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第七章【5】

「あなたが……なん、で……」
 次第に呂律の回らなくなってきたラウルに、村長はにっこりと笑いながら
「まあ色々あるんです。その辺の事情はまたあとでお話するとして……そろそろ限界でしょう?いいんですよ、眠っちゃって。後の事は私に任せてください」
 無茶苦茶な話である。しかし村長の言葉通り、ラウルの意識は急激に、闇の中へと沈み込んでいく。
(ちくしょう!こんな……)
 信頼できる相手だと思っていた。いや、村長は、今の今まで全く怪しげな素振りを見せていなかった。しかし、いつかのカイトの言葉。
(……盗賊ギルド、本当に信用できるんですか?)
 彼の読みは当たっていたのか。あの時、まさかと笑い飛ばしてしまった自分が情けない。
「ラウルさんにも見抜けなかったとは、光栄ですよ。何度も卵くんに見破られてたみたいですから、警戒されてるかと思いましたが」
 そう言えば、卵はやたらと村長に反応していなかったか。ただの人見知りだと気にもとめていなかったが、あの卵には人を見る目がある。
(信じてやれば、良かった……あいつ……)
 そんなラウルの心情などお構いなしで、村長は
「ああ、心配しないで下さい。卵くんの安全はちゃんと私が保証します」
 と、なにやらおかしな事を言ってのける。
 それに言葉を返そうとしたラウルだったが、次の瞬間とうとうその意識を手放した。
 悔しげに村長を睨んでいた瞳がゆっくりと力なく閉じ、体から力が完全に抜ける。
 床に倒れ付したラウルを、村長はしばし感情のこもらない瞳でみつめていたが、すぐにその腕の下に肩を入れて引き起こした。細身とはいえ軽いとは言いがたいラウルの体を、中肉中背の村長はいとも簡単に支えて小屋を出て行く。
 そして、何食わぬ顔で自宅へ向かい、意識のないラウルを見て慌てる妻カリーナとマリオに
「どうも疲れが一気に出たみたいだね。尋ねていったら、倒れていたんだ」
 と説明してのけたのだった。
「倒れてたって、どうしちゃったの?大丈夫なの?どうしよう、この辺りにはお医者さんもガイリア分神殿もないのに……」
 この辺りで医学の心得がある者は、ラウル当人だけである。
「ああ、だからとりあえず、エルドナまで行ってくるよ。少し遠いが、ここで回復を待っているよりはいいだろうからね」
 マリオが手を貸して、ラウルの身体を居間の長椅子に横たえる。その間も彼は指一本動かす事もなく、ぐったりとされるがままになっていた。
「熱はないようですけど……」
 そっとラウルの額に触れて、カリーナが心配そうな表情を見せる。
「ああ、どこか打ったのかとも思ったが、そんな形跡もないしね」
 自分が薬を盛った事などおくびにも出さず、心配げな表情を作って答える村長。
「恐らく休めば良くなるのだろうけど、万が一という事もある。エルドナのガイリア分神殿なら診てもらえるだろう。マリオは馬車を用意してくれ。カリーナ、当座の食糧を用意してくれるかい?」
 はい、と答えて台所に走っていくカリーナ。マリオも慌てて外の馬小屋に向かおうとして、ふと振り返る。
「でも、エルドナまでどんなに急いでも二日はかかるよ?馬車は揺れるし……」
「しかし、それしか方法がないから仕方ないだろう?大丈夫、様子を見ながら行くよ」
「うん……」
「おや、父さんを信用できないかい?」
 おどけた調子で尋ねると、マリオは慌てて首を横に振った。
「それじゃ、馬車の用意を頼むよ、マリオ」
「はい、父さん」
 まだ心配そうなマリオだったが、父親の言葉に従って外へと走っていった。
「あなた、保存食ばかりだけどこれでいいかしら」
 手早く食糧を籠に詰めて台所から戻ってきた妻に、村長はそれを受け取って中身を確認し、頷いてみせる。そして
「事によっては十日ほど留守にするかもしれないから、その間の事はお前に任せるよ」
 と言いつけた。日頃、用事で外出する事の多い村長に代わって、村長代理を引き受ける事の多い妻は、いつもの事だと快諾する。
「ラウルさんは私が見ていますから、あなたは出かける用意をして下さいな」
「ああ、頼むよ」
 そう言って、自室へと向かう村長。旅支度を整えて戻ってきた頃には、マリオが玄関先に馬車の用意を終えて父親を待っていた。馬車といっても、農作業用の荷馬車に簡素な幌をつけただけの代物だ。この村では唯一、人を乗せて運ぶ事の出来る馬車でもある。
 幌の張られた荷台に何重にも毛布を引き、意識のないラウルの体を横たえる。
「昼間は元気だったのに……」
 心配げにラウルの顔を覗き込むマリオを、やんわりと馬車から引き剥がす村長。
「お前は留守番だよ。母さんと一緒に、大人しく待ってるんだ」
「やだよ、僕も行く!ラウルさんの事が心配だし……」
 村長は息子の頭を優しく撫でて、しかし断固として首を横に振った。
「駄目だ。留守番していなさい」
 マリオの抗議を聞かずに御者台に飛び乗ると、馴れた手つきで手綱を繰る。
「あなた、気をつけて!」
 もう夜も遅い。普段ならよほど急を要する場合でない限り、こんな時間には出立しないものだ。なにしろこの辺りは野生の動物も多く生息しているし、最近はあまり聞かないが、旅人を狙う盗賊団なども出没する事がある。まして、エルドナは馬でも二日以上はかかる場所だ。大抵は急用でも翌朝まで待って、日が昇ってから出かけるものなのだが、事態が事態だけに、仕方のないものだと二人は納得していた。
「父さん、狼に襲われないようにね!」
「ああ。気をつけるよ。それじゃ、行ってくるよ」
 声だけを残し、馬車が夕暮れに染まる村を走り去っていく。
 あとには、不安げに馬車を見送る親子が残された。
「大丈夫かなあ、ラウルさん……」


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