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第七章[12]

 火に包まれた屋敷が崩壊する寸前、消火と救助活動を行っていた警備隊によって辛うじて救助されたオーウィン男爵は、酷い火傷を負ってはいたものの一命は取り留めた。目下、回復を待って取調べが行われる予定になっている。
 辛うじて燃え残った数々の証拠品から、男爵が『影の神殿』と手を組み悪事を働いていたことが次々と明るみにされた今、最低でも爵位剥奪、お家断絶は免れないだろう。
 同時にエルドナのユーク分神殿も検挙された。こちらはおかしなことに、警備隊が辿り着いた時には、何者かによって主だった影の信者が捕縛され、また息絶えていたという。何人かは逃げおおせたようだったが、信者の供述や神殿に残された数々の資料などにより、この分神殿が一年ほど前から『影の神殿』によって支配され、怪しげな実験や儀式を繰り返していたこと。そして、神殿内の意に沿わぬ者が次々と殺されていたことなどが明らかにされた。先代の神殿長バルトスもその一人であることが公にされ、彼らの死を悼む人々によって、再度葬儀が行われた。
 警備隊の調査では、男爵は不死の体を手に入れようと、『影の神殿』と手を組んでいたという。彼らと手を組む以前からも明るい噂を聞かなかったこのオーウィン男爵には、より詳しく取調べが行われることになっている。すでに王都にもこの知らせはもたらされ、『影の神殿』の一件も含め、王都から特別調査員が派遣されることになったようだ。
 何はともあれ、『影の神殿』が、最近噂になっている竜の卵を怪しげな儀式に利用せんとして、その保護者であるエスト村のユーク神官を連れ去り、卵の所在地を明かさせようとしていた事実は、最早周知のこととなっていた。

 そして、渦中の人であるラウル=エバストは、治療を受けているガイリア分神殿で、どこか憮然とした顔で見舞い客を迎えていた。
「随分回復されたようで、何よりです」
 笑顔で言ってのける村長に、寝台の上に上半身を起こしたラウルは冷ややかな視線を送っている。
「村長こそ、ご無事で何よりでしたよ。村長が報せてくれなかったら、僕達ラウルさんを助けに来ることなんか出来ませんでしたからね」
 ラウルの心中など知らずに言うのは、毎日のように見舞いに来ているカイトだ。果物を剥いたり包帯を替えたりと甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのはあり難いが、そういうことは出来れば可愛い女の子にやってもらいたい。
「いやぁ、私がもっとしっかりしていれば、ラウルさんをみすみす連れ去られるなんてことにならなかったんですから、本当に申し訳なくて……」
 あれからシリンに話を聞いたところによると、村長の書いた筋書きはこんなものだったらしい。
 急に体調を崩したラウルをエルドナのガイリア神殿に運ぼうとした村長は、エルドナ近郊で突如何者かに襲われ、ラウルと一緒にどこかへ連れ去られそうになったところを、隙を見て逃げ出した。その際に足に怪我を負ってしまった村長だが、ラウルをこのままにはしておけないとエルドナから伝令を村に飛ばし、エスタス達を呼び寄せた。
 数日後彼らがエルドナに到着し、ラウル救出作戦を練り始める。そんな中、シリンが身内の事情をこっそり教えるという形で、ラウルが領主の屋敷に捕らわれていることを知らせ、手を組んで突入するに至った。
 その間、村長は怪我を理由に宿屋で待機していたというが、時間や状況を考える限り、それは影武者か何かだったのではないか。まあ、ギルド長ともあればそういう人間の一人や二人は用意があるのだろうが、何とも手の込んだことをしてくれたものだ。
 とまあ、ラウルが聞けば呆れてものも言えないような筋書きだが、当人達は、それはもう必死にラウルのために動いてくれたのだ。笑うわけには行くまい。
 シリンがギルドの命令を受けてエスタス達に情報を持って行った時の、エスタス達の怒りようといったら、もうそれは凄まじいものだったらしい。
「くびり殺されるかと思った、まじで」
 とはシリンの談だ。しかしシリンのもたらした情報をたよりに、彼らは男爵の屋敷へと踏み入った。その彼らの戦いぶりと来たら、開いた口が塞がらないほどだったという。
