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シールズ神聖国

 風が吹いている。
 東大陸ケルナの風は、強く厳しい。
 大陸を南北に縦断する山脈を渡る風。
 山脈の麓に広がる平原を吹き抜ける風。
 風と戦の女神の、それは息吹―――

 その風を、一身に受ける者がいた。
 ケルナ神殿の中庭に立ち、今年一番の春風に型までの白銀の髪をなびかせている。
 セレンディア・アリール=フェス。
 ケルナ神高司祭の服を身にまとうこの16歳の少女こそ、このシールズ神聖国の王。
 風の中たたずむその姿は、あまりにも儚く、また可憐だ。
 しかしこの少女は、この国のケルナ神官の中で最も強い力を持った者。風と戦の女神ケルナの御姿を見ることの出来る、数少ない神官の一人。
 巫女王。彼女はそう呼ばれている。

「風……」
 セレンディアの口から、そんな呟きが漏れる。
 風は、女神ケルナの息吹。
 巫女王セレンディアは、風の中の女神の心を感じる事が出来る。
 春の風の喜び。
 夏の風の情熱。
 秋の風の哀愁。
 冬の風の厳しさ。
 風は常にセレンディアの傍らに居る。
「いつもと違う、風……」
 セレンディアは風の中に、女神の心を感じた。
 それは、春の訪れを喜ぶ風。
 しかし、それだけではない。
 前進する心。
 開拓する心。
 未来を切り開かんとする、強い思い。
 ―――それは、戦いの心。
「永の平和は風を淀ませる……」
 それは、風の女神の教え。一所に留まる風はやがて力を失う。風は、吹き続けなければならない。
 シールズ神聖国はファーン復活暦249年の建国以来、周囲の国々との戦乱を幾度か経験している。しかし、ここ数十年は平和が続き、人々は戦を忘れた。
「新たな風を起こそうというのですか、ケルナ様―――」
 セレンディアの言葉に応えるかのように、風がまた吹いた。

 シールズ神聖国。
 東大陸ケルナの中央部に位置するこの国は、ケルナ大陸の国々の中の人間の国としては、最古の歴史を誇っている。
 ファーン暦237年、それまで空人族しか存在しなかった東大陸に、中央大陸から最初の移民団が到達した。彼らは平野を開拓し、小さな開拓村から町、そして都市と発展していった。それが現在のシールズの前身である都市国家イリアである。
 都市国家イリアが国家としての機能を果たしだしたのがファーン復活暦50年。しかしファーン復活暦71年に大陸南に建国されたヴェストア帝国の進出に、軍事力を持たないイリアはなすすべもなく侵略されていった。しかし、ケルナ神殿の神官戦士の力によって、ヴェストア軍は退却を余儀なくされた。彼らはまるで風と戦の女神ケルナをその身に降臨させたが如き力で、ヴェストア軍を退けたのである。
 その鬼神の如き力でヴェストア帝国の侵略を阻止したケルナ神官戦士達を讃え、都市国家イリアの元首は彼らの指導者格である神官に王位を授け、そして国号をシールズと改め、神殿による国の統治を行なったのである。
 それ故、この国は「神聖国」という名を冠し、国を上げて風と戦の女神ケルナを祭っているのだ。
 この国の最大の特色は、いわゆる宗教国家であるという事であろう。代々の王はケルナ神殿の神官から選出され、そして自らの力の衰えを悟った王は次代の王を、再び神官の中から選出する。王となる資格を持つ者であれば、年令や性別、種族などは一切問わない。
 そして昨年、高齢のヴェルヌ王は選んだ王こそ、セレンディア。当時まだ15歳の少女であった。
 この国の特色はもう一つある。それは、女神ケルナが冒険者と呼ばれる者達の守護神でもあることから、ファーン全土から多くの冒険者が集まる国であるという事だ。
 一歩間違えばならず者扱いの彼らにとって、この国は心安まる場所なのであろう。冒険者稼業を引退し、この国の住人となって余生を送る者も少なくない。ケルナを信仰する国でありながら、ケルナ以外の神への信仰を否定せず、弾圧もしない事もあって、ケルナ以外の神を奉る者も何はばかることなく、己れの信ずる道を行ける国。
 それが、シールズ神聖国である。

