎるほどの「贈り物」だということを、あのくそじじいはきっと、分かっていない。
おしまい
 2016年5月12日のブログに載せた、ラウル誕生日記念SSです。(一部加筆訂正しています)
 ダリスさんが滅多にラウルの名を呼ばないのは、実は(自分がつけた名前を連呼するのが)気恥ずかしいから、みたいなんですが、それってラウルがダリスのことをいつまで経っても「くそじじい」としか呼ばないのとほぼ同じ理由なんじゃないかと(笑)
 いやはや、似た者親子ですこと(^^ゞ

 ちなみに、ダリスさんがラウルに贈った誕生日プレゼント一覧はこちら→「贈り物
2016.07.28


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