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第五章[8]

 長い説明を聞き終えて、一番に口を開いたのはカイトだった。
「……つまり、竜を何らかの方法で利用しようとして、その『影の神殿』が動いてるんですね、今も」
「ああ、多分な」
「その、廃村で出くわした黒服の奴らってのは、あんたと卵を狙ってたのか?」
「いや、多分たまたま出くわしただけだろう。今日俺が卵連れで外出したのは偶然だしな。じゃなきゃ、とっくに集団で襲われて今頃卵を奪われてるところさ」
「しかし……よりにもよって『影の神殿』とは……」
 眉をひそめるカイト。エスタスも、死霊使いの集団と聞いて顔をしかめている。
「厄介な相手だな」
 アイシャはいつも通り無表情だが、
「自然に反するものは、よくない」
 と精霊使いらしい言葉をのたまった。
「それにしても、ほんとにいたんだな……」
 猫のように身震いをするシリン。そして、縋るような目つきでラウルを見る。
「なあ、これからどうすんだ?」
「どうって……俺に言われても困る」
「なんか対処法とかないのかよ?」
「つってもなあ……。相手の戦力や隠れ場所、それより何より目的が分からない以上、何にも出来ねえだろ」
「そうですねえ。しかも、立ち向かうといってもこっちは五人ですし」
 カイトの言葉にシリンが飛び上がる。
「お、おいっ。ルースの神官さん、今オレのことまで数に入れなかったか?」
「カイトでいいですよ、シリン君。ええ、入れましたよ? だって君は、盗賊ギルドに所属してる立派な盗賊なんでしょう?」
 戦う術くらい当然身に着けているでしょうと言わんばかりのカイトに、冷や汗だらだらのシリン。
 そもそも、以前この小屋に卵を盗みに入り、ラウルにこてんぱんにやられたことはこの三人も承知の事実だ。それがごく当たり前の顔をしてラウルの前にやってきたことを訝しがる三人に、ラウルが皮肉たっぷりに、
「盗賊ギルドに絞られた挙句、俺の使い走りに任命された、腕利きの盗賊」
 などと紹介したものだから、三人のシリンを見る目は冷ややかだ。
「いや、確かに訓練は受けてるけどよ、そんな死霊使いなんて気味悪い奴らと真正面からやり合うなんて、冗談じゃねえよ」
「そりゃそうだな」
 さもありなんと腕を組むラウル。そして、改めて四人を見回すと、
「心配すんな。お前らに迷惑はかけない」
 と言ってのける。これには四人も唖然とした。
「な、何を言ってるんですか、ラウルさん!!?」
「これは卵と、そしてユーク神官である俺の問題だ。お前らを巻き込むことじゃない。命が惜しかったら、一刻も早く俺のそばを離れることだ。いや、むしろ俺がこの村にいることで、関係ない村の人達に迷惑がかかるだろうしな、俺が出て行くべきか……」
「ち、ちょっと待って下さいよ!」
「そうです、なんでラウルさん一人がそんな……」
「一人では、勝てない」
「そうだそうだ、一人で何ができるってんだよ!」
 猛然と抗議する四人に、ラウルは静かに言葉を返す。
「それじゃ、俺達五人ならなんとかなるのか?」
「うっ……それは……」
 答えに詰まる四人に、ラウルは肩をすくめてみせた。
「だろ?」
「でも!」
「一人で全てを抱え込もうとするのは感心しませんね」
 唐突に割って入った声に、五人は揃って眼を剥いた。
「そ、村長……」
 いつの間にやってきたのやら、居間の扉にもたれかかり、相変わらず見えているのか分からないほど細い目で五人を見ているのは、紛れもなく村長その人である。
 村長はいやぁ、と背中を扉から離すと、五人に歩み寄ってきた。
「すいません、玄関が開いていたもので……」
(またか……)
 頭を抱えるラウル。まったく、何かというとちゃっかり入ってくる御仁である。
「しかし、駄目ですよラウルさん。あなた一人で解決できるような問題ではないでしょう?」
「村長、どの辺りから聞いてたんですか?」
 おずおずと尋ねるエスタスに、村長はうーん、と首を捻って、
「カイト君の『つまり、竜を何らかの方法で利用しようとして、その『影の神殿』が動いてるんですね、今も』辺りからでしょうか」
 頭を抱えそうになるラウル。となると、ほとんど事情を知られてしまったも同然だ。
(ったく……しかしどうして村長が入ってきたのに気づかなかったんだ、俺は……)
 ラウルだけではない。ここにいる全員が、声を発するまで村長の存在に気づいていなかったようなのだ。そう、盗賊家業を営むシリンですら……。
(って、なんで気づかねえんだ、あいつはっ)
 シリンをキッと睨むと、向こうはわたわたと手を横に振る。オレに文句を言うな、といわんばかりだ。やはり彼も気づいていなかったらしい。 そう言えば、前もこんなことがなかったか。
(盗賊ギルドは何を教えてるんだ、何を!)
