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誰もいない街
 誰もいない街の、誰もいない大通りを、生ぬるい潮風が通り抜けていく。
 かつては小高い丘の上にあった道路も、今は間近に海が迫り、潮の匂いはきつくなる一方だ。
 住む者のいなくなった建物は風化して骨組みが露わになり、乗り捨てられて錆びついた自動車は、今や鳥達の住処だ。
 かつての喧噪が嘘のように、風の音だけが響く。
 学校へと急ぐ子供達の笑い声も、薄紅色に染まる桜並木も、夏の夜に灯る提灯も、舞い踊る枯れ葉も、降り積もる雪も――すべて時の彼方へと消えて、もう戻らない。
 やがて、誰もいなくなった街をすっぽりと包み込んで、風は微睡む。
 寄せては返す波音を子守歌に、長い長い夢を見る。
 かつてここに存在した営みを、夢に見る――。
Twitter300字ss」 第七十四回「道/路」


 道路は人や車だけでなく、風の通り道でもあるんだよなあ、と思ったら何故かこんな話に……。
 海面上昇の結果、打ち捨てられた街のお話。
 風は大気の揺らぎなので、生ぬるい風に吹かれている時は、海の中で揺蕩っているイメージがあります。
2021.04.03



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