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賢者の庭
 魔術士の育成・研究機関『北の塔』はライラ国の山岳地帯に聳える孤高の塔である。
 研究に打ち込めるよう、あえて人里離れた場所に建設されたという堅牢な石造りの塔。地上二十階・地下五階の巨大な建造物には、塔の責任者である三賢人を筆頭に、総勢五十名近い魔術士が暮らしている。
 そんな『北の塔』に耳を劈くような叫声が響き渡ったのは、風に春の気配が混じり始めた日の昼下がりのことだった。
「たたたた大変だー! ユラ師が、ユラ師があああー!」
 大声で叫びながら階段を駆け上がってきた少年に、執務机で書類整理に明け暮れていたアルメイアは、眉をひそめて書類から顔を上げた。
「うるさいわよ、ハル! ユラがどうしたのよ」
 一喝されてようやく落ち着きを取り戻したらしい不肖の弟子ハルは、乱れた息を必死に整えながら、執務机にだん! と手をついて悲愴な叫びをあげる。
「ししょー! ユラ師が大変っす!」
「だからどう大変だって聞いてんのよ!」
 途端に飛んできた衝撃波に額をびし、と打たれて、あわあわと額を押さえるハル。
「そんなことに魔術使うのズルいぜ、おししょーサマ」
「やかましい。さっさと話しなさい」
 冷ややかな目で促され、ハルは慌てて説明を始めた。
「ええと、今日はオレとユラ師が昼飯当番で、さっきようやく片付けが終わって、一息つきましょうか~ってユラ師が言ったんで、お茶の用意をしようと思って振り返ったら、ユラ師がいきなりぶっ倒れて」
「なんですって!?」
 椅子を蹴倒す勢いで立ち上がったアルメイアに、ぎょっと目を剥くハル。そんな弟子の手首をむんずと掴んで、《北の魔女》は猛然と走り出した。
「わわわ、どこ行くんだよ、ししょー!」
「ユラのとこに決まってんでしょ! まだ厨房? それとも医務室?」
「い、医務室っす!」
 その言葉を聞いて瞬時に方向を変え、塔の狭い廊下を突っ走る。途中、何人もの魔術士とぶつかりそうになるも、おかまいなしで猛然と走り続けるその小さな背中は、いつもの彼女とはどこか違う雰囲気を漂わせていた。
「『廊下は走るな』っていつもオレのこと怒るくせにー」
「うるさいわね、緊急事態なんだから大目に見なさい!」
 石造りの螺旋階段を一気に駆け下り、地下一階の医務室へ飛び込んだアルメイアは、騒ぎを聞きつけて衝立の奥から顔を出した老医師が制止する間もなく、布で仕切られた寝台へと突進する。
「ユラ!」
「静かにせんか、このお転婆娘が!」
 間髪入れずに背後からごつんと一撃を食らい、あいたたたと頭を押さえてうずくまるアルメイア。
「何すんのよ、このくそじじい!」
「それはこっちの台詞だ、馬鹿もんが。病人の枕元で怒鳴る阿呆がどこにいる!」
「……先生の声も十分でかいっす」
 冷静な突っ込みを食らい、こほんと咳払いをして誤魔化した老医師は、寝台に眠るユリシエラをちらりと窺って、やれやれと頬を掻いた。
「人の気配に敏感なこの子が、これほど騒いでも起きないとは、よほどだな」
「レナード、ユラの具合は? 一体どうしたのよ?」
 声を絞って尋ねるアルメイアに、『北の塔』唯一の医療魔術士レナードは、勿体ぶることなく簡潔に答えた。
「風邪だ」
 その言葉に、ほっと安堵の息をつくアルメイア。
「なぁんだ。ハルが血相変えて飛んできたから、何かとんでもない病気なのかと思って焦っちゃったじゃない」
「こら。たかが風邪と侮るな。風邪は万病の元と昔から言うだろう。下手に拗らせれば命にも関わるんだぞ」
 厳めしい顔でそう説いたレナードは、しゅんと萎れるアルメイアに、深い皺の刻まれた目元を少しだけ緩めて、心配するな、と頷いた。
