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FIGHT!

 きっかけは、ほんの些細なコトバ。
 たかだか二文字の言葉に、こんなにも打ちのめされている自分が、情けないやら、悔しいやら。
 その場はへらへらと笑ってごまかしたものの、電車に乗って、駅に着いて、コンビニで夕食と飲み物を仕入れて、狭いアパートに帰り着いて。
 そこが限界だった。
 コンビニのビニール袋を床に投げ出し、ショルダーバッグを肩から滑らせる。どさっと重い音を立てて似非フローリングの上に落下する鞄。中に詰め込まれているのは、数時間前までの『俺の自信』。今となっては、ゴミも同然だ。
 電気をつけることすら思いつかず、薄暗い部屋のど真ん中にばったりとひっくり返ってみた。
 視界いっぱいに広がるのは白い天井。その無機質さが目に染みる。
「痛い」
 呟いてみる。
 呟いたところでどうなるわけでもないんだが、口に出した途端、数時間前の衝撃が蘇ってきた。
 喫茶店で、差し向かいに座ったその人が告げた、あまりにも衝撃的なコトバ。
 あの時は何も言えずに、ただ引きつった笑いを浮かべるのが精一杯だった。
 でも、本当はこの世の終わりかと思うほどにショックだったんだ。
「いたいな」
 ああ、本当に痛い。まるで胸を刺し貫かれてしまったように、左胸がずきずきと痛い。
「しにそー」
 冗談じゃなく、本当に。見えない胸の傷から透明な血がとめどなく流れ出て、体が空っぽになってしまいそうな。そんな感覚。
 ああ、それでもいいかも。どうせ俺なんか。
 ふとそんな風に思ってしまって、慌ててそれを打ち消そうと頭を振る。
「駄目だな、まったく」
 落ち込んでいる時、人ってのはどうしても悪い方、悪い方に思考が向かってしまうものらしい。
 こんなに落ち込んだのは久々だ。ほんと、ハンパじゃないくらいに沈んでる。大概の悩みなら一晩寝ればすっきりするんだが、今度ばっかりはそう簡単に浮上できそうにない。
 ――と。

 pipipipipipi

 鞄の中で、携帯が鳴った。
 面倒だな、と思いながら、それでも鞄に手を伸ばす。この機械的な着信音はメールの着信を知らせるものだ。
「……誰だ?」
 メールの宛先には覚えがなかった。件名もなし。最近多い、迷惑メールの類だろうか。
 ひとまず、本文を見てみよう。誰かがメールアドレスを変えたのかもしれないし。そう思って、メールを開く。



 FIGHT!



 画面に、たったそれだけの文字。
 薄暗い部屋の中、そこだけ奇妙なまでに明るい液晶画面に、たった五つのアルファベットと感嘆符だけが並んでいる。
「ファイト?」
 誰からとも分からない、そんなメール。気味が悪くなって削除しようとしたが、ふと思いとどまって、もう一度画面を見つめた。
「ファイト……」
 それは、日頃よく使われる励ましの言葉。
 しかし、その本来の意味は「戦い」だ。

 戦え!

 短い単語は、力強い鼓舞の言葉。
 ガンバレではなく、戦えと。
 現実から目をそむけずに、前に進めと。
 見知らぬ誰かから背中を叩かれたような気がして、俺はのろのろと、それでもしっかりと床を踏みしめて立ち上がる。
「ファイト、か。簡単に言ってくれるな」
 もう一度、画面に目を向ける。すると不思議なことに、液晶画面は真っ黒になっていた。
 電源が落ちている。そういえば昼間の時点で充電が大分やばくなってたっけ。
「……なんだったんだ?」
 電源ボタンを押しても、勿論電源は入らない。これは、今一瞬だけ目を離した隙に電源が落ちたと考えるべきか、それとも……。
 何はともあれ、ひとまず部屋の電気をつけ、携帯を充電機に繋げる。
 すぐに電源を入れようとして、やめた。これであのメールが消えていたら、と思うと、ちょっと怖い。代わりにテレビをつけて、夕方のニュース番組を探す。流れ出すニュースキャスターの声。画面に映し出される各地の話題。
 いつも通りの時間が戻ってきた。さっきまでこの世の終わりとばかりに落ち込んでいたのが嘘のように、ごくごく当たり前の夕方が目の前に広がっている。
 完全に閉まっていなかったカーテンの隙間から、さぁっと差し込んでくる黄金の光。昨日と同じ夕日が、窓の外に沈んでいく。さっきまでの俺なら、きっとこの夕日も翳って見えたことだろう。でも今は、純粋にきれいだなと思える。
 立ち直るきっかけなんて、結構くだらない、些細なことなのかもしれない。それが謎のメールっていうのはちょっとぞっとしないが、まあいいさ。
 その、謎のメールを受信した携帯は今、テレビの上で英気を養っている。充電中を示す赤いランプを見つめながら、俺は大きく伸びをした。
「さぁて。戦いますか」
 たった一度ボツを食らったくらいで、全人格と才能を否定された気になっていた自分が馬鹿らしい。
 駄目なら何度でも書けばいい。書き続ける限り、戦い続ける限り、終わりにはならない。諦めた時が最後なんだ。きっと。
 パソコンの電源を入れる。起動時間すら惜しくて、鞄からボツ原稿を引っ張り出し、指摘された部分を引っ張り出した。そうして手厳しい担当さんの言葉を反芻しつつ、ファイルを呼び出して、キーボードへと手を乗せる。
 戦いは、まだ始まったばかりだ。


 FIGHT!


-完-


 「ファイト!」。よく体育の時間に飛び交ってましたね〜、このコトバ。もしくは某栄養剤のCMで耳にしますな。
 実際には物騒な言葉です。戦えですよ? 戦い、一発ですよ。(←うわー、こう書くとみっともなー)
 でも、「頑張れ」より好きかも。
 戦え! って叱咤激励できる人は、自分も同じく戦っている人だから。なのかもしれません。

 ボツ。いや〜んな響きの言葉だ(^^ゞ
 趣味で書いている分にはボツを食らうことはないんですけどね。それは同時に、客観的に作品を評価する目がないことも意味します。
 だからこそ、私達は読み手の反応を引き出そうと、あの手この手を使うわけです(^^ゞ


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