[BACK] [HOME]

空人の国《ミューラー》

「風、強いな……」
 ボクは吹きつける風に煽られる自慢の金髪を片手で押さえて呟いた。
 ここは、山の頂。だから風が強いといっちゃ当たり前なんだけど。
 今日の風は、違う。
 いつもより強く、厳しい。
 でもボクには分かる。風の乙女達が、いつもより凛々しい顔つきをしてること。

 戦いが、始まるのかもしれない。
 この東大陸のどこかで。

 ボクはリスティン。明けの星のリスティン=メイル。背中に翼を持つ空人族。明けの星っていうのは、ボクの部族名。といっても、明けの星の部族は今、ボク一人だけ。
 四年前に、僕らの国ミューラー国で起こった大規模森林火災によって、ボクの部族を含めたたくさんの部族がなくなったんだ。ボクはその時ヴェストアの革命戦争に傭兵として参加してて、明けの星の部族の中でただ一人生き残った。だから、明けの星の部族はボク一人。

 ボクら空人は、東大陸を南北に貫く山脈の東側の山岳地帯に住んでる。ボクらが住んでる地域全体を称してミューラー、ボクらの言葉で風の大地っていう意味の言葉で呼んでる。だけど東大陸の他の国は、国の名前だと思ってるらしくって。ボクらに国っていう観念はないんだ。ボクらは部族ごとに集落を作って暮らしてて、その集落の長が集まって会議を開く。それでミューラー全体のもめ事を片付けるんだ。だから国じゃない。ま、面倒だからミューラー国って言っちゃったりもするけどね。
 大小さまざまな集落の族長会議の議長は何年かごとにかわるんだけど、大抵一番大きい集落の長が議長になる。今は、ミューラーの中央部分の山の中腹にある蒼き風の集落の長、つまり蒼き風の部族の族長が議長。だから対外的には国王って感じにとられてるんだろうな。この蒼き風のフェスター=ルカー長老はとってもいいおじいちゃんなんだけど、商売事にはうるさいんだ。ボクが傭兵としてヴェストア革命戦争の革命者側に雇われたときの交渉もルカー長老がやったんだけど、まあ凄い凄い。最初の二倍は出させたもんね。

 そうそう。五年前の革命戦争の時、ボクはまだ14歳だったんだ。でもボクは、風の精霊の力を借りられる風使い。それでもって、槍の名手でもあるんだよ。ボク達は空中からの攻撃が主になるから、大抵槍や弓矢の達人が多いんだ。ボクは革命派の主導者、ユーリスとも会ったことがあるんだよ。今はマースヴァルト共和国の国王になっちゃったけど。
 戦争が終わってミューラーに戻ってきたボクは、住んでいた森がまるっきり焼け野原になってるのにびっくりした。そして、近くの部族を尋ねて、火事の事を聞いたんだ。
 せっかく部族のために傭兵に行ったのに、帰ってきたらボク一人でしょ?どうしようかと思ったけど、ボク一人じゃ部族を建てなおすなんて出来ない。でも、ボクは明けの星の部族としての誇りを捨てることも出来ない。
 帰ってきたから四年。ミューラー中を探し回ったけど、ボクの部族の者は一人も見つけることが出来なかった。
 山火事のせいで、なくなった部族は全部で7つ。おかげで空人の全体数も、半分ほどになっちゃった。ボクみたいに部族の者が一人でも残っている部族は、明けの星の部族を含めて2つ。もう一つの部族、空の森の部族は、半分くらいが生き残ってたおかげで、場所を移して部族再興が叶った。ボクもそのお手伝いをしたんだけどね。
 ボクも、いつの日か明けの星の部族を建てなおすために、また傭兵稼業にでも出ようかと思う。
 ボクの他にも、傭兵として他の国に雇われている空人はたくさんいる。もともと空人はどの国に対しても中立っていう立場をとっていて、その代わりに傭兵ならいくらでも出す、という方法で人間達の国からの侵略を避けてきたんだから。
 その傭兵の中には、ボクの部族の者もいっぱいいる。そういう人達を集めて、部族を再興させるんだいっ!

 だから、この景色も今日でとりあえずの見納め。
 風が教えてくれる。どこかで始まる戦の気配を。
 ボクは戦う。
 明けの星の部族が甦る、その日まで―――。

 ミューラー国は、東大陸を南北に貫くライール山脈の東側の山岳地帯にある空人達の国です。国というより、彼らが住んでいる地域全体を称してミューラー、彼らの言葉で風の大地という意味の言葉で呼ばれています。
 空人に国っとう観念はなく、彼らは部族ごとに集落を作って暮らし、その集落の長が集まって会議を開きます。
現在は、ミューラーの中央部分の山の中腹にある蒼き風の集落の長、つまり蒼き風の部族の族長、55歳になるフェスター〓ルカーが議長をつとめており、他国はこの議長を国王とみなしています。
 空人は、その飛行能力と勝れた戦士としての資質から、傭兵稼業を営むものがほとんどです。ですから集落に残っているのは老人や子供だけのことが多く、山岳地帯や森を好むことから農業も漁業も牧畜もしないため、食料は狩猟か採取するしかありません。それ以外は傭兵達が調達してきます。
 国として、他国の傭兵の要請に答えていることが多いのですが、中には個人的に雇われたり、また冒険者となって東大陸を放浪している者もいます。
 ミューラー国は他国の人間の侵入を拒み続けており、未だミューラー国の地理を解しているものはおりません。空人ですら、全体を把握しているものはそういないようです。ですから、傭兵の募集や要請は、文書にして空人の伝令が届けにきます。
 他国に住む空人達が協力して作り上げたのが伝令ギルドです。本部はシールズ神聖国の首都シールズディーンにありますが、東大陸の全国に支部を持っています。ギルドに行けば、急ぎの手紙などはすぐに届けてくれます。距離によって料金が異なりますが、まあ自分で運ぶことを考えれば安いものでしょう。


[BACK] [HOME]