「薬は飲ませたし、体力補助の魔術もかけてある。今はまだ熱が高いが、一晩も休めば落ち着くだろう」
 医術と魔術の融合を専門に研究する第一人者の言葉だ、これほど心強いものはない。
「しかしアルメイアよ。大人しい顔をして無茶をするこの子の性格は、お前が一番よく知っているだろう? もう少し、妹のことを気にかけてやれ」
「妹ぉ!?」
 素っ頓狂な声を上げたハルに、二人分の視線が突き刺さる。慌てて口を押えたハルは、寝台に眠るユリシエラとその横に立つアルメイアの顔を交互に見比べて、そしてパタパタと手を振った。
「ないない。ありえない」
「あんた……その減らず口が二度と利けないようにしてやろうかしら?」
「うわわわわ、冗談っす!」
 怒りに燃える拳に胸倉を掴まれて、あわあわと首を横に振るハル。そんな二人のやり取りに溜息を洩らしたレナードは、「静かにしてないと叩き出すからな」と釘を刺して、奥の研究室へと戻っていった。
 つかの間の静寂が訪れた医務室に、ユリシエラの浅い呼吸音だけが響く。
 傍らの椅子にどさりと腰かけたアルメイアは、その小さな手をぐいと伸ばして熱い額に触れると、まったくもうと呟いた。
「何でもないって顔をして、すぐ無理するんだから」
 その横顔は妹を案じる姉そのもので。だからハルも茶化す気にはなれなくて、師匠を見習って椅子を引き寄せると、どっかりと腰を下ろす。
「おししょーサマが見た目通りの歳じゃないのは何となく分かってたけど、まさかユラ師と姉妹だったとはなー」
「そうね、あんたには話したことなかったっけ」
 行儀悪く椅子の上で膝を抱えたアルメイアは、ぽつりぽつりと話し始めた。
「あんたも知ってるでしょ。魔術の才能は親から子に受け継がれる類のものではない。だから親子や兄弟で魔術士になることはごく稀なのよ」
「……習ったような習ってないような」
「教えたわよ! 基本中の基本でしょうが」
 不肖の弟子をぎり、と睨みつけて、逸れてしまった話を本筋へと戻す。
「まあ、それはともかくとして。わたし達も、最初から自分達が魔女だって分かってたわけじゃないのよ。ただ、ユラは小さい頃からかくれんぼが得意でね。まるで魔法のように姿を消して、誰にも見つけることが出来なかった。そんなユラの居場所を、なぜかわたしはすぐに当てることが出来た。それを不思議がった両親が、近くの町に住む魔術士のところにわたし達を連れていったの」
 魔術士は二人を見るなり『この子達は驚くほどの魔力をその身に宿している。このまま放置すればいつか暴走する可能性がある。すぐに魔力を制御する修行を始めた方がいい』と言い出して、両親を驚かせた。
「両親はそりゃもうびっくりしてたけど、わたし達はなんとなく気づいてた。このよく分からない力をちゃんと使えるようにならないと、いつか自分達の身を滅ぼすことになるだろうってね」
 そうしてなんとか両親を説き伏せ、魔術士の下で修業を始めた二人はみるみるうちに才能を開花させ、やがて『北の塔』へと招聘されるほどになった。そして姉妹揃って『三賢人』に選ばれるという、史上初の快挙を成し遂げたのだ。
「……で?」
「で、とは何よ」
「生い立ちは分かったけど、おししょーサマがユラ師よりチビっこい理由が分からない」
 ゴン! と容赦ない一撃をお見舞いして、アルメイアはふん、とそっぽを向いた。
「師匠を敬わないやつには教えてやらない!」
「えー! 超・敬ってる! そんけーしてるって!」
「どこがよ! 大体あんた、陰で『あのおかっぱチビ』とか言ってるの、ちゃんと知ってるんだからね!」
「げげっ、誰だ、ばらしたの」
「廊下で喚いてれば嫌でも聞こえるわよ馬鹿ー!」
