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彼の右腕
 土埃にまみれた町。第一印象はその一言に尽きた。
 定期便の航路もない辺境宙域の、更に端の端。かつては希少金属の採掘で賑わっていたというこの町も、今ではすっかり寂れてしまっている。
 そんな場所だから、異邦人はどうしても人目を惹いてしまう。おかげで宇宙港に降り立った直後から今の今まで、ずっと好奇の目に晒され続けてきた。これは実にやりにくい状況だ。一刻も早く『仕事』を終わらせて、この埃っぽい町からおさらばしたいところだが、果たしてそううまくいくものだろうか。


 長い『研修期間』を経て、ようやく一人前と認められた俺に与えられた単独任務。それこそが、三十年ほど前に突如姿を消した伝説のスパイ『ジョン=スペクター』を見つけ出すことだった。
 伝説のスパイと言われるだけあって、彼の個人情報はほとんど残っていない。生体データどころか映像や音声記録もないという徹底ぶり。唯一の手掛かりは、三十年前の姿を隠し撮りしたという写真一枚だけというのだから、無茶ぶりにもほどがある。
 パーティ会場で撮られたと思しき写真は薄暗い上にピントもきちんと合っていなかったが、辛うじて人物の判別はついた。テーブルを囲む人々の中、ひときわ存在感を漂わせる長身の男性。仕立てのいいスーツに身を包み、わずかにウェーブした金髪を丁寧に撫でつけている。はっきりとは分からないが、切れ長の瞳は恐らくアイスブルーだろう。
 まさに『絵に描いたような』金髪碧眼の美男子。しかし、これは四半世紀以上前の姿だ。ここからどのように変貌しているかは、まるで想像がつかない。
 困難を極める人探しに取り組むこと、およそ半年。銀河中から掻き集めた情報をもとに、ほんのわずかな可能性に縋ってやってきた町がこの有様では、やる気を出せというのも無理な相談ではなかろうか。


「はあ、人探しねえ。アンタ、探偵さんかい? こんなところまでご苦労なこった」
 情報収集のために入った雑貨屋の店主から、興味半分、不信感半分といった様子の視線を向けられて、曖昧な笑みを返す。
「この人物なんですがね。この辺りで見かけたことはありませんか?」
 スーツの内ポケットから取り出した写真に、店主はおやまあと目を細めた。
「なんだ、ジョンさんじゃないかね」
 いきなりの『大当たり』に快哉を叫びたい気分だったが、そこはぐっと堪える。こんなにも古い写真なのだ、店主の勘違いということも十分にあり得る。ここは慎重に事を運ばねばなるまい。
「今、ジョンさんと仰いましたね。彼はここでもそう名乗っている?」
 動揺を押し隠しつつ尋ねれば、店主はあっさり「ああ」と頷いた。
「ファミリーネームまでは知らんがね。五年くらい前になるか、ふらりとやってきて町外れに居着いたんだ」
 この町には時折、そういった風来坊が流れ着いてくるのだという。大抵は他所で『やらかして』逃げてきた連中だが、彼はそういった輩とは一線を画していたと、店主は懐かしそうに語った。
「よく覚えてるよ。真夏なのに三つ揃いのスーツをびしっと着こなして、涼しい顔をしてやがったからな。挙句の果てには『御機嫌よう、ご主人。この辺りに旨いコーヒーを飲ませてくれる店はございませんか』ときたもんだ。俺は言ってやったよ。こんなしけた町にそんな小洒落た店なんぞあるわけがねえ、ってな。そうしたら奴さん、なんて答えたと思う? 『ないなら作るしかありませんね』と、こうだよ」
 呆れる周囲をよそに、男はてきぱきと準備を進め、三月もしないうちに、本当にカフェを開いてしまった。
「観光客なんぞ滅多に来ないから、客といえば近所のじじい連中ばかりだがね。そこそこ繁盛してるみたいだぜ」
 自嘲気味に笑う店主もまた、常連客の一人なのだろう。
「こいつは随分と昔の写真みたいだが、あの人は俺が知る限り、ちっとも見た目が変わらんからな。まるで年を取ることを忘れちまってるようだよ。こちとら五年の間に髪も薄くなったし腹も……いや、俺のことはどうでもいいな。それで、ジョンさんがどうかしたのかい?」
 探るような目つきで見上げられて、いやあと頭を掻く。
「詳しいことはお話しできませんが、よくある遺産相続のごたごたというやつですよ」
 適当なことを言って誤魔化せば、店主はやれやれと肩をすくめてみせた。
「なるほど。親類縁者を徹底的に洗い出さなきゃならんわけだ。アンタも大変だな」
「いえ、これも仕事ですから。それで、ジョンさんのお店はどの辺りでしょうか」
「ああ、この通りをまっすぐ行けばすぐに分かるさ。何しろほとんどの店は潰れちまって、やってるのはそこくらいなもんだからな。それに――」
 意味ありげに笑い、ひらひらと手を振る店主。
「変わった名前なんだ。『RIGHT‐HAND』ってな」

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