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第一章【13】 |
「どうしてこうなるんだ……」 小屋に溢れかえる村人の歓声に、頭を抱えるラウル。 神殿から戻り、夕食の準備をしようと台所に立った途端に押しかけてきた村人達は、一斉に卵に群がっていた。 「うわぁ、本当に大きいねぇ」 「何の卵なんだろうな」 「こんなの初めて見るだよ」 居間の食卓に置かれた卵をとりまいて、しきりに顎を捻ったり感心してみせる村人達。 村中の人間が押し寄せたのではないかという勢いに、居間は人でいっぱいである。よく見れば表からも、中に入りきれなかった村人が窓にへばりついて中の様子を伺っているという有様だ。 「野次馬根性丸出しだな……」 そしてその野次馬の中には、マリオの父親である村長もしっかり混じっていた。 「すいませんねえ、こんな田舎じゃ娯楽がないもので。物珍しい物に飢えてるんですよ」 とは村長の談だが、娯楽扱いされてしまったラウルと卵にはいい迷惑だ。 「でも神官さん、偉いわねえ」 わらわらと押し寄せる村人達を避けるように、部屋の隅でがっくりと肩を落としていると、艶やかな女性のお声がかかった。 顔を上げると、こんな田舎には勿体無いくらい妖艶な女性が笑顔でラウルの目の前に立っている。 「とんでもない。どんな命も尊いものです」 咄嗟に笑顔を浮かべ、さも当然のように言ってのけるラウル。女性の前での変わり身の早さは見事なものだ。 「でも、私だったら気味悪くて、きっと捨てちゃうと思うわ。それなのに育てる決意をしたなんて、本当に立派ね神官さん」 「どうぞ、ラウルと呼んで下さい」 笑顔で言ってのけるラウル。その間も、視線は女性に釘付けだ。 鮮やかに塗られた唇、緩やかにうねった小豆色の髪。少女のようであり、また大人の色香も漂わせる不思議な顔立ち。 (なかなかの別嬪さんじゃねえか……。こんなところにもいるもんだな) 歌姫か、踊り子か。鮮やかな刺繍の施された服は、村人達の中にいて一人目立っている。どちらにしても、こんな辺鄙な村には似つかわしくない、振るいつきたくなるような上玉だ、と頬が緩みかけたラウルだが、 「お母さん!」 の一言でぶち壊された。 「お母さん、ごはん〜」 「お店放り出していいの?」 「帰ろうよ〜」 などと口々に言いながらやってきたのは、なんと総勢六人の子供たちである。上はエリナと同じくらいの少女から、下はその少女がおぶった赤ん坊まで、男女入り混じってわらわらと集まってくるではないか。 「お子さんですか……?」 恐る恐る尋ねると、女性は艶やかに笑って頷いてみせた。 「ええ、そうよ?あら、自己紹介が遅れたわね。あたしはこの村で『見果てぬ希望亭』っていうお店をやってるレオーナっていうの。よろしくね、ラウルさん」 「は、はあ……」 呆けたように答えるラウル。 「お母さん、卵見た?」 「僕見たよ!すっごいね〜」 「早く帰ろうよぉ、お母さん」 子供たちが一斉に喋るのを、はいはいと受け流すレオーナ。しかし、どう見ても六人の子持ちには見えない。若すぎるし、所帯じみた感じが全くしない。 (この村には、恋愛対象になるような女はいねえのか?) 内心がっくりしているラウルに、レオーナは笑顔で 「あたしに手伝えることがあったら何でも言って。といっても、あたしに分かることなんて子供のことくらいだけど。頑張って孵してあげてね、ラウルさん」 とラウルの両手を握り締めてきたではないか。ラウルはつい反射的に 「勿論ですとも。お任せ下さい」 と胸を張って宣言してしまった。途端、その言葉を聞いていた周りの村人達が、わぁっと歓声を上げる。 「立派だなあ、神官さん!」 「俺たちも出来る限り手伝いますよ」 「んだんだ。村を上げて応援するだ。な?村長」 「ええ、勿論ですよ。困ったことがあったら何でも言って下さいね!力になりますから」 「早く見たいなあ、卵が孵るの」 「一体どんな生き物が孵るんだろうねぇ〜」 「頑張ってね、神官さん!」 これだけの人数の前で、最早いやだ、とはとても言えない。 いや、この雰囲気でそんな事を言ったら、一気に信用ががた落ちである。 (腹をくくるしかないか……) 今までどうにも逃げ腰だったラウルだが、もう前言撤回は出来ない。 とびきりの笑顔を浮かべ、一つ深呼吸。 「はい。頑張って、なんとしても孵してやりたいと思います」 ラウルの言葉に、再び歓声が上がった。 この日そう宣言してしまった事を、後でラウルは散々後悔する事となる。 渦中の卵といえば、村人達の好奇の視線を一身に浴びながら、悠然と籠の中に収まっていた。 |
第一章・終◇ |
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