[BACK] [HOME]

クリムゾンゲート

 真っ赤なツンツン頭に青いバンダナ。
 茶色の革鎧に身を包み、どこまでもまっすぐな茶色い瞳で。
 そいつはいつもこう言うんだ。
「行こうぜユート! 冒険の始まりだ」


「行こうぜユート! 冒険の始まりだ」
 そいつは今日もそう言って、俺の前に現れる。
「だから何度言わせれば分かるんだ。お前みたいなガキに呼び捨てにされる覚えはない」
 声を荒げる元気もなく、すっかり言い飽きた台詞を投げつける。するとそいつは、小鳥のように首を傾げて、やはり毎度同じ言葉を返してくるのだ。
「だって、お前はユートじゃないか」
 ああそうだ。確かに俺の名前は優人だ。だけど、どんなに多く見積もっても高校生くらいの、しかもこんなとんでもない格好をして臆面もなく街中をうろつくような子供に知り合いはいないし、ましてや親しげに名前を呼ばれるいわれもない。
「毎日毎日、あっちこっちに出てきやがって、一体どういうつもりだ?」
 この妙なガキにまとわりつかれるようになって早一週間。最初は同僚か、それとも大学時代の友人か何かが仕組んだ悪戯かと思った。もしくはあれだ。今時流行らない、ドッキリカメラ。
 しかし悪戯にしてもドッキリにしても、一週間もネタばらしがないのはおかしい。
 しかもこのガキ、他に人がいる時には絶対に姿を現さず、現れたかと思うと言いたいことだけ言って、どこかに消えてしまう。

 ここのところ休日返上で仕事をしているから、とうとう疲労がピークに達して幻覚を見るようになったのかとも思ったが、幻覚にしても訳が分からない。
 一人悩む俺を尻目に、そいつは嬉々として「冒険」とやらについて語り続ける。それもいつものことだ。
「次はタルキスの洞窟を目指すんだろ? この間のトルファンも面白かったけど、ミリのヤツが吊橋で尻込みしてなかなか前に進めなくてまいっちゃったよな。ラギは『修行が足りん』の一点張りだしさあ……」
 どこかで聞いたことのあるような単語も時々出てくるのだが、粗方はまるで子供向けの小説に出てくるようなおとぎ話ばかり。大鷲に掴まって山を越えるだの、魔法の船で空を翔けるだの、まるで夢みたいなことばかり言ってくるコスプレ小僧。そして話の締めくくりは必ず、この台詞。
「行こうぜユート。あのゲートを越えて」
 澄んだ瞳で見つめられて、溜息と共に紫煙を吐き出す。
「俺はお前なんか知らないし、冒険ごっこに付き合う暇もない。他を当たれ」
 くるりと踵を返そうとして、窓の向こうに沈む夕日に一瞬目を奪われた。
 ヤツの髪と同じ、オレンジがかった赤。
 その瞬間、脳裏を過ぎった『何か』に、思わず振り返る。
 そしてやはり、そこにヤツの姿はなかった。


 次の日も、そのまた次の日も。
 ヤツは俺の前に現れては同じ台詞を繰り返す。
 雨の日も、風の日も。平日も休日もお構いなしに。
 そろそろ我慢の限界だ。今日こそきっちり説教してけりをつけようと待ち構えていた、休日の午後。
 案の定ひょっこりと姿を現したヤツは、しかし今日に限って何も言ってこなかった。
 お決まりの挨拶もなしに、ただニコニコと笑っている。
 とうとうおかしくなったか。いや、元々おかしかったんだが。
 ヤツが何も言わないので、仕方なく歩き出す。そうだ、俺は元々、煙草を買いに外に出てきたんだから、このまま自販機で目的を果たして家に帰ればいい。
 てくてく、てくてく。ヤツは俺の後ろを、ぴったりとついてくる。
 てくてく、てくてく。どこか嬉しそうに、鼻歌など歌いながら。
 どこまでついてくるのかとやっきになって歩いたら、いつの間にか子供の頃よく遊んでいた神社まで来てしまった。
 古びた鳥居をくぐり、小さなお社の石段に腰を下ろして、最後の一本を取り出そうとして手を止める。『境内一円喫煙・焚き火禁止』。そう書かれた看板は、「一円」の意味が分からなかった頃のまま、黙ってこちらを見下ろしていた。
 見下ろしているのは看板だけじゃない。狛犬の横で、じっとこちらを見つめてくる子供。ここに至るまで一言も発することのなかったヤツは、相変わらずニコニコと笑っている。まるで、何かを待っているかのように。
「……何だよ、今日はやけに静かだな」
 沈黙に耐え切れずにそう口を開くと、ヤツは嬉しそうに――それは嬉しそうに、瞳を輝かせたんだ。
「やっとお前から喋ってくれた」
「……そうだったか」
「そうだよ。お前ってすごく無口だもんな。変わってないよな、そういうところ」
 俺の知り合いでもないくせに、俺のことをよく知っているような口ぶりは相変わらず。しかし、今日は何だか様子が変だ。能天気な笑顔も、破天荒な格好もいつも通りなのに、何かが違う。何かがおかしい。
「今日は、その、言わないのか。冒険に行こうとか、ゲートを越えようとか」
 躊躇いがちに問いかけると、ヤツは小さく頷いた。頷いて、こう言った。
「もう、時間がないから」
 また妙なことを言って、ぽりぽりと頬を掻く。
「言いたかっただけなんだ。また一緒に冒険に行こうぜって。それが言えたから」
 だから、いいんだ。透明な笑顔が、夕日に照らされる。
「それじゃ、またな!」
 そう言って駆け出すヤツを咄嗟に追いかけようとして、はっと立ちすくむ。
 赤い鳥居。その向こうに沈み行く、紅い太陽。
「またな、ユート!」
 鳥居を潜り抜け、夕日へと吸い込まれていく小さな背中。
 この光景を、俺は知っている。
「ゲートを、越えて……」
 そうだ。
 ゲートを越えて、数多の世界へ――