 冒険者といっても彼らは遺跡探索を主にしており、戦っている様などはラウルもほとんど見たことがない。それはシリンも一緒で、だから村長によって事を知らされ、エルドナに飛んできたこの三人が、いきなり男爵家に突入するといった時には気でも狂ったかと思った。相手はまがりなりにも、このエルドナの領主である。その屋敷は、街の警備隊とは別に雇われた私兵達が厳重に守っている。
 が、人数を集めている暇などないからと、三人はシリンの制止を無視して屋敷に押し入った。案の定、入り口からして厳重な警備が敷かれていたが、あっさりと警備の者をぶち倒して屋敷に押し入り、問答無用で男爵のもとへと突き進んだのである。
 彼らが警備の目を引きつけている間に、シリンが屋敷のどこかに捉えられているラウルを探す算段になっていた。そのため、屋敷に入ってすぐにシリンは別行動を開始した。ギルドからの情報で、彼が地下に捕らわれていることは分かっていた。そして別のギルド員が先にラウルを救出していることも。シリンはただ、彼を迎えに行けと命じられていただけで、詳しいことは全く聞かされていなかった。
 あとでラウルから恨みつらみをぐちぐちと聞かされ、それこそ目玉が飛び出んばかりに驚いていたものだ。
「助け出されたあなたを見た時は、血も凍る思いでしたが……」
 しらっとした顔で言ってくる村長。ガイリア神殿に運ばれたラウルの元を一度見舞いに訪れているそうだが、その時ラウルは治療後の眠りについていた。その後一度村に戻って、昨日こちらに再びやってきたと聞いていたが、ようやくその顔を拝めたわけだ。
「いえ、村長のおかげで助かったわけですから、こちらこそお礼を言わなければなりません」
 皮肉たっぷりに言ってやるが、村長はびくともしない。
「とんでもない。ところで、傷の具合はいかがですか?」
「ええ、傷自体はもう神聖術で塞いでいただきましたから、あとは体力が戻るのを待っているだけです。あと二、三日すれば村へ戻れると言われました」
 この一件を知らされたエスト村もまた、大変な騒ぎになっていると聞く。事の顛末を報告に村に戻った村長は、息子のマリオを筆頭に村中の人間に囲まれてさんざん質問攻めにあったらしい。
 それを聞いたラウルはざまあみろ、自業自得だ、と内心舌を出したものだ。
「それは良かった。もう、村の皆さんがラウルさんの元気な姿を早く見たいと言ってまして……」
 そう言いながら、寝台のそばに置かれた椅子に座る。そして思い出したように、
「ああ、そうだ。カイト君。表でエスタス君とアイシャさんが待ってましたよ。お昼を食べに行くんだと言っていましたが……」
「あ! そうだ、もうそんな時間ですか? すいませんラウルさん、ちょっと行ってきていいですか?」
 黙って頷くラウル。カイトは慌しく部屋を出て行き、ラウルと村長だけが残される。
 扉が閉まった途端に、ラウルはキッと村長を睨みつけた。
「……さて、全部話してもらおうか」
「そんなに睨まないで下さいよ。そのためにこうして来たんじゃありませんか」
 こちらは変わらずにのほほんとした村長。椅子に腰掛けたまま、労わるようにラウルを見る。
「ちゃんと手加減、したでしょう?」
「手加減すればいいってもんじゃねえ!」
 思わず大声を上げるラウルに、村長はいやはや、と頭を掻く。
「まさか、あなたがあれほど口が堅いとは思わなかったんですよ」
 バツの悪そうな村長の顔に、ラウルは憮然としたまま答える。
「それじゃ何か? 嘘でも何でもいいから言っておけばよかったのかよ」
 いえいえ、と首を振る村長。
「エスタス君達を呼ぶ時間を稼ぐ必要はあったので、多少は粘ってもらいたかったんですけどね。あなたが思いがけずしぶとかったもので、ほんと大変だったんですから。薬まで持ち出す羽目になって」
「全くだ。ったく、焦らせやがって……本物なんか使われた日には、たまったもんじゃないぜ」
 そう。最後に飲まされた甘ったるい液体は、ただの痛み止めだった。それでも薬によって意思を奪われているように見せかけていたのは、ギルドの思惑を察してのことだ。
「いやはや、調子を合わせて下さって助かりましたよ」
 しれっとした顔で言う村長。
「そうでもしなきゃ本当に殺されると思ったからな……」
