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最後の伝令
 勝利の報せがもたらされたのは、夏の足音が迫る六の月十四日のことだった。
 気の早い者が「ラルス殿下万歳!」と叫び、いつしかそれが「陛下」に代わって、波紋のように広がっていく。

「やれやれ、気の早いこって」
 天幕の中まで響いてくる喝采に苦笑を漏らしたのは、今しがた知らせを運んできたばかりの伝令兵だ。朝早くからひたすらに飛び続けたため、自慢の青い翼はすっかり力を失っている。
 背中に翼を持つ彼ら《空人》はその機動力を買われ、戦況や指令を各地へ伝える役目を担ってきた。今頃は大陸各地へ、同じ報せを持った仲間達が辿り着いていることだろう。
「百年以上続いた戦争が終わるってんだ。喜びたくもなるもんさ」
 ほらよ、と差し出されたのは、水ではなく酒だった。祝杯用に隠しておいたのさ、と片眼を瞑ってみせるのは、相棒として長く組んでいる幼馴染の空人だ。
「最初の指令を携えて飛んだお前が、最後の報せを運んでくるとは、神様も粋な計らいをするもんだ」
「お前の出番を奪って悪かったな、ソレル」
「なあに、俺は高みの見物の方が性に合ってるんでな。肉体労働はお前に任せるよ、ローラン」
 空人の国ミューラーで育った二人は、成人するやいなや国を飛び出し、傭兵として各地を転々とした。中央大陸の争いに首を突っ込んだのは十年ほど前。戦線が伸びきって物資どころか指令までもが滞る状況を見かねて、空人による伝令部隊の結成を進言したのは誰であろう彼らで、結成された伝令部隊による指令の高速化・的確化が、長引く闘いの突破口となったことは間違いない。
 百年の長きに渡り戦乱の続いた中央大陸に、ようやくもたらされる平和。しばらくは戦後処理に追われることとなるだろうが、戦が終われば当然、伝令兵の仕事はなくなる。
「これで俺達もおまんまの食い上げだな」
 やれやれ、と大仰に肩をすくめてみせる相棒に、ローランは「そのことなんだがな」と重々しく口を開いた。
「折角ここまで整備した伝令網をこのまま廃れさせるのは惜しいと思わないか」
 突然の言葉に、目を丸くするソレル。
「そりゃ惜しいが……戦争以外に使い道なんかあるのか?」
「これだよ、これ」
 そう言って懐から取り出したのは、一通の手紙。仲間の伝令兵が運んできてくれた、家族からの手紙だ。
「指令書や報告書以外にも、俺達は色々と運んできただろう。故郷からの手紙。帰りを待つ恋人からの手紙。俺達を信じて、手紙を託してくれた人達の思い。これからはそういうものを運んだらいいんじゃないかと思うんだ」
「お前にしちゃいいことを思いつく」
 にやりと笑い、ソレルは縁の欠けた杯を掲げてみせる。
「俺達の新事業に乾杯!」
「それこそ気が早いな」
 乾いた音が天幕に響く。そして一気に杯を空けた二人は、未だ歓声鳴りやまぬ天幕の外へと歩き出した。


 時にファーン復活暦745年。
 後に「伝令ギルド」と呼ばれる大規模郵便網の始まりである――。
おわり


 こちらは「第二十二回文学フリマ東京」用の無料配布ペーパーに載せようと書いたものの、シリーズ未見の人に「お試し」で読んでもらえる内容ではないな、と没に。そのままサイト公開分に回すことにしました。

 空人による郵便網は、「幻想世界ファーン」を舞台にしたお話では「伝令ギルド」という名称で定着しているんですが、なんで戦争中でもないのに伝令なの? ただの郵便屋さんじゃないの? というセルフツッコミをずっと前からしてまして(^^ゞ なんでそんな名称になったのかを書かなきゃなーとずっと思っていました。
 この「空人伝令部隊」から発展した組織なので、その名前が残っている、ということでご理解いただければ……。

 なお、文中に出てくる「百年以上続いた戦争」は、中央大陸中央部のルサンク王国における後継者争いに端を発した戦乱。のちに中央大陸全土を巻き込む戦争となりますが、後継者の一人であるラルス王子率いる軍勢が勝利をおさめ、「ラルス帝国」を樹立。やがて大陸全土を掌握する強大な国家へと発展していきます。
2016.04.13


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