 などと内心憤慨しつつ、ラウルは作り笑いでごまかそうとする。
「その、ですねえ……」
「この村のことを気にかけていただくのは非常に嬉しいですが、だからと言ってラウルさん一人が犠牲になるなんて結末を、私達が望むと思いますか?」
「そうですよ! 僕達だって戦う術くらい身につけてるんです!」
「それに、卵のことが気になるのはオレ達だって一緒ですよ」
「なんとかなる」
「……オレはやだけどな」
 畳み掛けるような五人からの一斉攻撃(一人は違うが)にたじろぐラウル。
(おいおいおいおい……)
 まさかこういう反応が返ってくるとは思っていなかっただけに、驚きと戸惑いで言葉が出ない。
 『影の神殿』といえば、シリンのように恐怖に慄くのが普通の反応だ。わざわざ戦おうなどと思うような輩はよほど自信があるか、ただの身の程知らずか、もしくは単なる馬鹿か――。どちらにせよ、正気の沙汰とも思えない。しかし。
(ま……俺もその、馬鹿の類なんだろうけどな)
 自嘲するラウル。昔はこんな、何の得もない、しかもとことん自分に不利な揉め事にあえて首を突っ込むような人間ではなかったはずなのだが。
そして、彼ら。
「ここまで関わったんです。最後まで付き合いますよ。ラウルさんがなんと言ったってね」
 カイトは、何が何でも退かないぞという決意の満ち溢れた瞳でラウルを見ている。
「卵が無事孵るところを、この目で見たいですからね」
 エスタスは、気負わず自然体のまま微笑んでいる。
「力を合わせれば、出来ないことはない。多分」
 最後の台詞が余計なアイシャは、普段どおり無表情だ。
「ラウルさんも卵くんも、大事な村の住人です。村長として、出来る限りのことをさせてもらいます」
 村長がそう言い終わると、四人の視線がすぅっと、残る一人に向けられる。
「あ、あの〜、オレは遠慮したいかな〜なんて……」
 及び腰のシリン。しかし四人は気味が悪いほどの笑顔でシリンを見つめている。しかも揃って、見事に目が笑っていない。
「わ、わかったよ! 力の限り協力させてもらいます〜!!」
 無言の脅迫に耐えかねたか、とうとうシリンは音を上げた。
「というわけで、止めても無駄ですからね」
 カイトの言葉に、ラウルは大きく溜め息をついた。
「まったく……」
 こんなお人よしは自分だけかと思ったら、こんなにも仲間がいる。
(これだから田舎ってのは……)
 嘘と偽りが織り成す都会の闇とは違い、この地には素朴で真っ直ぐな光が満ちている。闇の中で生きてきたラウルも、いつの間にか、この柔らかな光に慣らされてしまったのかもしれない。
 ラウルの呟きを肯定と取ったらしい村長は、勧められもしないのに空いた椅子に腰掛けると、真面目な顔をして口を開いた。
「それじゃ、意見がまとまったところで、今後について話をしましょうか」
「今後というと?」
「まずは相手の情報が欲しいところですね。どこにいるのか、何人くらいいるのか、そして、何が目的なのか」
 一斉に首を傾げる五人。
「卵……竜を使って、何かしようとしてるんでしょうが……」
「竜を操って、悪いことしようとしている」
 アイシャの意見に、げんなりするエスタス。
「そんな曖昧な……」
「竜を操って、この国を我が物にしようとしている?」
 カイトの発言には村長がつっこむ。
「死霊使いの集団が、この国を我が物にしてどうするんです。大体、それなら竜の力を借りずとも、国王なり大臣なりを操った方が早いですよ。死霊使いでしょう? 一旦殺してしまえば誰でも意のままに操れるでしょうに」
 爽やかにえげつないことを言う村長に、ぞっとした顔をするカイト。
「それじゃあ、竜を使って……空を飛ぶ?」
「……」
 シリンのとぼけた発言にはアイシャの無表情が炸裂した。冗談だよ、とか何とか口の中で呟きながら、頭を掻くシリン。
「考えても始まらないですね。これは」
 肩をすくめる村長。確かに、あんな奴らの考えていることなど、分かろうとして分かる訳もない。
「でも、相手の人数とか構成とかなら、盗賊ギルドの力で調べられませんかね?」
 カイトの言葉に、シリンは ぽりぽりと頬を掻く。
「って言ってもなあ……。調べてはいるけど、なかなか入ってこないんだよな」
 それは仕方のないことだ。向こうとて、おいそれと人目につくような動きはしていないだろう。そもそも、『影の神殿』は闇の神ユークを崇める歪んだ一派。それが今でもユークへの信仰を忘れていないのだとすれば、夜闇に紛れて暗躍するのはお手の物だ。
