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白猫魔法店

 そのお店は、喧噪でにぎわう大通りから一本外れた、静かな路地の先にありました。
 人通りなど無いに等しい、閑散とした細い道の行き止まり。注意していなければ見落としてしまいそうな、何の変哲もない古ぼけた木の扉。
 よく目を凝らしてみれば、その扉に小さな看板が釘付けされていることに気づくでしょう。
 少し傾いて取りつけられた看板には、『白猫魔法店』の文字。そう、そこは知る人ぞ知る、魔女ラヴィーナの店。
 勇気を出して扉を叩けば、不機嫌そうな声が返ってくるでしょう。
「なんだい? ラヴィーナなら留守だよ!」


 なんだいなんだい、こんなちびっこがお客とは、ウチの店も落ちぶれたもんだね。
 え? なんで猫がしゃべってるのかって? あんた、使い魔って言葉を知らないのかい? 魔女とくれば使い魔、これは常識だろう?
 なんだって? 魔女の使い魔は黒猫なんじゃないかって? いやだねえ、年寄りみたいなこと言って。今や使い魔も多様化の時代さ。アタシみたいな白猫なんてありふれた方。イタチやらカバやらを使い魔にしてる魔女もいるってんだから、世も末だねまったく。
 話が逸れてるって? うるさいね、ここからが本番さ。
 ああ、確かにアタシは白猫だ。頭のてっぺんから尻尾の先まで真っ白だろう? だからラヴィーナはアタシにペルルという名前をくれた。遠い国の言葉で「真珠」って意味なんだとさ。
 ……可愛い名前だって? いやだね、照れるじゃないか。褒めたって何も出ないんだからね!
 その代わりに、ひとつ面白い話でもしてあげようじゃないか。
 ラヴィーナが魔女として名を馳せる前、それこそあんたみたいな、年端も行かない女の子だった頃の話さ。


 昔々、とある町にラヴィーナという名の女の子がおりました。
 ラヴィーナはとても体が弱く、家から出ることができませんでした。
 いつも部屋の窓から、街角ではしゃぐ子供の姿を眺めては、ため息をついているラヴィーナを不憫に思った父親は、せめてもの慰みにと、小さなぬいぐるみを贈りました。
 喜んだラヴィーナは、そのぬいぐるみに名前をつけ、肌身離さず連れ歩きました。ご飯の席にも、勉強の時間も、お風呂の中にまで持ち込んで、夜はもちろん一緒の布団で眠ります。
 そんな日々が続き、いつしかぬいぐるみはラヴィーナにとって、何でも話せる一番の親友となっていました。 悲しい時も嬉しい時も、いつも一緒にいてくれる友達。苦手なことも、初めてのことも、ぬいぐるみが見守ってくれると思えば何でも挑戦できました。

 そしてある日、奇跡が起きたのです。

 それは、すっかり薄汚れてしまったぬいぐるみを買い替えたらどうかと提案されて、そんなことできないと部屋に立てこもった日のことでした。
 ぬいぐるみを抱きしめ、寝台で泣き濡れるラヴィーナの腕の中で、なんとぬいぐるみがもぞもぞと身じろぎをしたではありませんか。
 驚いて飛び起きたラヴィーナの前で、それまでぬいぐるみだった白猫はぶるぶると体を震わせると、こう言いました。
『もう! いくらなんでも強く抱きしめすぎだよ、ラヴィーナ。苦しいったらありゃしない』
 文句たらたらの白猫は、呆気にとられるラヴィーナの膝からひょいと飛び降りると、すたすたと窓に近づいて、一足飛びで窓枠に飛び上がりました。
『あーあ、ずっと同じ格好をしてたから体が痛くなっちゃった。ねえラヴィーナ、外に遊びに行こう。もう家の中は飽き飽きだよ』
 ラヴィーナは喜んで、白猫と共に家を飛び出しました。そして毎日元気に遊びまわるうちに、すっかり元気な女の子になりましたとさ。めでたしめでたし。


 ……そんなバカな話があるもんかって顔をしてるね?
 いいかい? ラヴィーナは魔女なんだ。魔女ってのは努力してなるもんじゃない。生まれついての才能なんだよ。
 小さなラヴィーナは無意識のうちに、ぬいぐるみに魔法をかけていたのさ。
 儀式としても条件が揃っていたんだろうね。対象に名前をつけ、肌身離さず連れ歩き、愛情を――魔力も注ぎ続けた。何より、友達が欲しいという切なる願いが、そこにあった。
 だからアタシは、ずっとラヴィーナのそばにいる。昔も今も、これから先も。このステキな魔法が尽きる、その時まで。

  そのラヴィーナはどこへ行ったのかって?
 それがねえ、あの子ったら新しい魔法の研究に余念がなくて、どっかで新しい術式が開発されたと聞いちゃふらりと出て行って、一月も二月も戻らないなんてことがザラなのさ。 今回は何だったかな、知り合いの魔女が近くまで来てるってんで、その魔女の開発した新しい魔法薬の作り方を教わるんだって張り切ってたんだっけ。
 ついていっても面白くないし、店を長く空けるわけにもいかないから、アタシが残ってるってわけ。
 なあに、ラヴィーナがいなくても、あんたの用事は済むだろうよ。 見たところ、あんたは薬を買いに来たんだろう?
 あんたの年で惚れ薬ってことはないだろうから、家族の誰かが熱でも出したのかい?
 ああ、心配するんじゃないよ。作り置きの薬はたんとあるし、なければすぐに調合してあげるからね。
 ……猫に薬が作れるのかって? お言葉だね。ここの看板を見なかったのかい?
 ここは『白猫魔法店』。放浪癖のあるラヴィーナに代わって、このペルルさまが一切を取り仕切る店なのさ。
 猫の手ってのは案外器用なもんでね。料理に洗濯、掃除に調合、ちょっとした魔具の作成なんかもお手のもんさ。ラヴィーナほどじゃないが魔法も使えるんだよ。
 さあ、猫の手も借りたいほどの悩み、このペルルさまに打ち明けてごらん!

おしまい


 こちらはコミティア98で無料配布させていただいた豆本のお話です。
 コミティア98がハロウィン前日の開催だったので、何かハロウィンにまつわる話を、と思っていたのですが、どういうわけか魔女の使い魔の話になってしまいました(笑)
 ベタに黒猫ではおもしろくないので、あえて白猫を据えてみました。使い魔というよりは口うるさい小母さんのようですが(笑) 主人がお嬢様育ちの天然さんなので、仕える方もいい性格になるのではないかと思います。

 ちなみに、こちらの本は単独でもお楽しみいただけますが、実は短編連作《gilders》シリーズの番外編という位置づけの物語だったりします。
 作中で不在だったラヴィーナが訪ねて行ったのが、誰であろうリダ(&ギル)。リダとラヴィーナは宮廷魔術士時代の同僚です。
 いずれ、ギルと出会う前のリダの話も書いてみたいですね(^o^)丿
2011.10.30

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