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終章:北大陸は遠く

新世暦141年 一の月七日 ラルスディーン・ユーク本神殿執務室

 ようやく新年祭も終わって、神殿も日常を取り戻しつつあります。
 今年は神殿長が儀式の最中に居眠りをこくこともなく、無事に儀式を終えることが出来て、ほっと一安心です。
 そんな神殿長は新年祭のあとも業務に忙殺されており、あまり根を詰められると体に障るので、折を見て強引に休憩を挟んでいただいています。
 今日はおやつに、神殿長のお好きな胡桃の焼き菓子を持ってきたので、少しは長く休んでいただけるのではないかと――。

「ぶわっはっはっは……!!」

 執務室の扉を叩こうとした途端、中から聞こえてきた馬鹿笑いに、思わずお盆を取り落とすところでした。
 今の声は紛れもなく神殿長のものですが、日頃は悪戯小僧のような笑みを浮かべられることはあっても、あんな大笑いをされることなんてないのに、一体どうしたことでしょう??

「失礼します! 神殿長、いかがなさいましたか??」

 扉を叩くのも忘れて執務室に飛び込むと、相変わらずぐちゃぐちゃの執務机の向こうで、椅子から転がり落ちそうな勢いで仰け反って痙攣している神殿長のお姿が!!

「神殿長!?」
「っはは・・・・…いやあ、大丈夫だオーロ。危ない危ない、もう少しで椅子から落ちるところだったよ」
 琥珀色の瞳に涙を浮かべて、よいしょと体を戻された神殿長は、まだ肩を震わせて笑いの発作をこらえているようでした。
「何かおかしなものでも拾って食べましたか?」
「……お前、人をなんだと思ってるんだ」
「少なくとも、執務室で涙を流しながら大笑いする方ではないと思ってましたが」
「お前もこれを読んでみたら分かるさ。ほれ」


 ひょい、と差し出されたのは一冊の雑誌でした。表紙には『たんぽぽ新聞 五周年記念特集号』と書かれており、その下にはでかでかと『卵神官の秘密に迫る!』と記されています。はて、卵神官とは一体……? どこかの新興宗教でしょうかね?
「なんですかこれは?」
「まあ、読んでみろ」
 そう促され、意を決して表紙をめくれば――。


『弱きを助け、強気をくじく! まさに彼は北の地に現れた英雄なのです!』
『夏祭では麗しい騎士姿を披露! その凛々しさたるや、白馬の王子様もかくやと絶賛の嵐!!』
『お代はあなたの笑顔です――その言葉に涙する老婦人』
『全ての命は等しく価値のあるもの――俺はその言葉に胸を打たれ、これまでの親不孝な半生を恥じた――とある少年の述懐――』
『婿にしたい青年第一位! 人気の理由は”顔と身長”そしてやはり”優しいところ”』


「あーっはっはっはっはっ……ははっ、は、腹が痛い……!!」
「だろう? いやあ、久々に腹筋がよじれるかと思ったよ。これほどまでに笑わせてくれる記事があるとはなあ! ”ペンは剣より強し”とはよく言ったものだ!! ああ、思い出したらまた涙が……!!」
 再び腹を抱えて笑い転げる神殿長。私も、頁を繰る手が震えます。
「し、神殿長、どこでこんなものを……!?」
「いやあ、知り合いの船乗りがな、面白い雑誌を見つけたからと送ってくれたんだ。いやあ、なんというか……元気でやってるみたいじゃないか」
 そう笑う神殿長の瞳は、とても嬉しそうで――。
 おや、私まで涙が滲んできました。
 きっと笑いすぎですね。ええ、そうに決まってますとも。


「……それにしてもこれ、ラウルは知ってるんですかね?」
「さあ……どうかな?」
おわり


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