「『影の神殿』について、一番情報を持ってるのはおそらくゲルク様でしょう。預かった日誌はほとんど読み終わりましたが、あの日誌に書かれなかったことも恐らくあるはず。詳しく聞いてみますよ」
 村長がいるので咄嗟に猫をかぶるラウルに、アイシャが肩をすくめてみせる。
「私も、精霊に探ってもらう」
 今のところ、出来ることはこのくらいだろう。あとは卵を厳重に守っていくしかない。 一通り方針が決まったところで、村長がそうだ、と付け加えた。
「村人にはまだこの話は伝えないことにしましょう。収穫祭も控えていますし、無駄に人々を困惑させることは避けたいですからね。うちのマリオにも言わないようにお願いします。マリオ自身は口が堅い子なんですが、そこからエリナに伝わると一気に広がりますからね。もう、夏祭以降、暇さえあれば一緒にいますんで……」
 なるほど、最近こっちに顔を見せないのはそういうことか、と納得するラウル。
(いいねいいね、相手がいる奴は……いや、そんなこと言ってる場合じゃねえな)
 ついついひがんでしまう自分を叱りつけて、『影の神殿』の話に集中する。
「しかし、ゲルク様には事情をお話しないわけにはいきません。となると、エリナに伝わってしまう可能性が……」
 エリナはゲルクの孫娘だ。しかも同じ家に住んでいれば、エリナが話を漏れ聞いてしまう可能性は否定できない。
 しかし、ラウルの懸念に村長はいいえ、と首を横に振ってみせた。
「あの方は先の悲劇を一番よく知っている方です。無闇に口を滑らせて、エリナ達を怯えさせるようなことはないでしょう」
 この中では一番、ゲルクと付き合いの長い村長の言うことである。ラウルもすぐに納得してみせた。
「そうですね。ゲルク様を信じましょう」
「それじゃ、そういうことで、頑張りましょう! くれぐれも皆さん、用心して下さいね」
 そう言って村長は席を立つ。そして扉に向かおうとして、ふとラウルを振り返った。
「あ、そうだ、ラウルさん」
「はい?」
「エリナが、収穫祭の衣装を決めたいから、お暇な時に遊びに来て下さいと言っていましたよ」
「うっ……」
 思わず顔をしかめるラウルに、シリンがにやにやと背中を叩く。
「いよっ、今度はどんな仮装をしてくれるのか、楽しみだなあ。またあの色男ぶりを見せてくれるのか? え、神官さんよぉ」
(この野郎……)
 思わず村長から見えない位置で拳を固めるラウル。村長が出て行ったら一発殴ってやろうという腹だったが、それを察知したシリンはひょいとラウルから離れていった。
「でもほんと、夏祭のラウルさんは圧巻でしたよねえ。あの後から、女の人達の見る目が変わりましたもんね」
 そう。夏祭以降、村の女性からやたらと差し入れが増えている。おかげで食べ物には困らないのだが、村の女性というのがほとんど既婚者か子供であるからして、あまり素直に喜べない。中には手縫いの服や肌着まで差し入れてくる人までいて、やたらと緻密な刺繍など施されていると、執念のようなものが感じられて、ちょっと怖い。
「近隣でも評判ですからね。収穫祭も期待がかかってますからね。エリナも張り切っていたことですし、大変かもしれませんが付き合ってあげて下さい」
「は、はあ……」
 冷や汗を掻くラウルにそれじゃ、と笑顔で手を振って、村長は小屋を去っていった。
 途端にラウルの表情が険しくなり、村長のあとを追いかけるように出て行こうとしたシリンの首根っこをひっ捕まえて、怒鳴りつける。
「お前、収穫祭に来たらシメるからな!」
 へらへらと笑うシリン。
「物騒だなあ、美貌の神官様がそんな口汚いこと喋っちゃ駄目だぜぇ?」
「てんめえ……」
「ま、まあまあラウルさん。ほら、そろそろお茶にしませんか? お腹が空くと人間、苛々しますからね、ねっ」
 不毛な争いと思ったのか、カイトが間に割って入った。その言葉にふん、と鼻を鳴らして手を離すラウルに、ようやく解放されたシリンは脱兎の如く玄関へと駆け出していく。
「そいじゃあな〜!!」
「あっ、シリン君!」
 カイトが止める間もなくシリンは去っていき、ようやく静かになった小屋にはいつもの四人が残された。
「ったく、今日は厄日だぜ……」
 椅子にへたり込むラウルに、エスタスが苦笑する。
「まあまあ、そのうちいいことありますって」
 あまり慰めになっていないエスタスの言葉に、ますます落ち込むラウルだった。

 しかし。それだけでは終わらなかったのだ。

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