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第一章[12]

「もうそろそろ日も暮れますし、今日の作業はこの辺でおしまいにしましょう。ありがとうございました」
 額の汗を拭いながら言うラウルの横顔が、夕焼けに照らされている。 朝から行ってきた瓦礫撤去作業は、ようやく半分ほどが終了していた。
 小さな村にある神殿の割にこのユーク分神殿は大きく、それだけに作業にも時間がかかる。今日は村人が朝から来てくれたが、そう毎日という訳にもいくまい。
「しかし神官さん、瓦礫をどかすのは俺達でも手伝えるけどよ。新しく神殿を建てるとなると、ちゃんとした人を呼ばにゃあならんよ」
「この村にも大工はいるけど、石造りの建物は専門外だしなあ」
 村人の言葉にラウルも腕も組む。確かに、専門の職人を呼んできちんと直さなければならないほど、神殿の傷みは激しい。
「そうですね。しかしきちんと立て直すとなると、かなりの費用がかかるでしょうし」
 この神殿にどれだけの金銭があるのか。はたとラウルは、昼前にゲルクから渡された鍵を思い出す。
「ちょっと待ってて下さいね」
 そう言って寝室に向かうラウルに、なぜかマリオとエリナがくっついてくる。興味津々な二人を連れて金庫まで辿り着くと、ラウルはおもむろに取り出した金庫の鍵を鍵穴に差し込んだ。
 かちゃ、と鍵が開く。扉に手をかけるラウルに、あっ、とエリナが声を上げる。
「ラウルさん、先に言っておきますけど、あまり……」
 言い終わる前に、扉の中を見てしまったラウルはがっくりと肩を落とした。
(やっぱりか……)
 金庫の中には書類の類や儀式用の大きな聖印、そして小さな袋しか入っていなかった。どう見ても、大金がしまわれている雰囲気ではない。
 小さな袋を手に取り、口を開けてみる。 ひっくり返すと、床の上に少量の金貨が転がった。金貨なだけましだといえるが、はっきり言って「運営費用」と呼べるような金額ではない。
「おじいちゃま、お金のない人がお葬式を挙げる時は、支払いは食料や薪で構わないっていつも言ってましたから……」
 すまなそうにエリナが言うが、あらかた予想はついていた。
 こんな辺鄙な村では、そうそうまとまった金を用意できる者はいないだろう。そうなれば、支払いのほとんどは金銭ではなかったことになる。
 しかし、儀式に使うお香やら香木、清めの聖油などは意外に高価である。そういったものを揃えていれば、神殿に金銭が貯まるはずもない。減る一方である。
 と、ラウルはある推論にばったり行き着いてしまった。
(もしかして、神殿再建が結構手間だってことを見越して、俺に任せたんじゃねえだろうなあ……)
 だとすれば、先程の言葉も納得が行く。
『神殿再建には時間もかかるだろうて、おまえさんも神殿の仕事だけではなく、副業でも持ったほうがええぞ』
 あの言葉に込められた意味は、
(神殿に金なんてないから、頑張って稼げよってことかぁ?)
「どうしました? ラウルさん」
 急にがっくりと肩を落とすラウルに、エリナが心配そうに尋ねてくる。
「い、いえ、何でも……」
 笑顔を取り繕うが、どうにも引きつってしまうのは否めない。その引きつった顔で、
「ひとまず、表に戻りましょう」
 と、二人を押し出すように礼拝堂に戻ったラウルは、残ってくれていた村人達に、
「ひとまず、瓦礫撤去だけ皆さんにお手伝いをお願いします。再建の目処が立つまで、神殿の仕事は私の住まわせて頂いている小屋で行うことにします」
 と説明した。はっきり言って、現状では再建費用を工面する目処すら立たない。かといってここに掘っ立て小屋を建てて仮神殿にするくらいなら、今住んでいる小屋を使った方が手間がかからないというものだ。
「なるほど、それはいい考えだなぁ」
「立て直すには時間も金もかかることだしな。それがいいだよ」
「それじゃ、明日からは、午後から手伝いに来るよ」
「朝から手伝いたいところだけど、俺達にも仕事があるでよ」
 人の良い村人達は口々にそう言ってくれた。
「ありがとうございます」
 頭を下げるラウルに、村人達は「また明日〜」などと挨拶してそれぞれの家路に就く。
「いやあ、ホントに謙虚で礼儀正しい神官さんだなや」
「いい人が来てくれただよー」
 帰り際のそんな会話が聞こえてきて、ラウルは内心「よし」とほくそ笑んだ。印象付けは順調に行っている。ここで「礼儀正しい神官」という評判が定着すれば、それだけ本神殿に戻れる日が近くなるというものだ。
「それじゃ、私も失礼します。また明日お手伝いしに来ますね!」
 そう言って手を振りながら帰って行くエリナに、ラウルも笑顔で手を振り返す。と、横で同じく手を振っていたマリオが、
「ラウルさん。エリナは僕と同い年ですよ」
 とジト目で言ってきた。
「ってことは幾つだ?」
「十四です。ちなみに僕はあともうちょっとで十五ですけど」
「野郎の年なんか覚えないぞ、俺は。そうか、十四か……。それにしちゃ随分しっかり者だな。まあしかし、ちょいと早すぎるよなぁ。残念、残念」
 女と見たらひとまず声を掛けろ、はラウルの信条であった。それで世間を渡ってきたとも言える。そのせいで揉め事に巻き込まれることの方が多かった気もするが、信条を改める気はない。
「ラウルさん、それで飛ばされたんでしょう? 懲りないんですか?」
 呆れ顔のマリオに、ラウルはきっぱり、
「懲りるわけないだろ。女なくして人生が楽しめるか」
 と答えると、そんな会話がなされているとも知らずにまだ遠くで手を振っているエリナに、大きく手を振り返した。
 と。
「そうそう! 不思議な卵、あとで見せて下さいねー!」
 エリナの声が響く。その言葉に、はっと二人は顔を見合わせた。どこまで噂は広がったのだろうか。村人に見られてから半日。こう小さい村のことだ、全体に広まってしまったのだろうか。瓦礫撤去に夢中ですっかり忘れていただけに、エリナの一言は効いた。
「エリナが知ってるってことは、さっきまで神殿にいた人達には伝わってるでしょうね」
「その連中が家に帰って広めたら、村中ほとんどに広まるんだろうな」
 何せ小さい村だ。それだけに、一度何か起こると村中の人間が押しかけることになる。
「……でもまあ、こんな時間ですし。尋ねてくると言っても明日以降ですよ。きっと」
 そんなマリオの読みは、かなり甘かった。

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