「国境警備の強化、ですか?」
 セレンディアの命令に、武官であるリーガルは思わず繰り返した。
 シールズ神聖国は、今日も平和である。
 他国の侵略が始まったという話もない。
 それを、この小さな巫女王は警備を強化せよと言う。
 リーガルの問いに、セレンディアはこくんと頷いた。
「はい。国境警備の強化並びに、『風の翼』隊の軍事訓練の徹底。神官の神聖術修練の徹底です」
 『風の翼』隊は、ケルナ神官戦士と志願兵、そして徴兵制により加わっている国民の15歳から18歳までの男女から編成される、シールズの軍隊である。他の国と違い、騎士というものが存在しないシールズにとって、国を守る要である。有事にはこれに、国内に滞在している冒険者を統括する冒険者ギルドで編成した傭兵隊も加わって事にあたる。シールズが東大陸内で一番の国土を保っていられるのは、この兵力があるからだ。
 最も、戦いのない近年においては志願兵も減り、徴兵制は成人の義という慣習と化している。
 因みに、シールズ神聖国はケルナ本神殿が治めており、王は本神殿の神殿長でもある。その下に政治を司る文官と軍事を司る武官、そして神殿を守る神官がいる。神官は全員ケルナ神官だが、文官や武官の中には他の神を崇めるものもいる。しかし、この国では他の神を信仰していても、国に忠誠を誓い、ケルナ神を否定しなければそれも認められる。
「そうそう。食料の生産と備蓄も増加。貿易も活発に」
 この言葉に、リーガルの隣に控えていた文官のナディーが口を開く。
「……承知しました。しかしセレ様、一体……?」
「副神殿長。神聖術の修練徹底を、私に代わってお願いします」
「僕、いえ、私がですか?」
 セレンディアの後ろに控えていた神官衣の青年が慌てる。
「じゃ、お願いしますね」
「セレ様!」
 神殿長の部屋を立ち去ろうとするセレンディアに、三人揃った制止の言葉がかかった。
「この平時に何故……?」
「そうです。シールズの平和を侵すものは、まだ表れてはいません」
 疑惑の瞳を真っ向から受けて、セレンディアは窓の外を指差した。
 神殿長の部屋の窓は大きく開かれ、春風が吹き込んでいる。
「……風が言っています。永の平和は終焉したと……」
「なんですと!」
「そんな……」
 リーガルとナディーの二人が驚愕する中、セレンディアと副神殿長レイは風を受けていた。
「レイ」
 セレンディアが後ろを振り替える。レイはどこか寂しげに頷く。彼も気づいていたのだ。風がいつもと違う事に。
「では、頼みますね。レイ、行きましょう」
「は、はい。セレ様」
 呆然とする文官と武官の長を残し、二人の若きケルナの御使いは部屋を立ち去った。
 魔法の水晶球を伝ったシゥトュルム公国の宣戦布告が届いたのは、それから数週間後の事だった。

 ファーン復活暦704年、初春   
 シールズ神聖国に、新たな風が吹く。
 しかし風は、シールズ国内にて起きたに非ず。
 それは空を渡り、山脈を越え、シールズに吹き起こる風。
 風に国境なし
 それが風の定めであるが故
 風はどこまでも、吹き続ける―――



 シールズ神聖国は、東大陸ケルナの中央部に位置する国です。
 この国は、ケルナ大陸の国々の中の人間の国としては、最古の歴史を誇っています。
 その起源は、700年以上も前に遡ります。
 ファーン暦237年。
 空人族しかいなかった東大陸に、中央大陸から最初の移民団が到達しました。
 その頃東大陸は、平原人、現在で言う人間の人口密度が急増したところに天災が相次ぎ、多くの人々が新天地を求めて海を渡ろうとしていました。東大陸ケルナにやってきたのも、そんな平原人の開拓団の一団でした。
 彼らは平野を開拓し、小さな開拓村から町、そして都市と発展していきました。中央大陸に『邪竜』と呼ばれる悪意の集合体が出現し、移民団が増えたことも手伝って、都市は人口を増し、どんどんと発展していきました。
それが現在のシールズの前身である都市国家イリアです。
 このイリアが国家としての機能を果たしだしたのはファーン復活暦50年。しかしファーン復活暦71年に大陸南に建国されたヴェストア帝国の進出に、軍事力を持たないイリアはなすすべもなく侵略されていきました。
 しかし、ケルナ神殿の神官戦士の働きによって、ヴェストア軍は退却を余儀なくされたのです。彼らは神から授けられた奇跡と圧倒的な強さで、国民を率いて帝国と戦いました。そして、見事ヴェストア帝国の侵略を阻止したのです。
 その彼らを讃え、都市国家イリアの元首は彼らの指導者格である一人の神官に王位を授けました。彼の名は、ジャスティ=シール。後に数々の奇跡を起こし、ケルナ本神殿の最初の神殿長となった彼は国号をシールズと改め、神殿による国の統治を行なったのです。

 シールズ神聖国の首都はシールズディーン。ディーンとは中央大陸ガイリアで使われている言葉で中央を表す言葉です。ガイリアからの最初の移民団の興した国だけあって、この国にはガイリア大陸の文化が数多く残っています。
 首都にはケルナ本神殿があり、そこが王城を兼ねています。神殿への参拝客や冒険者達でいつも賑わっている都です。
 国境に近いゼストの街は、森が近い事から森人の多い街です。近くの森には森人の村がありますが、森人以外は立入禁止のようです。
 シールズディーンから西にいったところ、エドナ湖の湖岸にある街はイリア。ここはこの国が都市国家イリアだった頃の首都に他なりません。当時の町並みがそのまま残っているこの街は、湖岸にあるだけあって観光地となっています。夏は湖遊び、冬は凍った湖のう上でスケートやソリ遊びができます。
 エドナ湖から流れ出るレーナ川の川岸には、ヨールの街があります。ここは港町デーンから一番近い街で、デーンに運ばれた輸入品を取り扱う商人が多く住んでいます。
 ヴィスタとデーンは港町です。ヴィスタは漁港ですが、デーンは貿易船専用の港です。中央大陸ガイリアと主に取引しており、ガイリア製の商品が多く出回っています。
 マースヴァルトとの国境には風の森と呼ばれる森があり、やはり森人の村があるようです。


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