[BACK] [HOME]

ウェイシャンローティ国

 国王の朝は、朝稽古から始まる。
 太陽の昇らぬうちから起き出して、自室で軽く準備運動。その後物音を立てないように細心の注意を払いながら窓から外に出、塀をよじ登って城外に出ると、王城の周りを走る。そして、衛兵が交替する時間に合わせて再び塀をよじ登り、城内に戻ると鍛練室で一通りの鍛練をする。しばらくして城の人間が本格的に活動を始めると、あわてて中庭から壁を登りだし、自室の窓まで登りつめると窓から部屋に入り、着替えて朝食の報せを待つ。
 すぐに、侍女がやってきて朝食の用意が出来たことを告げると、飢えた獣のごとく食堂まで突っ走り、じいやの小言をくらいながら朝食をがっつく。
 ウェイシャンローティ国王、ジョフロア・J・スレイヤードの朝は、こうして繰り返される。

「若様!聞いておられるのですかっ!」
「聞いてる聞いてる」
 朝から普通の人間の軽く五倍の量をペロッと平らげて、ジョフロアはじいやの言葉を軽く受け流す。
「いーえ!聞いておられません!若様はこのウェイシャンローティ国の国王であられるのですぞ! その国王が、毎日毎朝城を抜け出すわ、塀は乗り越えるわ壁はよじ登るわ……」
「いーじゃんか、別に。自分の家にどう入ってどう出ようが、オレ様の勝手だ」
「ですから!」
「大体、オレ様は王になんかなりたくなかったんだ。王位なんて、従兄にくれてやったのに……」
「若様!」
「ごちそうさま! んじゃ、オレ様は鍛練場に行ってくる。今日も試合だからな。これも、国王の努めってやつだろ。じゃなっ!」
 じいやの言葉を封じて、ジョフロアは椅子から立ち上がった。

 ジョフロアは、去年二十歳になったばかりの青年である。くすんだ青い髪を短く切り、紫紺色の瞳は常に子供のように無邪気な光を放っている。褐色の肌は彼の健康を示し、鍛えられた肉体を飾っている。
 つい一年前、彼は城を出た。理由は、王位を継ぐ事が嫌だったからである。そんな堅苦しい位なんて不要、自分は武闘家となって、世界一を目指すんだ、と書き置きして、彼は城を出た。そして放浪の、鍛練の旅に出たのである。
 しかし、一年前。父である国王が急死し、彼は大捜索の上捕獲され、城に引き戻さた。そして半ば無理矢理国王の座に即いたのである。発見された頃の彼は、髪も髭も延び放題、服のボロボロの半野生人と化していたという……。
 それから、彼の国王としての生活が始まった。しかし、政治的な事は信頼ある大臣に任せ、本人は国王としての努めの一つである「国民の鍛練」にのみ力を注いでいる。
 そう。この国では、国民だけでなく申請すれば誰でも、国王との試合が行えるのである。国王はいかなる場合でも試合に応じなければならない。この風変わりな習慣は、建国王が始めた事である。
 そもそも、この国の建国王は東大陸のすぐ傍にある小島出身の武闘家だったという。彼は単身泳いで東大陸まで辿り着き、当時のこの地域の先住民を叩き伏せて君臨したのである。そして、その屈強な王の噂を聞き付けて世界各国から腕に自信のある武闘家や格闘家が集まり、国王に試合を挑み、破れてはこの地に留まり、いつか国王を倒すことを夢見て鍛練を続けた。王はやがて我流でしかなかった荒削りの技を武術として極め、その技を国民に伝えるようになった。その技を覚えようと、また人が集まる。そしてそんな人間が集まりに集まって出来たのが、現在のウェイシャンローティである。
 自らを鍛えよ。それがこの国の理念であり、それが武術であろうが魔術であろうが、果てはナンパであろうが鍛練しつづけ、そして極めることが至上とされる。それがウェイシャンローティである。

「参った!」
 地面に転がった少年がそう宣言し、試合は終了した。
「よく頑張ったな。しばらく見ない間に、随分腕を上げたじゃねぇか」
 少年に手を貸して立たせながらジョフロアが言う。少年はにやっと笑って、
「この間シールズから来たっていう冒険者に鍛えてもらったんだ!すっげえ強いんだよ!」
 と答える。なるほど、しばらく来なかったのはそのせいか、と納得しながら、ジョフロアは少年と一緒に鍛練場の隅にある長椅子に腰掛けた。侍女が持ってきた飲み物を杯に注いでやりながら、ジョフロアは今日の試合の注意点、改善点などを少年に語った。
「……そっか。その冒険者にも言われたんだ。見切りがなってないって」
「そうだろ?それさえ出来りゃ、もっと長続きするぜ」
「でも、やっぱり王様は強いや。冒険者の人と、どっちが強いかな?でも王様は、やっぱり一番だよねっ!この国で、ううん、この大陸で!」
 少年の無邪気な問いかけに、ジョフロアは一瞬答えに詰まった。
「……さあな。やってみなきゃわかんねーさ。だけど、オレ様は強い。そして、もっと強くなる。それだけは確かだぜ」
 そう答えながら、ジュフロアの脳裏にはとある野望が浮かんでいた。