「いやだなあ、ラウルさんを殺すわけないでしょう?」
「そうか? 俺ごとあの男爵を始末すれば、あんたの素顔を知る人間が減ってよかったんじゃないか?」
「そうして欲しかったんですか?」
 きらり、と刃物のような鋭い視線がラウルを射抜く。しかしそれも一瞬。すぐに普段の温和な表情に戻って、村長は肩をすくめる。
「あの男爵家には先々代がお世話になったらしくてね。といっても先々代のギルド長と個人的に親しかっただけなので、それ以降はまったくお付き合いがなかったんです。ところが、その先々代というのが困ったことに、彼の家に誓約書を残していまして。今後困ったことがあったら力を貸すようなことが書かれたそれを盾に、協力を迫られたと……」
「ほぉお」
 感情のこもらない相槌に、村長はますます恐縮してみせる。
「お付き合いのあった頃の男爵は、それは聡明な方だったそうなんですが……先代はまだしも、当代の男爵はあまり評判もよくない方でね。まあ、それまではお付き合いがありませんでしたから世間一般の噂で判断するしかありませんが、小悪党らしく賄賂だ横流しだのと、色々やっていたようですね。今は田舎の一領主でもいずれは国王陛下の覚えもめでたい筆頭公爵の地位を、なんてことを吹聴していたそうですし。怪しげな薬や魔法の品やらを買い集めたり、怪しい連中を呼び寄せたりしと、どうやらかなり若い頃から永遠の命にこだわっていたそうですが」
「ああ、不死の体が云々なんて言ってたしな……馬鹿じゃないのか、あの男は」
 不死の体を得て、何をする気だったのやら。大体、あの脂ぎった体を引きずって永遠の時を生きるなど、ラウルだったら死んでもごめんだ。
「しかし、その浅ましい願望につけこんで来たのが『影の神殿』です。永遠の命を授けると言って、彼らへの協力を依頼してきたようですね。それからは、あなたも知る通り。近郊で失踪事件が発生したり、屋敷に連れ込まれた者が帰ってこなかったり……」
 となると、あの地下牢には確実に先客がいたわけだ。それを考えるとぞっとしない。
「それじゃあ、男爵に『影の神殿』が妙な話を持ちかけたってのは、かなり最近なのか?」
「接触自体は大分前からあったようですが、卵の話を持ちかけたのはつい最近のようです。ラウルさんが卵の贋物で彼らを騙したことが引き金になったみたいですよ」
(あいたたた……)
 なるほど、どうやら半分ほどは自分で撒いた種だったらしい。からかい半分で余計な手紙など入れておいたのも、彼らを憤らせた原因だろう。
「ともあれ、私は先にあなたと約束をしました。卵には手を出さない、とね。それは、単に私が竜を見たかったからというのが一番なんですが……」
「それだけかよ?」
「いいえ。先々代のギルド長は、『影の神殿』の手によって亡くなっているんです。あの、六十年前の悲劇の折にね。あの時、先々代はエストの村で一般人として暮らしていました。そして、彼らの手にかかって亡くなりました。その時にはすでに隠居されていましたから、ギルドは先代が取り仕切っていたんですがね。それでも、元ギルド長を殺したような奴らと手を組んで楽しいわけがないでしょう?」
「確かに、な……ん? ちょっと待て」
 村長はさっきから、先々代と口にしている。その先々代は六十年前に死去し、先代がギルドを束ねていたと。その人間が存命なら確実に七十過ぎだろうし、ギルドの長にそう若い人間が据えられるとも考えにくい。
 ということは――。
「あんた……いくつだ?」
 ああ、と呟いて、村長はすっと耳元の髪をかき上げてみせる。
 肩までのぼさぼさした金髪の合間から覗く耳は、その先端が少しだけ尖っていた。
「言っていませんでしたね。私は人間と森人の混血児でしてね。今年で五十四になりますか」
「ご、五十四だぁ!?」
 目が点になるラウルに、村長は照れたように笑っている。
「何しろ外見がこれなもので、いつも若く見られるんですよ。変に同情買っちゃうんで、あまり混血だということも公言してませんしね」
 のほほんと言ってのける村長に、がっくりと肩を落とすラウル。これはもう、若作りという言葉すらおこがましい。詐欺もいいところだ。
「まあ、何はともあれ、我々は『影の神殿』と関わりなど持ちたくなかったし、あの男爵にこれ以上いいように使われるのもごめんでしたからね。ラウルさんには申し訳ありませんでしたが、利用させてもらったわけです」
