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第九章【7】

 月のない夜。
 雑木林の中に、影が躍る。
「神官はいまだ、村に留まっております。今はもう、小屋に……」
 配下の報告に、女は小さく頷く。
「よし。サイハ様より受けし使命、今こそ果たす時だ……!」
「はっ……」


 それは、闇を切り裂く白刃の煌きから始まった。
「お、おいっ?」
 ど、っと地面に倒れこむ相棒に慌てる青年は、次の瞬間自らに襲い掛かってきた黒衣の人間の刃を、辛うじて剣で受け止める。
「くっ……!」
 キンッ、と金属同士のすれ違う音が響き、次の瞬間青年はばっと後ろに飛びのくと、喉を振り絞って声を上げていた。
「敵襲だっ!」
 次の瞬間、青年目掛けて振り下ろされた刃が、その胴を薙ぐ。
 暗闇に血飛沫を散らして倒れこむ青年の目には、彼の声を聞きつけて駆けつけた村の仲間達の姿が映っていた。


 エストの村が、再び戦場と化す。
 それは収穫祭の、そして六十年前の悲劇の再来であるかのよう。
 しかし、あの時とは違う。村は、強い戦いの意志を秘めていた。


「ちっ……」
 鋭く舌打ちをしながら、巨体から繰り出される渾身の一撃をかわす。次の瞬間、彼女のいた場所に振り下ろされた巨大な剣は、空気を切り裂き地面を抉った。とてつもない威力である。受ければ剣はおろか、体ごと真っ二つにされそうな勢いだった。
「……」
 無言で剣を構えなおす巨体。距離を置いてこちらも刃を構えながら、ライーザは己の考えの甘さを痛感した。

 闇夜に紛れて村を襲い、あのラウルという神官を連れて戻る。いかな警備体制を強化されていても、闇を使役する自分達にとってはさほどの障害にならないはずだった。 ところが。
 入り口を突破した彼女達が見たものは、真夜中にもかかわらず、村のあちこちから飛び出してくる村人達の姿。彼らは手に武器を携え、または呪符を行使して、彼女らと互角以上の戦いを繰り広げている。
「入り口を守れ!」
「広場に入れるなっ!」
 口々に叫びながら戦う村人達。広場には、どうやら女子供、老人などが集められている ようだった。悲鳴や子供の泣き声が彼女達の元にも届いてくるが、それでも村人達の闘志は揺らぐ事がない。
「神官を出せ!お前達には用はない!」
 高らかに告げるのは、影の神殿にて司祭位を預かるライーザ。しかし村人達は応じることなく戦いを挑んでくる。
「そういうわけに行くかよっ!」
「そうだ!ラウルさんは連れて行かせない!」
「愚かな……」
 嘲りとともに白刃が踊る。血飛沫が闇夜に散り、悲鳴や呻き声があたりに響く。 果敢に立ち向かってくる村人達を、ライーザ率いる影の神殿の者達は容赦なく地面に沈めて行く。彼女らの放つ闇の術は村人達の心を闇へと引きずり込み、戦意を喪失させ、また敵味方の区別を失わせていく。そして、ただ命令のままに動く死人の群れが、村人達に襲いかかる。
 しかし、村人達は怯む事なく立ちはだかって来る。無謀としか思えないその行動に呆れる間もなく、ライーザの目の前に立ちふさがる巨体があった。
「……失せろ」
 低い声と共に構える大剣は、ぎらりと物騒な輝きをもってライーサを映し出している。それを握り締めるのは、雲をつくような大男。ただの村人とは思えない肉体とその腕に、さしものライーザも押されていた。

「このっ……」
 力では到底叶わない。そう判断してその場を飛びのき、辺りの死者に命じて巨体の動きを封じる。その間に呪文を紡ごうと、印を組んだその時。
『破邪の力よ!』
 声と共に舞う紙吹雪。一瞬視界を奪われたライーザが目を開けた時、そこには呪符に力を奪われ倒れ伏す死者の群れと、息を切らして佇む老人の姿があった。
「ゲルク様!」
 村人達の声に、老人は手を挙げて応えてみせる。
「すまん、遅れた」
 小屋からここまで、よく利かぬ足で走ってきたのだろう。その息は乱れていたが、とても八十過ぎとは思えない鋭い眼光で居並ぶ敵を見据えている。
 そして、その隣に佇む人影。
「目的は私ですか」
 静かな声が響き渡ったかと思うと、不可思議な力が彼らを襲った。
 それは、質量のある風のように彼らを襲い、地面に叩きつける。
「なにっ?!」
 今自分に襲い掛かった奇妙な力に首を傾げつつ、ライーザは即座に起き上がって声の方を見やる。
 そこには、黒髪の青年が佇んでいた。村人達が彼を守るように取り囲むが、彼はすっと手で彼らを退かせ、そして一歩、また一歩とライーザの前にやってくる。
「退きなさい、影の使徒よ」
 穏やかな声。黒い神官服に身を包んだその男は、まさに彼女が迎えに来た、若きユークの使徒。その表情には哀切の色が溢れていた。
「誰が退くものか!お前に宿りし竜の力、我らが悲願のためにっ……」
 言葉が途切れる。次の瞬間、ライーザとその部下達は、まるで不可視の腕に押さえつけられたかのように、再び地面へと叩きつけられていた。
「お前、は……」
 地面に倒れ伏し、ライーザは信じられないものを見るような顔で、近づいてくる黒髪の青年を睨みつけた。これは、ユークに仕える神官が行使できる術とは違う。何かがおかしい。
 すると、青年は肩をすくめ、すい、と手を振った。
 まるで夢でも見ているかのように、青年の姿が色をなくし、そして消える。次の瞬間そこに佇んでいたのは、金の髪を風になびかせた魔術士だった。穏やかな笑みを浮かべる、まるでこの場には似つかわしくない人間の登場に、誰もが目を剥く。
 にっこりと笑って、魔術士はライーザに話しかけてきた。
「残念でした。ラウルさんならもうここにはいませんよ」


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