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第十章【9】

「終わったな……」
 血に濡れた体を奮い立たせ、すっかり明るくなった空の下、ラウルは歩き出した。 すでに体力も気力も限界に近い。それでも、彼は歩みを止めない。
 待つものがいる。帰る場所がある。
 それだけで、心が熱くなる。体の奥から力が湧き上がる。

 そして。
 ふと空を見上げたラウルの目の前で、それはゆっくりと始まった。

 闇が、世界を黒く塗りつぶしていく。
 太陽が影に覆い隠され、昼間から一転して闇夜へと、空が塗り替えられる。
 地上を走る、ざわざわとした波のような模様。まるで闇が地上を撫でるかのように、彼らの足元を駆け抜けていく。
「始まったか……」
 闇が光を圧倒する時。それは、少女が待ち望んでいた瞬間。
(なあ、見えてるか?)
 今はもういない少女に、そっと呟いてみる。
 太陽が影に多い尽くされる瞬間、最後の閃光が眩い光の矢となってラウルの目を射る。
 瞼を閉じたその先に焼きついた、鮮烈なる光の輪。
 それは金剛石の嵌った指輪のようであり、また光で編まれた花冠のようであり。
 そして、魂が還る場所、そして旅立つ場所。この世界を巡る輪廻の輪のようだと、ラウルは思った。
 地上に生まれし命は、いつかはそこへと還る。 その日が来るまで、ラウルは辛くとも歩み続ける道を選び取った。
 あの、幼い日に。そして、今この瞬間、もう一度。

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