 逸れてしまった話を戻し、あっさりと言ってのける村長。
「……なるほど」
 肩をすくめるラウルに、村長は意外そうな目を向けた。
「怒らないんですか?」
「怒ってどうなる? もう終わったことだし、『影の神殿』に多少の損害を与えられただろうことは俺にとっても好都合だ。まあ、痛めつけられた分だけ俺が損してる気がするけどな」
 しかも、人に知られたくない過去までも暴かれたのだ。しかしそのことに、村長は言及しては来なかった。代わりに、真摯な瞳で言ってくる。
「本当に、すみませんでした。今回の一件は全て私の独断で行ったことです。謝って済むことではないでしょうし、許してくれなどとと言う気もありません。どうぞ、あなたの気の済むようにして下さい。警備隊に突き出してくれても構いません」
 予想もしていなかった殊勝な態度に、ラウルは目を瞬かせる。
「あんたを? 警備隊に?」
「ええ。これでも、若い頃は色々と、人には言えないことをやってきた身ですから、かなりの報奨金はもらえるんじゃないですかね」
 冗談とも本気とも取れない笑み。ラウルはしばしその顔を眺めていたが、ふ、と肩をすくめた。
「片田舎の村長を突き出したところで、金なんか出るわけないだろうが」
「ラウルさん……」
「あんたを慕ってる人がいる。あんたの帰りを待ってる奴がいる。あんたはともかく、そいつらを悲しませるような真似はごめんだね。そんなに裁かれたいなら自分で警備隊へ出頭しやがれ。とはいえ、証拠もないのにあんたをとっ捕まえるような間抜けな奴らじゃないとは思うがな」
「……あなたって人は、本当に……いい人ですね」
 泣き笑いのような表情を浮かべている村長に、ラウルはけっと毒づく。
「冗談きついぜ」
「照れてるんですか?」
「言ってろよ」
 ふい、と横を向くラウルに微笑を漏らして、村長は改めてラウルへと感謝の意を表す。
「ありがとうございます。私だけでなく、家族や村の人々まで気遣って下さって……。お詫びと言ってはなんですが、今後ギルドや私の力が必要な時はいつでも言って下さい。それがどんなことだろうと、手をお貸ししますよ。暗殺だろうが天下取りだろうが、『影の神殿』との対決だろうが、ね」
 その言葉に思わず苦笑するラウル。
「それはそれは……」
「これでも、元は腕利きの冒険者だったんです。勿論今でも腕は鈍っていないつもりですよ?」
 どこまでが本当か分からない村長の言葉。しかし、腕が鈍っていないことに関して言えばまさしく真実だろう。
「そいつは心強いな」
 『影の神殿』との対決は最早避けられない。戦力は無論、多い方がいい。比べては悪いが、駆け出しのシリンよりは余程頼りになる。もっとも、うっかりすると寝首を掻かれそうなのが難点だが。
「そう言えば、ユーク分神殿に警備隊が到着した時には、何者かによって『影の神殿』の連中が捕らえられていたって聞いたが……」
 その噂は街でも持ちきりだった。正義の味方がやったのだとか、内部分裂を起こしていたのだとか色々囁かれているが、それを聞いた瞬間、ぴんと来るものを感じていたラウル。村長はそれに頷いてみせる。
「ええ。これでもラウルさんから依頼された「『影の神殿』に関する情報収集」は怠ってませんでしたからね。あのユーク分神殿が怪しいことは、数ヶ月前から分かっていました。それで、もう少し詳しい情報を得るために内部に人間を送り込んでいたんです。内部から手引きをしてもらって、私達がやりました」
「それならそれで少しはこっちに報せてくれても良かっただろうに」
「すいません、彼らも用心深くて、新規の入信者にはなかなか手の内を明かさなかったものですから、まず警戒を解くのに大分時間がかかりまして。余計なことをして潜入員の命を危険に晒すことは出来ませんでしたからね。おかげでかなりの情報を掴めました。ひとまずはこれをどうぞ。引き続き潜入捜査は続けていますし、警備隊の内部にも手を回して必要なものは集めさせていますが、今のところの収穫がこれです」
 そう言って村長は、一冊の冊子をラウルに手渡す。ぱらぱらとめくると、乱れた文字がびっしりと並んでいた。よほど急いで書いたもののようだが、読めないほどではない。
「なんだ、こりゃ……何かの写しみたいだが……」