「なんですと?」
「だから、統一武闘大会だよ。この東大陸全土から出場者を募集して、大陸一を決めるんだ。随分前に一回やったっていう記録が残っててさ」
 ジョフロアの突飛な提案に、大臣は渋い顔をした。
「はあ、確かに先代の若い頃、一回行いましたが……。それは難しいでしょう……」
「なんでだよ?簡単じゃないか。大陸全土に統一武闘大会を開くから、腕に覚えのある者は参加してくれって告知をすりゃすむだろ?」
「……若様。お忘れですか?あの掟を」
 じいやが厳しい表情で尋ねる。勿論、ジョフロアは忘れたわけではない。
「『国王に勝ったものは、どんな形の勝利であれ国王の座を手にすることができる』だろ?忘れてなんかいない。だけど、それがどうした?オレ様が勝てば済む話だし、オレ様に勝てるような奴なら国王になる資格十分だろ?」
「そんな簡単な問題ではありません!」
 大臣が力をこめる。
「今までは、国内でしたからそれで済みました。しかし、これを大陸単位でやるとなったら話は別です。どんな形であれ、勝利は勝利。という事は、あなたを暗殺して国王になることもできる。まして、他の国がこのウェイシャンローティを狙っていたりしたら、絶好の機会を与えてしまうことになってしまいます!」
「そっか……。政治ってのは難しいもんだな。じゃ、ここは攻めてみっか」
「はい?」
 大臣とじいやの声が見事に重なる。
「だから、開催するのが無理なら、まず力で押してってみるんだよ。そうすりゃ強い奴は自然と出てくるし、そいつらと戦う事が出来るだろ? 武闘大会と同じだ。そんで、一国一国と戦って、最後まで勝ち残れたのが優勝だ」
「し、しかし……」
「いーから、決定!じゃ、準備よろしくな。最初は隣のシールズだぜ!」
「わ、若様!」
「ジョフロア様っ!お待ちください!」
 二人の呼び声も虚しく、ジョフロアは脱兎のごとく王の間から飛び出し、再び鍛練場へと向かっていた。

 大臣とじいやの説得も虚しく、更に国民からの絶大な支持まで受けて、ジョフロアがシールズ神聖国に宣戦布告をしたのは、それから十日後のことだった。

 結局、戦いたいだけなのか、ここの人間……?



 ウェイシャンローティ国は、東大陸の最北端に位置する国です。
 この国が出来たのはファーン復活暦580年。建国王は東大陸のすぐ傍にある小島、『閉ざされた島』出身の武闘家であり、南大陸パリーの小国、ドルネス王国の建国王の友人であったといいます。彼は単身泳いで東大陸まで辿り着き、当時のこの地域の先住民を叩き伏せて君臨したのです。そして、その屈強な王の噂を聞き付けて世界各国から腕に自信のある武闘家や格闘家が集まり、国王に試合を挑み、破れてはこの地に留まり、いつか国王を倒すことを夢見て鍛練を続けたのです。そんな武闘家や格闘家が集まり、次第に国家としての形を取りはじめ、そしてウェイシャンローティが出来たのです。
 自らを鍛えよ。それがこの国の理念であり、それが武術であろうが魔術であろうが、果てはナンパであろうが鍛練しつづけ、そして極めることが至上とされるのです。
 それ故、格闘家や武闘家だけでなく、あらゆる技を極めようとする者が集まっています。
 産業は鉱業、林業、漁業です。山、森、海と資源に溢れたこの国では、産業はあまり発展はしていません。自給自足でも事足りる国民が多いのです。ですから余剰物を売る原始的経済の枠をそう越えた経済ではないのです。それでも、武器や防具は勝れた職人によるものが多く、他国から買い付けに訪れる者もいます。
 首都はポロッサ。色々な国から来た人々が、王との対戦を希望して泊まり込んでいます。王との対戦は月に一度ですが、近所の子供たちや王と仲のいい者はちょくちょく遊びにきては王と戦っているようです。そこから少し離れた高台に、王城がそびえています。王城には大きな無料の鍛練場があり、国民に解放されています。
 都市は二つあり、一つはマコナマイといいます。ここは色々な武術の師が多く道場を構えています。
 もう一つは湖のそばにあるサキムツという都市で、ここは夏、年に一度の大水泳大会で賑わいます。
 ライール山脈のすぐそばにあるカヒダ村の後手には傾斜のきつい崖がそびえており、その上まで行ってそこにしか生えない花を摘んでくるのがこの国の成人の儀です。
 シールズ神聖国との国境地域は深い森、迷いの森が広がっており、案内人なしでは迷ってしまいます。案内人は森の手前の村や街、シールズ神聖国に隣接する関所に待機しており、案内賃をもらって森を案内します。案内人の村、スツル村は森の中にあります。
 迷いの森のそばにある闘技場は、低めの山一つを整地して作られた巨大な闘技場で、そのそばにあるトヨキタ村は年に一度の大闘技大会の時だけ、闘技場の行く人々の宿場として栄えています。
 また、最北端にはいやしの森という森が広がり、森の中には温泉の湧きだしている場所があります。温泉のそばにあるジョウケイザンの村は温泉街として、観光地となっています。
 いやしの森のそばには大きな湖があり、湖に浮かぶ小島には王家の墓があります。湖畔のカトチ村には王家の墓を守る人々が暮らしています。
 海岸沿いにあるルオタ、コダハテ、ロクシの村は、港町です。これらの村に住む船乗り達の操船技術は勝れており、潮がきつくて普通の船ではとても通れない、ウェイシャンローティとシールズの国境近くの海でさえも軽々と通り抜けることが出来ます。


[BACK] [HOME]