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第三章[11]

「それじゃ、楽しみにしてて下さいねー!」
「あ、あのっ、お邪魔しました」
 満足げに帰ってゆく少女二人を玄関で見送って、ラウルとマリオは同時に溜め息をついた。
「……ったく、何かと思ったよ」
「嵐のようでしたねえ」
 衝撃の「服、脱いで下さい」発言の後、すでに一刻以上が経過していた。
 さすがに肌着までで許してくれたが、訳も分からぬまま強引にエリナに引っぺがされた後、肩幅や腕の長さ、首周りなどを細部に渡って採寸されたのである。
 採寸など、脱がずとも服の上から出来るはずなのだが、ゆったりした作りの神官服じゃ正確に測れないから駄目です、と二人にきっぱり言われてしまい、反論の余地がなかった。 肌着姿にさせられたラウルも気恥ずかしかったのだが、それ以上にトルテが顔を真っ赤にしていて、その純情ぶりに驚かされた。しかしそんな何とも言えない気まずい雰囲気が漂う中、エリナが妙に生き生きとしていたのは何だったのだろう。
「今年はラウルさんが使者の役なんですよねー」
 しみじみと言うマリオ。
「今年はちゃんとした儀式になるんだ。良かったぁ」
「ん? どういうことだ、それ」
 マリオは苦笑しながら、去年の祭の様子を語る。
 なんでも、ゲルクは儀式の台詞を忘れるわとちるわで、すぐそばでエリナが耳打ちをしながら、かなりの時間をかけて行われたという。
「毎年ゲルク様にお願いしてましたから、別の人にとも言えなかったらしくて、村の人達はそりゃあもう辛抱強く儀式が終わるのを待ってましたよ」
 ラウルは肩をすくめてみせた。なるほど、村の人間も色々大変だったのだ。それでは、ラウルが来たことを大げさに喜ぶはずである。
「しかし、使者ってのはそんな特別な格好しなきゃなんないのか?」
 そう、トルテとエリナがラウルの寸法を測りにきたのは、その使者役の衣装を作るためであるという。
「あんまり覚えてないんですよね。何しろずっとゲルク様がやってましたから、服装を意識したことってなかったし」
 いつとちるか、いつ終わるかと村人全員がはらはらしながら見守るのが、例年のことであった。衣装などには目も行かなかったという。
「まあ、恥ずかしい格好じゃないことだけは確かだと思いますよ」
 あまり慰めになっていない言葉を残して、それじゃあ、とマリオも家へと帰っていった。もう夕暮れを過ぎている。夕食に遅れると母に怒られるのだと、いつもマリオはこぼしていた。
(一体、どんな格好をさせられることやら……)
 しかし、確かにあの少女達の熱意を止められはしないだろうし、例えとんでもないものが出来上がってきたとしても、無下にする訳にもいかない。
(ま、出来上がりを待つとするか……)
 すっかり外は暗くなってしまっている。遅い夕飯の準備に取り掛かろうとして、はたとラウルは服の隠しにしまっておいた手紙の存在を思い出した。
(そうそう、まずこれだな)
 書斎に移動し、封蝋を丁寧に切って手紙を広げる。その文章を辿るうちに、ラウルの表情が段々険しくなり、そして最後にはにやり、と凄みのある笑みに変わっていった。
「ふん、楽しいことになりそうだな……おっと」
 書き物机のそばに、先ほど放り出した靴が転がっている。
(そうだ)
 靴を片方残して逃げていった、ドジな泥棒。
(……きっとまた来るな)
 罠に引っ掛かった間抜けぶりからして、大した腕のヤツではない。まだ若かったし、一度狙った獲物をあっさり諦めるほど物分りがいいとは思えない。
(楽しみだぜ)
 笑みを浮かべたラウルに、居間に放置されたままの卵が文句を言う声が聞こえてくる。
「はいはい、悪かったよ」
 慌てて機嫌を取りに行きながら、ラウルはやがてやってくるであろう靴の持ち主に、まず何と言ってやろうかと頭を捻り始めた。

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