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マースヴァルト共和国

 弔いの鐘が、鳴る。
 鐘の音は風に運ばれ、東大陸の平原を駆け抜ける。

 ここは、マースヴァルト共和国。三年前に建国された、新しき国。 
 五年前まで、ここは違う名の国だった。
 ヴェストア帝国。過酷な帝政を敷くかの国は、五年前に勃発した革命戦争によって倒れ、革命の英雄が新たな国王となった。
 新たな国王、新たな体制。この国の歴史は始まったばかりである。

 マースヴァルト共和国、首都マースヴァルト。
 その一画にあるユーク神殿で、弔いは行われていた。
 集まった人間の数は、驚くほど少ない。しかし、その者達の身分を知れば、誰もが驚愕するだろう。
「ゼーラ……。お疲れ様……」           
 ガイリアの神官服を纏った少女が、棺にそっと呟く。
「最後まで、こいつをかばうなんて、ほんとお前らしいよ……」
 戦士の装束に身を包んだ山人の女性が、溢れる涙を拭おうともせずに呟いた。
「なんで……、平和にならないんだろう……。ボク達のやってきたことは、ちっとも実ってないっていうの?」
 森人の青年が静かに嘆く。
「せめて、静かに眠ってくれ。俺達がその場所に辿り着くまで……」
 銀の髪の青年が静かに告げ、そっと棺に花を乗せた。
「国王、五英雄の方々、よろしいですか」
 傍らに控えていたユークの神官が尋ねる。それぞれが頷くのを確認して、神官は鈴やかな鐘を鳴らした。神殿の奥から神官達が静かに現われ、棺を運び出す。
「我がユーク神殿の侍祭ゼーラ=フェネスは、皆様の役にたてた事を最期まで喜んでおりました。彼……いえ彼女は、ユーク様の御元で真の安らぎを手に入れます。どうか、悲しまれませんよう……」
 神官の言葉に、四人の脳裏に彼、いやユーク神官であった彼女と過ごした日々が蘇る。それは、つらく長い戦いの毎日であったけれども、彼らは共に戦い、泣き、そして笑いあった。それは悲しく辛い記憶であると同時に、忘れえぬ、大切な思い出の日々でもあるのだ。

 彼らは、五年前の革命戦争の英雄たちである。
 清らかなる癒し手、ガイリア神官ルウィーナ=ティーエル。
 勇猛なる女戦士、山人のドナ=ロータス。
 深き森の精霊使い、森人である、セイルの森ウェイトの村のアールト。
 銀の剣士、ユーリス=ファルシャーク。
 そしてもう一人、ここにはいない東の塔の三賢人の一人である若き魔法使い、ディオ=ジール。
 彼らはヴェストア革命戦争の英雄であり、現在でも高い地位につく者達である。
 ヴェストアの過酷な支配から抜け出した国民は彼らを五英雄と讃えた。
 しかし、国民は知らない。
 六人目の英雄、闇と死の神ユークの神官、ゼーラ=フェネスの存在を―――。

 彼女は、戦争の途中から仲間になった。最初は誰もが、闇と死の神の神官である彼女に不信感を抱いていた。
 しかし、彼女は彼らを幾度となく神聖術で助け、戦い途中で亡くなった者達を、安らぎへと導いた。
 彼女は、実は男であったけれども、誰もそんな事は気にしなかった。
 おどけ顔の黒き神官ゼーラ。陰から彼らを助けた六人目の英雄。しかし彼女は、英雄扱いされることを嫌がった。
 彼女は革命戦争終結後、新たなマースヴァルト共和国にユーク神殿を築き、侍祭として戦いの犠牲者へ、毎日祈りを捧げていた。
 ところが、悲劇は起こってしまった。
 その日、王城に集まっていた四人、ユーリス、ルウィーナ、ドナ、ゼーラに出された紅茶のユーリスの分にだけ、致死量の毒物が入っていた。
 誰も、気付かなかった。
 ゼーラは、気付いていた。
 だからゼーラは、いつもの気紛れを装ってユーリスの紅茶を奪った。
 部屋の隅に控えていた侍女が血相を変えてゼーラからカップを取り上げようとしたが、遅かった。

 ゼーラは倒れ、カップに毒を持ったその侍女は取り押さえられた。
 侍女にそれを命じた者が分かったが、ゼーラは戻らなかった。
 意識は回復したが、毒はすでに全身を巡っていた。
 ゼーラは、最期まで笑っていた。

「許さない……。絶対に、許さない」
 静かに、しかし力強くユーリスは言う。
「ゼーラの命を奪った奴ら……帝国の亡霊達を、必ず!」
「憎しみに染まってはいけません、ユーリス」
 ルウィーナが、涙を拭いながらささやく。「ゼーラの望みは、そんな悲しい復讐劇ではないはずです」
「分かってる。でも、奴らは許さない。この国を平和にするために……、それ以上、悲しい犠牲を増やさないために……」
「力を貸すよ。いくらでも」
 ドナが右手を差し出す。褐色のがっしりした手は、彼女の歴史そのものだ。
「これ以上、悲しい涙を流さないですむように」
 アールトが、ドナの右手に白く細い右手を重ねる。
「ゼーラの望んだ平和を、守るために」
 ルウィーナの小さな手が、アールトの手にそっと重ねられる。
「幸せな未来を!」
 ユーリスがルウィーナの手の上に右手を重ねる。

 弔いの鐘が、響き渡る―――



 マースヴァルト共和国は、三年前に新たに建国された国です。
 五年前まで、この地域はヴェストア帝国が支配していました。帝国は苛酷な帝政を敷き、国民を苦しめていました。また、最後の皇帝であった『魔女帝』ルシエラ・エル=ルシリスはその強大な魔力を以て君臨していました。
 徹底した帝政はやがて特権階級と民衆との衝突を生み、革命戦争が起こりました。
 一年以上に及んだ戦争は、五英雄によってその幕を閉じました。五英雄の一人、ユーリス=ファルシャークの剣が『魔女帝』を貫き、永きに渡った帝政は終焉したのです。
 人々は彼の功績を讃え、象徴としての王に迎え、共和政を樹立し、国号をマースヴァルト共和国と改めました。

 ユーリスは五英雄のリーダーで、とある貴族の陰謀で剣闘奴隷の身分に落とされた人間でした。その復讐のために革命戦争に参加し、卓越した剣の腕とその知力で革命の中心的存在となりました。
 やがて、彼と彼の周りに集まった力ある者達を、人々は五英雄として讃えるようになりました。しかし、人々は知りません。六人目の英雄の存在を……。

 首都はマースヴァルト。ヴェストア帝国の首都だったこの地をそのまま首都としました。城も町並みも当時のままです。ここには魔術師協会があります。
 また、マースヴァルトから真っすぐ北上したところにある城砦都市バインは、革命戦争の折に革命側の本拠地だった都市です。
 山側にあるゼクスの街には、空人が多数住んでいます。彼らは傭兵稼業の最中に伴侶と巡り合い、そのまま落ち着いた者だったり、翼が弱ってミューラーに帰る事の叶わないお年寄りだったりします。
 湖畔にあるルークスの街は、シールズから流れてくる冒険者で賑わっています。ここに盗賊ギルドがあると言われています。


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