『クリムゾンゲートを越えて、新たな冒険の幕が開く』


「あった……」
 押入れの奥深く、みかん箱に押し込まれたそのパッケージの中で、ヤツははじけるような笑顔を覗かせていた。
 記憶の彼方に置き去りにされていた、一本のソフト。
 パッケージを開ければ、真っ赤なロムカセットが顔を出す。
「クリムゾンゲート」。世の中がFFだドラクエだと騒いでいる時に、俺がのめり込んでいたRPG。
 冒険者達は不思議なゲートを越えて、あちこちの世界へと旅をする。散り散りになった秘宝を集め、失われた神話を繋いで、伝説の都市へと至るために――。
 そう。まだ放課後がとてつもなく長く感じたあの頃。たくさんの世界を、仲間達と共に旅した。おっちょこちょいな魔法使いミリアム、偏屈者だが腕の立つモンクのヒラギ。そして――。
「カイ――そうだったな」
 無口な主人公――勇者を代弁するかのように、笑い、怒り、涙した戦士、カイ。
 なぜ、今まで忘れていたのか。あれほどに熱中し、やり込んだゲームだったのに――。
 いや、違う。
 俺は投げ出したんだ。最後のダンジョンの一歩手前で。
 レベルが足りず、情報が足りず、時間が足りず――。
 周囲が続々とクリアしていく中で一人置いていかれ、面倒になって投げ出した。
 続々と発売される新タイトルに夢中になり、いつしかゲーム熱自体が醒めて、ハードごと押入れの奥にしまい込んだ。
「まだ……動くか?」
 僅かな期待を胸に、懐かしの8ビットゲームマシンをテレビに繋ぐ。ロムカセットを一吹きして本体に差し込み、電源を入れて――。
 画面は、真っ暗なまま。
 本体の故障か、それともカセットの電池が尽きたか。
「何が、またな、だ」
 もう、二度と会えない。二度と、冒険に出ることは出来ない。
 あの頃の俺に戻ることが出来ないように。
 あの頃のお前に、お前達には、もう会えないじゃないか。

 段ボール箱を元通りにしまい込み、子供のように不貞寝して。
 翌朝、はれぼったい目で起き出し、半ば無意識につけたテレビの中で、ヤツは満面の笑みを浮かべていた。
『不朽の名作RPG、満を持しての復活――。クリムゾンゲートを越えて、新たな冒険の幕が開く』
 いまいち捻りのない、懐かしいキャッチコピー。
 かつてはドット絵だったキャラクターも、今では立体的に滑らかな動きを見せる。
 パッケージイラストも一新されて、随分と男前になったじゃないか。
『行こうぜユート! 冒険の始まりだ』
 そんな声が聞こえた気がして、思わず苦笑する。
「ああ、そうだな」
 行こう。あの時越えられなかったゲートを越えて。今度こそ最後まで。用意された結末の、その彼方まで。

 クリムゾンゲートを越えて。

-完-


 「原作×漫画」の第二回募集に出そうと暖めていたものの、ちゃんとした形になる前に締め切りを迎えてしまってあえなくお蔵入りとなった話を小説にしてみました。
 話に出てくるゲーム「クリムゾンゲート」は勿論架空の作品ですが、そっちの内容についてつい色々考えてしまって時間切れになったというのが何とも(>_<)
 この話の中ではFFやドラクエに続くファンタジーRPGという位置付けです。ファミコンで出て、続編が期待されつつも次世代ハードに移行しないまま世の中に忘れられたんでしょう(そういうことを色々設定しているから時間がかかった)。だとするとDSに移植されたんでしょうか(だからそういうことを(以下略)
 キャラの名前が四文字までだったり、主人公が無口(しゃべらない)辺りは当時のRPGによくある仕様かと(笑)
 私は無口でオーバーアクションなドットキャラ(笑) が好きだったりするんですけど、世の中はポリゴン声つきデフォルト名前つきありキャラが当たり前になってきてちょっと悲しい……

 ちなみに、本編にはほとんど出てこない「クリムゾンゲート」について少し。
 始まりの舞台は創世の神々がいなくなってしまい、緩やかに崩壊を続ける世界。主人公らは世界の崩壊を止めるため、たくさんの世界に散らばってしまった神々の秘宝を集め、元の世界から失われてしまった神話をあちこちから拾い集めて、最終的に神々の住まう「伝説の都市」を目指す、という内容のゲーム。
 各世界は「ゲート」と呼ばれる門で行き来し、このゲートは世界によって井戸だったりドアだったり太陽だったりと様々。「紅い」というただ一つの共通点だけを頼りに次の世界に繋がるゲートを探さなければいけません。
 ドラクエ3のように仲間キャラも自分で作れる、という設定で、若かりし日の主人公は片思い中のクラスメートをモデルに女魔術士、幼馴染の武道少年をモデルにモンクを創造し、そして戦士には「理想の親友」像を投影しました。
 って、ここまで詳細な設定を考えてるから時間切れになっちゃったんだってば……(涙)

 ※小説投稿サイト「小説家になろう」にて同内容を掲載しております

[BACK] [HOME]