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第十章[4]

 王の間と呼ばれる大広間。
 かつてここが都市国家として機能していた際には、この場所にて王が諸侯との謁見を行っていた。今はただの廃墟となった都市。それに目をつけ、この地を本拠地としたのは、誰であろう巫女その人。そしてこの広間は、彼らの集会所として利用されていた。
 つい先ほど、とうとう現れた闇の神官ラウルとその仲間達。彼らを迎え撃つ為に信者達は慌しく出て行き、巨大な空間には、ただ少女とその右腕である青年だけが佇む。
 広間の奥、一段高くなったその場所に、ただ一つかつての面影を忍ばせる重厚な玉座が据えられていた。
 かつては金と宝石に彩られていただろう玉座はそれらがすっかりと剥ぎ取られ、無残な姿を晒している。
 その椅子に、少女は悠然と座っていた。その傍らに控えるサイハはといえば、苦々しい表情を浮かべている。
(くっ……ライーザ達は失敗し、そして奴らは自らやってきた……何もかも、巫女はお見通しということか……)
 ちらり、と巫女を覗き見る。暗い影を落とした紫の双眸は、先ほどから次々と報告に来る信者達を、どこか楽しげに見つめていた。
「すでに正面を突破されました!」
「広場はすでにほぼ制圧されています! どうかご指示を!」
 外、そしてすでにこの王城内へと侵入している彼ら。先ほどから次々ともたらされる状況に、サイハの顔は厳しさを増していく。それとは対照的に、巫女の表情は明るい。笑みさえも浮かべて、信者達のもたらす報告を聞いている。
「隠し扉を突破されました! 目下こちらへ向かっています!」
 その報告に、さすがのサイハも顔色を変えた。
(いくら内部情報を掴まれているとはいえ、これほどの早さで……?)
「巫女、いかがいたします」
「なに、まだ動くでない」
「巫女! このままでは、儀式どころか神殿の存続さえ……!」
 とうとう痺れを切らしたサイハが声を荒げるのを、巫女はつい、と視線を上げ、サイハを見やる。
「サイハ。迎えをやったのは、お主の独断か」
 はっと息を飲むサイハ。
「は、それは……」
「余計なことをせずとも、あの男はこうして我らの元にやってきた。お主の浅はかな行動のおかげで、儀式に捧げる生贄が減ったではないか」
「……巫女?」
 おかしなことを、言われた気がする。
「今、なんと……」
 失礼を承知で問いかけた、その時。扉の向こうからけたたましい物音が響き、そして扉が勢いよく開かれて黒装束の男が転がり込んできた。
「申し上げます! やっ――」
 言葉途中で、その体が床へと崩れ落ちる。何事かと扉を見たサイハの目に飛び込んできたのは、思いっきり背中を踏みつけにされて呻く信者と、壇上の二人を真っ直ぐにねめつけている黒髪の青年の姿だった。その後からどやどやと数人の仲間が入ってきたことに気づく余裕は、サイハにはなかった。
「よぉ。お招きありがとうよ」
 手には血に濡れた銀の短剣。その端正な顔も黒尽くめの服装も、返り血と泥にまみれている。顔にはありありと疲労の色が浮かんでいたし、足に巻かれた布からはじわじわと、赤いものが滲んでいる。
 それでも、射るような眼差しは力強く、意思に溢れていた。
 ラウル=エバスト。彼女が求める竜の力を宿した、若き闇の御使い。
 そんな彼を真っ向から見据えて、巫女は可憐な唇を動かした。
「よくぞ来た、若き闇の御使い」
 巫女がすっと立ち上がる。大きく両手を広げ、高らかに、歌うように、彼女は力ある言葉を解き放った。
『死したる者よ! 我が呼びかけに答え、その姿を現さん!』
 市松模様の床のあちこちに、轟音と共に亀裂が走る。そしてその暗き地の底から這い上がってくるのは、死者の群れ。
「ちっ……」
 広間のあちこちから、ゆらりと立ち上がりこちらを見ている命なき者達。骨だけとなった手に槍を構え、錆びた鎧に身を包んでいる者は、恐らくはこの居城を守っていた兵士達なのだろう。未だ朽ちた肉体を引き摺るのは、この遺跡へと探索に訪れた者の成れの果てか。
 ラウルは短剣を握り直し、遥か壇上の巫女を睨みつけた。
「死者の眠りを妨げ、あまつさえその肉体を操って……それでもお前は闇を崇めるものか!」
「我らにも力を貸し与えるユーク本人に、文句を言ったらどうだ」
 からかうように巫女は言い、すっと腕を上げる。 それを合図に、死者達が一斉に彼ら目掛けて襲い掛かってきた。
「くそっ……!」
 その余りの数の多さに、懐から呪符を取り出すラウル。それを見たアイシャが、鋭い指笛を吹いた。壁の亀裂から滑り込んできた風が、広間に吹き荒れる。
「今だ」
「おう! 『破邪の力よ!』」
 短い祈りの言葉とともに呪符を撒く。アイシャの呼んだ風がそれを舞い上げ、死者を取り巻いた。呪符の力によって動きを封じられた死者達に、ラウルが、エスタスが刃を浴びせて行く。
 バタバタと倒れて行く死者の群。しかし、その数は一向に減ることがなく、むしろ次々と床の亀裂から姿を現してくる。
「くそ、これじゃキリがない!」
 呪符は先ほどのもので最後。短剣を握り締め、一人、また一人と地面に打ち倒しながら舌を打つラウル。と、
『大地の女神よ、豊饒の大地をここに!』
 気迫のこもったカイトが後ろから響いてきた。その次の瞬間、地面の亀裂から土が溢れ出し、その亀裂をぐんぐんと埋めて行く。
「よし! これで……」
 一瞬だけ気が緩んだ、その瞬間。
「おい! 後ろっ!」
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