 呟きながら文章を追うラウルの目が、あるくだりで止まる。
「ゾーンの書……これが、そうなのか」
 そこに記されていたのは、余りにも禍々しい呪法と儀式の数々。恐らくは写本、それもかなり粗悪な類のものだろうが、間違いなくあのサイハと呼ばれた青年が言っていた、死霊術士ゾーンが書き残したという禁断の書、「ゾーンの書」の一部である。
「役に立ちそうですか?」
「ああ。かなりな」
「それは良かった。あとは調べがつき次第、私の元に知らせるよう言ってありますから、ひとまずは村に帰りましょう。みんな、待ってますよ」
 そう言って、穏やかな笑みを向ける村長。そうしていると、とても盗賊ギルドの長とは思えない。
「ああ、そうだな」
 ここは少々騒がしい。ラウルを一目見ようと集まってくる人々や、毎日のように届けられる花や手紙。更に、確認のためと言ってしつこいほど同じことを尋ねてくる警備隊。折角傷を癒すためにここにいるのに、これでは気の休まる暇もない。怪我人だからと神殿の人間が追い返してくれてはいるのだが、その神殿の人間達もラウルをまるで英雄のように扱うものだから、くすぐったくて仕方がない。
「それでは、私は一足先に村へ戻ります。エスタス君達によろしく伝えておいて下さい」
 そう言って席を立ち、扉へ向かった村長は、ふと思い出したように振り返った。
「ああ、そうだ。卵があなたの中というのは一体どういうことなのか、教えてくれませんかね? あれからもう、気になって気になって……」
 村長の言葉に、ラウルは憮然と答える。
「あんまし言いたくないんだがな」
「まあそうでしょうね。でもあの時は言ってくれたじゃないですか」
「……言わなきゃ、その後何されるか分からなかったからだ!」
「いやですねえ、そんなに私、信用なかったんですか」
「当たり前だろうが!」
 ラウルの剣幕に、乾いた笑いを漏らす村長。そして、
「男爵は言葉の意味が全く分かっていなかったようですが、あのサイハという青年は何か思い当たる節があるみたいでした。私もなんとなく分かった気がするんですが、言っても?」
「ああ」

「おめでたですか?」

 次の瞬間、本気で寝台の上に突っ伏すラウルがそこにいた。
「だから……アイシャといいアンタといい、どうしてそういう言い方をするんだ……」
 もうちょっと言い方があるだろうに、これはもう、人をいじめて楽しんでいるとしか思えない。
「これは失礼。それが一番近い表現かと思いまして……。つまりは、あの時の言葉通り、ラウルさんの中にいるんですね? 卵くんは。そして孵化の時を待っている」
「ああ、そういうことだ。気障でお節介な火の竜が尋ねてきて、そういうややこしい隠し場所に卵をしまってくれたのさ」
「なるほど……。アイシャさんの竜笛で、本当に竜が呼べたという訳ですね」
 そんな情報まで握られているのかと一瞬顔をしかめたラウルだったが、考えてみればアイシャが竜使いの末裔だという情報を持ってきたのは誰であろうシリン。そしてその情報源は盗賊ギルドだ。その長に情報が伝わらない訳もない。
「早くそれを言ってもらえれば、あんな手荒な真似をせずとも済んだのに……。ラウルさんの中に卵があるのなら、下手に命を脅かしたら卵まで巻き添え食うかもしれないじゃないですか」
 非難めいた村長の言葉だったが、その顔には「まあ、あなたがそんな素直な人だとは思っていませんけど」としっかり書かれていた。短い付き合いの割にはよく分かっている。
「本格的にやばくなったら言おうとは思ってたさ。それに、あの仮面の男があんたとは思わなかったが、ギルドの人間なら、やろうと思えばもっと手っ取り早く俺から情報を搾り出すことだって出来たはずだ。それなのにぬるい尋問をしてるから、何かあるんだと思って黙っててやったんじゃないか」
 その言葉をにこにこと笑って聞いていた村長。それはもう満面の笑みで、こんなことを言ってくる。
「いやぁ、本当にあなたは神官にしておくには勿体無いですよねえ。今からでも盗賊に転職しませんか? すぐさま幹部に抜擢して差し上げますよ」
 ラウルは苦笑しつつ、首を横に振った。
「あんたにコキ使われるのだけはごめんだ」
「おや、それは残念」

第七章・終
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