 恒例のどつき合いに発展しそうになったところで、寝台に横たわるユリシエラがかすかな呻き声を上げたため、ぴたりと動きを止める二人。
「……おねえちゃん……?」
掠れた呼びかけに、慌てて枕元に駆け寄ったアルメイアは、妹の手を取ると、ぎゅっと握りしめた。
「ユラ、起こしちゃった? 大丈夫?」
 その声に安心したのか、どこか苦しげな様子だったユリシエラの顔がふわりと緩む。
「げんきになったら、またかくれんぼ、ね」
 そして、すーすーと穏やかな寝息を立てて、再び眠りについたユリシエラに、アルメイアはふふ、と笑みを零した。
「小さい頃の夢でも見てるのかしらね」
 体が弱く、しょっちゅう熱を出して寝込んでいた三つ年下の妹。忙しい両親に代わって妹の看病するのはいつだって姉の役割だった。
 修業に明け暮れるうちに体力もついて、最近ではめったに体調を崩すことはなくなったが、それでも時折こうやって寝込んでは、幼い頃のように姉を呼ぶ。
「そーいや、ユラ師はおししょーサマのこと、普段は名前で呼んでるよなー」
 そういうところは目敏い弟子の発言に、アルメイアは小さく溜息をついた。
「初級魔術士として認定された時に、魔術士として互いを認め合う証として、名前で呼び合うようにしようって言ったのよ」
 それは『魔女姉妹』という希少性ばかりが目立って、個々の実力が評価されないことを恐れたためでもあり、また、しっかり者の妹に頼ってしまう自身への戒めでもあった。
「魔術士として独り立ちしたら、それぞれ違う道に進むものだと思ってたしね。まさか、二人揃って塔に呼ばれるなんて思ってもみなかったから」
「人生なんてどう転がるか分からないっすよねー」
 あっけらかんと笑うハルもまた、ある日突然、自身に眠る魔術の才を見出されて『塔』に放り込まれたクチだ。本来ならば貴族の末子として、大邸宅で大勢の召使いに囲まれて暮らしていたはずの少年が、山の中で魔術と家事全般の修行に明け暮れる毎日を送ることになるなど、誰が想像できただろうか。
 数奇な人生を歩む羽目になり、それでも逞しく順応して日々を謳歌している弟子のふてぶてしい笑顔に目を細めて、アルメイアはあーあ、と盛大にぼやいてみせた。
「あんたみたいな弟子を持つことになるなんて、ほんと人生ってままならないわよねー」
「その言葉、そっくりそのままお返しするっす」
 なんですってぇ、と眦を吊り上げるアルメイアに、本当のことを言ったまで、と舌を出してみせるハル。
 そして今度こそどつき合いに発展した二人は、すっ飛んできたレナードに大目玉を食らい、その説教は目を覚ましたユリシエラに仲裁されるまで続いたのだった。
賢者の庭・おしまい
 こちらは「でんたま! ~伝説の卵神官シリーズ公式アンソロジー~」に寄せたSSです。
 でんたまアンソロでは頂いた作品に対して、同じ登場人物等を入れたSSを書く、というやり方を取っておりまして、こちらは伊崎美悦さんからいただいたアルメイアのイラストのお返しとして書いたお話です。
 ずっと設定だけあって、ほとんど表に出せていなかった魔女姉妹の生い立ち。しかし、肝心の『アルメイアがチビな訳』では辿り着きませんでした(^_^;) いずれどこかで書きたいと思っています。
 なおタイトルの『賢者の庭』は、賢者の塔が舞台のお話であること、また『ローズマリーは賢者の庭にしか育たない』という諺から取りました。(姉妹の魔術士名に入っている「ロスマリヌス」はラテン語でローズマリーの意味)
2020.04.29

(2016.10発行「でんたま! ~伝説の卵神官シリーズ公式アンソロジー~」初出)


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